第19回:緊張が高まる台湾有事、日本企業が退避を行動に移すべきタイミングとは
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ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している
中国軍の異常な動きを注視すべし
台湾の新総統に今年5月、頼清徳氏が就任してから3カ月が経過したが、早くも中台間の緊張関係は前政権時代以上に高まる気配がしている。
頼氏は就任演説で「中華民国(台湾)と中華人民共和国(中国)は互いに隷属しない」と発言したが、これは中国からすると「台湾と中国は別の国である」ことを意味し、絶対に看過できない内容だ。さっそく中国の習近平政権は頼氏の就任直後に台湾本土を包囲するかのような大規模な海上軍事演習を行い、頼政権を強く牽制した。
台湾を含む東アジアの軍事バランスは、かつては圧倒的に米国優勢だったが、中国が大国化するにつれて徐々に変化しており、専門家などの間では今後は中国優勢の安全保障環境になるとの見方が強い。米国では今年11月投票の大統領選挙が白熱化しているが、誰が大統領になっても米国の軍事的な関与を抑制する「非介入主義」が大きく変わることはなく、米国は日本など同盟国に大きく負担を求めるようになっている。
そのような中、台湾には2万人余りの日本人が在留しており、企業の駐在員やその帯同家族も多く含まれる。日本企業の間では台湾有事への懸念が広がり、駐在員を台湾から避難させるトリガー(物事を起こすきっかけ)を定めようとする動きが見られる。しかし、当然ながら台湾は海に囲まれており、ウクライナのように陸路で隣国に避難することはできない。具体的な軍事行動が実行に移されれば、民間航空機の運航はすぐにストップするため、駐在員はシェルターに避難するなど、篭城の身になることを意識すべきだろう。
台湾有事のトリガーをめぐっては、大規模なサイバー攻撃や偽情報の大量流布、中国による海上封鎖、台湾離島の奪取など様々なシナリオが検討されているが、正直に言えば、台湾有事の前兆を当てることは極めて難しい。企業にとって最も重要なのは、“結局のところ何も起こらなかったが退避させる”ことになるとみられる。有事下で篭城の身になれば、駐在員とその帯同家族は政治的緊張が極めて高い環境に置かれ続け、精神的にも身体的にも健康が脅かされる公算が大きい。
ここでは、駐在員などを安全に退避させるための1つのトリガーを紹介したい。それは、中国軍の台湾海峡周辺での異常な数の集中配置である。2022年の2月下旬にロシアがウクライナへ侵攻する前、ウクライナ国境付近には通常を大きく超える兵力が集まり、ロシア軍はベラルーシ軍との軍事演習という名目でベラルーシ国内に入った。しかし、その後ロシア軍はロシア国内からに加え、ベラルーシからもウクライナへ同時に侵攻した経緯がある。
このケースを台湾有事に当てはめれば、台湾の対岸に位置する福建省などに通常をはるかに超える規模の人民解放軍が配置され、習政権は大規模な軍事演習を行うという名目で、台湾侵攻に向けた地上兵力の準備を進める可能性がある。そして、準備を進める間に、海上封鎖を行って台湾を孤立させると同時に米軍が介入できなくなるようにし、台湾の軍事施設へのミサイル攻撃、重要インフラへのサイバー攻撃などを行い、最後に台湾上陸作戦を遂行する公算が大きい。
よって、企業にとって重要なのは、最低でも中国軍の異常な数の集中配置が見られた時には駐在員を退避させることだ。集中配置の場合はまだ民間航空機は動いている可能性があるが、局面が海上封鎖に移ると中国軍が制空権を奪取しようとすることから、民間航空機はストップする恐れが大きい。こうした理由から、企業の関係者には身の安全を守るため、ぜひ中国軍のイレギュラーな動きに常日頃から注意を払い続けてもらうようアドバイスしたい。
(了)