第16回:中国で成立の関税法が秘める問題点
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ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。
意図しなくても貿易戦争に巻き込まれる恐れ
半導体覇権競争など米中の間で貿易摩擦が続く中、中国の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)常務委員会で4月26日、日本にとって見過ごせない1つの重要な法律が成立した。輸出入品への課税のあり方を定める関税法だ。施行は今年12月1日の予定。
国営新華社通信の報道内容などによれば、関税法は貿易相手国が条約や貿易協定に違反して中国に関税引き上げや輸出入規制を発動した場合、中国が報復関税などの対抗措置を取ることができると明記している。課税の範囲や税率、期限といった具体的内容は政府の関税に関する委員会で個別に決めるようだ。
関税法を可決した中国側にはどのような意図があるのだろうか。筆者は、これは中国側のある1つの準備と捉えている。すなわち、今年11月の米大統領選挙後を見据えた対応だ。
大統領選で互いを激しく批判し合う民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ氏も、中国に対しては厳しい姿勢を貫く姿勢で一致している。米国民の間でも中国に対する批判的な見方が強まっており、対中強硬姿勢がそのまま支持につながる状況になっている。中国側も両氏のいずれが大統領になっても対中姿勢は変わらないと認識しており、今回の関税法の可決は米国をけん制する狙いもあろう。
では、具体的にどのようなシナリオが考えられ、日本企業にはどのような影響が及ぶのか。トランプ氏は大統領に返り咲いた際、中国からの輸入品に対して一律60%の関税を課すと豪語している。本当にそんな高い関税を実現できるかどうかは別にして、過去や最近の言動を見ても、中国に対して経済や貿易面で規制を強化する可能性が極めて高く、第2次米中貿易戦争が勃発することが考えられる。トランプ氏による一方的かつ先制的な対中貿易規制が仕掛けられれば、中国は関税法を駆使し、報復関税などで対抗する公算が大きい。
一方、バイデン大統領が再選すれば、トランプ氏ほど露骨に貿易規制を仕掛けることはないだろうが、基本的にはトランプ氏と同じ路線を進むことになる。バイデン大統領はトランプ政権1期目の時に発動された対中規制の多くを解除しておらず、人権や半導体などの問題を理由に中国への貿易規制をむしろ強化している。
それだけに、第2次バイデン政権が引き続き貿易規制を強化すれば、同様に関税法で米国への報復措置を取る可能性がある。米国で新政権が発足するのは来年1月だが、中国が12月1日に関税法を施行するのは米国をけん制する狙いがあると見るべきだ。
では、日本企業はどのようなことに備えておくべきなのか。それは、日本が意図しなくても、米中の貿易摩擦に巻き込まれるリスクがある点にあらためて留意しておくことだ。2022年、先端半導体分野における対中輸出規制を強化した米国に追随した日本に対し、中国が日本産水産物の輸入禁止に踏み切るなど、強硬姿勢を日本にも露骨に見せてきたのは、本稿でも何度も引用してきた通りだ。
バイデン大統領は今年4月にも中国製鉄鋼・アルミ製品がダンピング(不当廉売)を続けていると非難し、制裁関税を3倍に引き上げると表明した。今後も半導体関連などの分野で中国への貿易規制を積極的に仕掛ける可能性が極めて高く、そうなれば日本に対する同調圧力の頻度や強さも激しくなることが避けられない。
日本としては中国を刺激する意図はなくても、中国側が日本への不満や怒りを強め、関税法によって日本製品への新たな報復関税などを持ち出してくることは想定すべきだ。日本企業としては、米国民がバイデン、トランプのいずれを選択しても、中国依存のサプライチェーンの見直しなど今から対策を講じておくのが重要だ。
(次回に続く)