ウォルマートの見えない強さ「許容欠品率」 [2008年8月11日 執筆]

ウォルマートの見えない強さ「許容欠品率」 [2008年8月11日 執筆]

※この記事は2008年8月11日に執筆されたコラムを再掲載したものとなります。

米ウォルマート・ストアーズは、総従業員数約210万人、売上高約40兆円を誇る世界最大の企業だ。日本の西友も含め、世界15カ国に約8000店の総合スーパーやディスカウントストアを展開している。

日本の流通業界では、その店舗を訪問する米国視察ツアーが頻繁に実施されている。しかし、いくら注意深く見学しても、欠品したまま空いた棚がやけに目に付くだけで、何が凄いのかさっぱり分からない。むしろ日本人の目には、品揃えは単調で貧弱にさえ見える。

日本では店頭在庫の補充を怠らず、常にびっしりと棚に商品を陳列しておくことが当たり前とされている。欠品すれば売上機会を逃してしまう恐れがあり、売り場の見栄えも良くないからだ。

顧客対応や店内の掃除も日本は行き届いている。店員たちの丁寧な仕事ぶりはウォルマートよりもはるかに上で、世界屈指のレベルにあると言えるだろう。

ところが儲かっていない。勝ち組とされるセブン&アイ・ホールディングスやイオンでさえ、総合スーパー事業の営業利益率は赤字スレスレで、しかも収益性は長期にわたって低下傾向にある。海外進出もほとんどできていない。

ウォルマートはハイピッチの成長を続けながら、5〜6%の営業利益率をずっと維持している。昨年度の営業キャッシュフローは2兆円を超えた。国際事業比率は24.6%に達し、米国以外でも今や年間10兆円弱を売り上げている。

安売りを武器にするウォルマートの粗利利率は、日本の主要な総合スーパーと比較して5ポイント近く低い。それでも販管費率が10ポイント程度低いので利益が残る。目には見えないロジスティクスの仕組みが儲けを生み出す源泉となっている。

ウォルマートの店舗で欠品が目立つのも、それが経営管理の杜撰さを表しているとは限らない。利益を得るために、わざと欠品させている可能性がある。

欠品率と在庫量は基本的にはトレードオフの関係にある。品切れを絶対に許さないという方針を立てれば、安全在庫の水準は幾何級数的に跳ね上がってしまう。それを管理するには、在庫を保有するコストと欠品による売上機会損失を天秤にかけて、どこまで欠品を許容するか、あらかじめ経営判断しておく必要がある。許容欠品率と呼ぶ。

ところが日本の小売業の多くが、許容欠品率を定めていない。わずかでも欠品すれば責任を問われるため、現場の担当者としては多目に在庫を抱えるしかない。ただし、売れ残る心配がある。店舗のスペースも限られている。

そこで発注頻度を増やし小刻みに在庫を補充することになる。調達先の卸売業者に対しては、注文したらすぐに商品を持ってくるよう指示を出す。これがエスカレートして、今では発注から4時間以内の納品という極端な取引条件まで出てきている。

これに対応するために、卸売業者は納品先のそばに倉庫を手当てして、商品を準備しておかくてはならない。注文が来たら即座にピッキングして、トラックの積載率も構わず納品のトラックを出発させる。そのコストは結局、回りまわって小売業者の仕入れ価格に反映される。

それでも小売りの発注担当者は自分の責任を果たせる。手元の在庫を増やさずに欠品を避けることができる。多頻度小口納品で卸売業者の物流費がかさむことなど、発注担当者にとってはあずかり知らぬ問題だ。

日本の商慣習では、仕入れ値に物流費が明確にされないまま含まれている。仕入れの値決めはチェーン本部の役割だ。その交渉相手となる卸売業者でさえ、納品先別・商品別の納品物流コストなど把握していない。

同じ構図が卸売業とメーカー間の取引にも波及する。小売業の言いなりになっていれば卸売業の在庫はいたずらに膨らむ。そのぶん必要な運転資金が増加してしまう。そこで調達先のメーカーに対して発注ロットの小口化と納品リードタイムの短縮を要請する。

