第37回:揺らぐパクス・アメリカーナ 自ら築いた国際秩序を解体する米国の変貌
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ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。
新たな共生ルールの模索が急務
第二次世界大戦の終結以降、世界は米国が設計した壮大な青写真の上に成り立ってきた。自由民主主義、人権の尊重、法の支配、そして何よりガット(GATT、関税貿易一般協定)から世界貿易機関(WTO)へと至る自由貿易体制と市場経済の原理は米国がリーダーシップを握り、国際社会に浸透させてきた「リベラルな国際秩序」の根幹を占める。米国はこの秩序の守護者として君臨し、自国の理念を普遍的価値へと昇華させることで、名実ともに唯一の超大国としての地位を揺るぎないものにしてきた。
しかし、今日われわれが目撃しているのは、自ら築き上げたこの「土俵」を米国自身が踏み荒らし、解体し始めているという皮肉な光景である。かつて自由貿易の旗振り役であった大国は、今や保護主義を前面に押し出し、自国の利益を最優先する内向きな姿勢を隠そうとしない。
この変貌の背景には、1つには中国の急速な台頭と、それに伴う経済的・軍事的覇権への焦燥がある。冷戦終結後、米国は中国を国際経済システムに組み込めば、経済発展とともに民主化が進むと楽観視していた。しかし、現実は異なった。
中国は国家資本主義を武器に市場経済のルールを逆手に取り、既存の秩序の中で米国を脅かす存在へと成長したのである。加えて、グローバルサウスと呼ばれる新興・途上諸国が発言力を強め、欧米中心の秩序に対して異議を唱え始めたことも、米国の孤立感を深める要因となった。
米国の変容が最も顕著に表れているのは、多国間主義からの離脱と、力による現状変更の試みである。かつての米国は、自国の不利益になる局面であっても、国際的な合意やルールを尊重することで秩序の正当性を担保してきた。しかし近年では、WTOの紛争処理機能を麻痺させ、安全保障を理由とした関税障壁を乱発するなど、ルールに基づく秩序を自ら形骸化させている。これは、中国などの競合国を封じ込めるための「戦略的保護主義」と呼べるものだが、その代償として、米国が長年かけて構築してきた国際社会の信頼は急速に失われつつある。
さらに、国内政治の分断がこの傾向を加速させている。中間層の没落と格差の拡大により、グローバル化は「米国の労働者を犠牲にするもの」として敵視されるようになった。第1次トランプ政権下の「アメリカ・ファースト」からバイデン政権の「中産階級のための外交」に至るまで、政権の枠組みを超えて保護主義的な通商政策が定着した事実は、米国がもはや「世界の警察官」や「自由貿易の擁護者」としてのコストを支払う意思を失ったことを示唆している。
かつての米国は、理想主義と現実主義を巧みに融合させ、世界を牽引する魅力を備えていた。しかし今の米国は、秩序の守護者というよりも、既存の枠組みを自国に有利なように再編しようとする「現状変更勢力」としての性格を強めている。秩序の破壊者という呼称は過激に聞こえるかもしれないが、米国が背を向けた後の空白を埋めるのは、さらなる分断と不確実性に満ちた世界である。
われわれは今、米国の変容を一時的な迷走としてではなく、戦後国際秩序そのものの終焉として捉え直す時期に来ている。米国が自らの理念を放棄し、一国家としての生存本能を剥き出しにする中で、国際社会は特定の覇権国に依存しない、新たな共生のルールを模索しなければならない。
(了)










