日本海事センターの王・後藤氏、学会関東部会12月例会で講演
公益財団法人日本海事センターの調査員らは12月2日、東京都内で開催された日本海運経済学会関東部会12月例会で、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた2022年3月末から中国・上海で約2カ月続いたロックダウン(都市封鎖)が物流に及ぼした影響について、研究結果を発表した。
陸・水・空の3つの輸送モードにおける物流量の変化に、上海市内の関連規制や物流現場の対策なども交えて実態を報告。特にトラック運転手の隔離が大きなダメージを与えた様子を浮き彫りにした。感染症対策と円滑な物流維持のバランスを取ることの難しさが示された格好で、日本の物流業界関係者にとっても有意義な研究成果と言えるだろう。
2020年1月のコロナ禍初期、店が閉まり人気の絶えた上海市内のモール。この時はロックダウンではなかったが、全土におよぶ交通規制で物流が混乱、営業している店でも店頭は軒並み品薄になっていった(記者が現地で撮影)
非感染者にも厳格な外出規制
「中国における『ダイナミックゼロコロナ』政策が物流およびサプライチェーンに与えた影響─上海市のロックダウンを事例として─」と題したこの研究は、日本海事センター企画研究部の王威専門調査員と後藤洋政研究員が手掛けた。
上海市は3月初旬から市内で新規感染者が報告され始めたことから、3月末に市内を流れる河川(黄浦江)を境として東西にエリアを分け、時期をずらしてロックダウンを開始した。当初のロックダウン期間は4月4日深夜までだったが、まさに最終日の同日、新規感染者が1万3354人まで増加したことから中国当局は急きょ、5月1日まで延長。その後も新規感染者数の増加・高止まりが解消されなかったためロックダウンは継続し、大半の地域で封鎖が解除されたのは約2カ月後の6月1日になってからだった。
上海の金融街と、市街地中心部を流れる黄浦江
この間、上海市内は新規感染者の確認数やクラスターの有無によって、「低リスク地区」、「中リスク地区」、「高リスク地区」の3種類のいずれかに区分され、非感染者には居住地区のリスクレベルにより異なる行動制限が課された。例えば、居住する団地からの外出を禁じられたり、街道を越えた外出を禁じられたりしたという。
王氏と後藤氏は、このロックダウンが物流に与えた影響を、上海市当局が公表している統計資料を基に分析した。また、日系企業のサプライチェーンに及ぼした混乱を、上海日本商工クラブの調査資料を活用して考察した。
研究成果を報告する王氏(上)と後藤氏
鉄道以外の陸運と空運が落ち込み大
上海市における輸送モード別貨物輸送量では、3月には総貨物輸送量、鉄道、内航水運、鉄道を除く陸上輸送、航空輸送がいずれも前年同月比で数%〜20%減少した半面、コンテナ輸出入・移出入は数%程度のプラスを維持していた。
しかし4月には全モードで貨物輸送量が前年同月比10%強〜70%以上減少。特に鉄道以外の陸上輸送と航空輸送は、いずれも貨物輸送量の減少率が70%を超え、3番目に落ち込みの度合いが大きかった鉄道と比べても2倍以上の減少率を記録した。
減少率は全てのモードで5〜6月にかけて縮小したが、鉄道以外の陸上輸送と航空輸送は期間中、減少率ワースト1、2の地位を譲ることはなかった。
トラック通行に立ちはだかる「4つの壁」
王・後藤両氏は、特に鉄道以外の陸運と空運の落ち込みが大きかった要因として、「トラック運転手の確保が困難になったこと」を挙げた。
トラックの走行には、
②PCR検査陰性証明書
③健康コード
④行程カード
──の4つが必要で、どれか1つでも不備があれば通行不可能になる。このうち、PCR検査陰性証明書は当初48時間以内の検査結果が求められていたが、事態の悪化で24時間以内に厳格化された。
健康コードは個々人の感染リスクや他人に感染を広めるリスクを、緑・黄・赤の3段階で表示する行動・接触履歴アプリで、ワクチン接種回数やリスク地域へのアクセス記録、濃厚接触歴などを基に判定される。PCR検査が陰性でも、健康コードが黄・赤表示されていると通行が認められない。
行程カードは、直近14日間に中・高リスク地区が発生した都市に4時間以上滞在歴があった場合に「*」マークを表示するアプリだ。「特に、健康コードか行程カードに問題があるとドライバーが隔離されるので、トラック輸送が困難になった」と王氏は指摘する。
宅配便荷物量急減、空運にも連鎖
