第15回:ロシアのテロ事件から企業駐在員が認識すべきリスクと対策
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ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。
人でごった返すような場所はなるべく避ける
3月22日、ロシアのモスクワ郊外クラスノゴルスクにあるコンサートホールに武装した男たちが押し入り、現場にいた観客に向けて自動小銃を無差別に乱射、140人以上が死亡するという衝撃的なニュースが伝わってきた。
プーチン大統領は実行犯の背後にウクライナの関与があると主張したが、事件後にイスラム過激派のイスラム国が犯行声明を出した。欧米メディアはアフガニスタンを拠点とするイスラム国ホラサン州(イスラム国の地域組織)の関与を強く指摘している。
4月末時点で実行犯4人のプロフィールなど、詳しいことは明らかになっていないが、仮にイスラム国関連のテロ事件だとすると、これは諸外国に駐在員を配置する日本企業にとって決して対岸の火事ではない。
イスラム国とは何かを簡単に説明すると、2014~16年にかけて中東のシリアとイラクにまたがる形で、英国の領土に匹敵するほどの広大な領域を実効支配し、その内外で残忍なテロを繰り返してきた。今日は支配領域を失い、以前ほどの勢いはないが、東南アジアや南アジア、中東やアフリカなど各地域でイスラム国を支持する武装勢力がテロを頻繁に起こしている。
この事件も含めて、21世紀はまさに「テロの世紀」と言えるほど、悪質なテロが頻発しており、日本人が巻き込まれるケースも後を絶たない。目立ったものだけを挙げても、
・2002年10月 バリ島ディスコ爆破テロ事件(2人死亡)
・2005年7月 英ロンドン地下鉄同時多発テロ事件(1人負傷)
・同年10月 バリ島同時爆破テロ事件(1人死亡)
・2008年11月 インド・ムンバイ同時多発テロ事件(1人死亡)
・2013年1月 アルジェリア・イナメナス襲撃事件(10人死亡)
・2015年3月 チュニジア・バルドー博物館襲撃テロ事件(3人死亡)
・2016年3月 ベルギー・ブリュッセル連続テロ事件(1人負傷)
・同年7月 バングラデシュ・ダッカレストラン襲撃テロ事件(7人死亡)
・2018年4月 スリランカ同時多発テロ(1人死亡)
…と続いている。
2018年以降のテロは邦人が死傷する大規模なものは発生していないが、イスラム国は地域支部に対して欧米やイスラエルなどを狙ったテロを行うよう呼び掛け続けており、今回のロシアのような悲劇が他国で発生する恐れは残念ながらこれからも十分にあるのだ。
既にロシアの事件を受けてフランスやイタリアなどは自国でも同様のテロが発生する危険性を考慮し、国内のテロ警戒レベルを最高水準に引き上げた。フランスは今年、パリ五輪を控えており、今後いっそう厳重なテロ警備が敷かれるのは確実だ。今回の事件を受け、特に欧州に駐在員を派遣している日本企業を中心にテロへの注意喚起をするべきだろう。
具体的には、イスラム過激派の標的となりやすい欧米やイスラエルの大使館、キリスト教やユダヤ教の宗教施設などには近づかない、今回の事件現場となったコンサートホールのように人でごった返すような場所はなるべく避ける、やむを得ず行ったとしても長居はしないといったことを心掛ける必要がある。
また、テロ組織はタイミングも重視するので、パリ五輪の最中は現地にいる駐在員を在宅ワークに変更させるなど、積極的な危機管理を行っていくべきだ。
実際、フランスやイタリアなどに進出している日本企業は、両国でロシアの事件後にテロ警戒水準を最高レベルへ引き上げられたのに伴い、イスラム過激派のテロの標的となるような場所を避けるよう、駐在員と帯同家族に注意喚起しているようだ。
また、パリ五輪が開催される7月26日~8月11日の時期にはフランスへの出張を控えさせ、現地社員の勤務を可能な限りテレワークに切り替えている動きも見られる。テロの脅威が今後さらに深刻化すれば、企業の間でこういった動きはいっそう広がるだろう。現下のような情勢では、早めの対策が不可欠だ。
(次回に続く)