得意先のニーズに応えようとメーカーの営業担当は納品手段と在庫の確保に奔走する。それが全社的に積み上がって全体の販売計画を上振れさせる。許容欠品率を定めていないのはメーカーも同じだ。品切れを起こさないために工場は過剰生産に動く。その影響が原材料のサプライヤーへとさらに広がっていく。

決算期が近づいて、トップが在庫削減の号令をかけると、混乱にいっそう拍車がかかる。全商品一律で闇雲に安全在庫の水準を下げる。あるいは、棚卸資産に占める割合の大きな主力商品の在庫を手っ取り早く削ってしまう。その結果、売れ筋商品に品切れが生じる一方で、それ以外の商品の過剰在庫が放置される。

サプライチェーンの各プロセスでは、それぞれの担当者が与えられた使命を果たし、まじめに最適化を追求している。しかし、結果として全体の効率が悪化し、誰も儲からない“合成の誤謬”が起きている。現場レベルでいくら努力を重ねても、サプライチェーンの構造を変えない限り問題は解決しない。

サプライチェーンの構造を設計し、運営する経営機能をロジスティクスと呼ぶ。それを従来の物流管理と混同すると損をする。目先のコスト削減ばかり優先されて、逆に競争力を失ってしまう。

少し学問的な話になるが、経営学においてロジスティクスはマーケティングの構成要素の一つとされる。しかも「マーケティングの半分がロジスティクスだ(P.D.Converse)」と言われるほど大きな役割を担っている。そして物流機能がロジスティクスの核となる。マーケティングがロジスティクスを含み、ロジスティクスが物流を含むという関係だ。

上位概念は下位概念の前提条件となる。そのため、まずはマーケティング戦略に基づいて必要なサービスレベルを設定し、それを可能にするサプライチェーンを設計し、最後にコストの抑制を検討する必要がある。

つまりロジスティクス管理には正しい手順がある。ロジスティクス先進企業とされる世界の有力企業は皆その原則を守っている。

例えば、パソコンメーカーのデルは、日本市場における納品リードタイムを設定するために、特定の受注センターを選んでシミュレーションを行っている。納期の違いがどれだけ売り上げに影響するのかを実際にテストした上で、売り上げとコストのバランスが最も良いリードタイムを見極めている。

このようなマーケティング戦略から導き出される物流サービスレベルの最適値を、ほとんどの日本企業が持っていない。マーケティングとロジスティクスが統合されていない。あるいはロジスティクス機能を欠いたまま物流が運営されている。

前提条件を与えられていない物流管理部門は、サービスレベルの低下に目を瞑ってコスト削減で成果を挙げるか、あるいはコスト効率に配慮せずにサービスレベルを際限なく引き上げるしか貢献のしようがない。方向性を欠いた努力が、結果的に経営の足を引っ張る。

許容欠品率も同様だ。欠品を避けようとするあまり期中には在庫を積み上げ、逆に期末になると今度は決算書の帳尻を合わせるために必要以上に在庫を削る。在庫が需要変動と連動していないので、当然ながら経営効率は悪化する。

長いこと日本企業がロジスティクスに無頓着でいられたのは、製品力や現場の営業力で差別化できたからだろう。しかも市場が拡大していたため、淘汰は緩やかで、競合や取引先の顔触れには大きな変化がなかった。サービスレベルは業界で横並びにすれば済んだ。

しかし、市場が成熟すると、製品力による差別化は難しくなる。粗利益率が下がり、プレーヤーの淘汰が進む。注文充足とコスト競争力を支えるロジスティクスの重要性が増す。

ウォルマートやデルは、いたって月並みな商品を販売しながら、そのビジネスにロジスティクスを利かせることで、競合からシェアを奪うことに成功した。ロジスティクスは目に見えず、泥臭い現場オペレーションの裏付けが必要であるため、いったん差別化されるとキャッチアップが難しい。優位性が長く続く。

製品開発や宣伝活動だけではマーケティングは成立しない。不況に慌てて在庫や物流コストの削減に走る前に、日本企業はロジスティクスの原則に立ち戻る必要がある。

(大矢昌浩)

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