陸運への影響例として、両氏は上海市における宅配便荷物の取扱量に着目。上海市内で発着する宅配便荷物の取扱量は2月、3月には4500万件前後あったが、4月には7分の1弱の約594万件まで急減した。上海市外との間の宅配便荷物取扱量も、2月と3月には2億件前後あったが、4月には約1370万件と1割以下まで激減した。
ドライバーの隔離は航空輸送にも影を落とした。上海市内と空港の間はトラックで貨物が運ばれるからだ。「特にロックダウン初期の4月には、鉄道以外の陸運と空運で荷動きがほとんど同じ減少率を示しており、両者に相関性があることが読み取れる」と両氏は判断している。
ダメージ軽微の輸送モードは
対照的に、鉄道と内航水運への影響は軽微だったことも分かった。4月の輸送モード別貨物輸送量では、内航水運は前年同月比の落ち込みが最も少なかった。鉄道は5月には前年同月比でプラスに転じていた(6月には再びマイナスとなった)。
「鉄道運転手と船員はトラック運転手に比べ人数が少なく、外部の人間と接触する機会も限られるため、管理しやすかったことが(人員が隔離されずに運び手が確保できた)要因と考えられる」と両氏は分析する。航空と違い水運は市内まで船でアクセスしやすいため、トラックによる輸送能力の落ち込みに影響を受けにくかったことも寄与したとみている。
「特に水運業界は、2020年初頭のコロナ禍初期における混乱から学び、自発的な対策を講じたことが功を奏した」と王氏は評価する。事実、上海港は3月末のロックダウン開始前に、2万人以上の作業員を全員埠頭内に封鎖管理することで、バブル方式による業務継続に成功した。
また、上海港専用デジタル版通行証を発行してトラックの通行をサポートした。「他港では紙の通行証を発行していたが、上海港はスマートフォンだけで発行できるようにして、手続きを効率化した」(王氏)。
海外からの冷凍コンテナは(付着したコロナウイルスが感染源となっているという中国当局の主張により)市内への搬入が禁止されていたが、上海市外の離島にある洋山港に建設中の冷凍コンテナヤードを前倒しで運用することで滞留を解消したという。トラック輸送を利用する荷主には、鉄道や水運での代替輸送サービスを提供した。
サプライチェーンへの影響
サプライチェーンへの影響に関しては、上海日本商工クラブが4月中旬、4月末、5月末の3回にわたって実施した会員日系企業などへのアンケート調査から結果を整理して紹介した。
特に、第3回調査時に、79%の工場は操業を再開していたものの従業員の確保とサプライチェーンの回復には依然として問題があったという報告について「川上企業にダメージがあるとサプライチェーン全体の回復が遅れる。このことは都市封鎖の経済的影響をシミュレーションした他者による先行研究でも示されており、それを裏付ける結果ともいえる」と指摘した。
トラック業界はなぜコロナ禍初期の教訓を生かせなかったのか?
日本海運経済学会関東部会12月例会には、両氏はじめ大学の研究者など約10人が参加した。質疑応答では、「航空貨物は旅客機で運ぶものも多いが、旅客便が減少していることも空運の貨物量が減少した原因ではないか」といった質問が出た。
両氏は「そちらのデータは調べていないが、ロックダウン開始前の1月と2月も空運の貨物量は落ち込んでいるので、旅客便の減少(他地域での感染拡大に伴う上海便の減少)も影響している可能性はある」と答えた。
研究者らによる活発な質疑応答が交わされた
両氏はロジビズ・オンライン編集部の質問に対し、以下のように回答した。
――水運と異なり、トラック業界はなぜ2020年の教訓を生かせなかったのか。
「トラック業界は非常に多人数なので、バブル方式やデジタル化といった努力で(感染リスクや濃厚接触などを)回避しきれなかった。水運は船上での勤務に徹することで市内の中高リスク地域に立ち入らずに済むが、トラック輸送ではそうした対策は採りづらい」
――ロックダウン期間中、「外売(ワイマイ、中国におけるフードデリバリーの呼称)」はどこまで認められていたのか。
「ロックダウン初期には全面的に禁止されていたが、途中から指定業者だけ認められるようになっていった」
当日はこのほか、拓殖大学大学院商学研究科の郭玉鳳氏が「災害時に向けた広域物流拠点の多基準的立地決定に関する研究─関東地方の事例から─」と題した研究結果を発表。既存の物流拠点が、どの程度災害時の物流に役立つかについて論じた。
(石原達也)