第5回:来月施行の改正反スパイ法、日本企業への影響は?
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ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。
「突然の身柄拘束」懸念高まる
中国を取り巻く地政学リスクへの懸念が高まっている。5月、在中英国商工会議所はアンケート調査の結果を公表し、中国でビジネスを展開する英国企業の間で地政学リスクへの懸念が強まり、中国でのビジネス継続を悲観的に捉える企業の数が過去最多(回答した企業の7割余り)になったと発表した。しかし、これは英国だけでなく米国やフランスなど他の欧米諸国でも同様の傾向が拡がっていると考えられる。
中国当局は4月にも、米コンサルティング大手ベイン・アンド・カンパニーの上海事務所を家宅捜索し、コンピューターや写真などを押収したという。幸いにも従業員は拘束されなかったというが、中国当局は対立する国家の企業への監視を厳しくしている。そして、日本企業も中国当局の動きへの懸念を深めている。
そのような中、7月から改正反スパイ法がついに施行される。中国の全国人民代表大会の常務委員会は4月下旬、2014年に施行された反スパイ法の改正案を可決したが、改正法ではこれまでのスパイ行為の定義が大幅に拡大され、国家機密の提供に加えて国家の安全と利益に関わる資料やデータ、文書や物品の提供や窃取もスパイ行為とみなされるようになった。しかも、国家の安全や利益、そのほかのスパイ行為など曖昧な表現が盛り込まれており、中国当局によって恣意的に改正法が運用される可能性が高く、拘束される邦人がさらに増えることが懸念される。
中国に進出している日本企業にとっては気がかりな法改正
14年の反スパイ法施行以降、これまでに拘束された日本人は確認されているだけで17人に上る。最近では3月、大手製薬会社のアステラス製薬に勤務する男性が北京で拘束された。この男性は50代で20年も中国で勤務経験があり、帰国直前に拘束されたという。しかし、現在でも具体的にどのような行為が反スパイ法に違反したのかなど詳しいことは中国当局から一切説明はなく、今後の動向が懸念されている。
去年秋にも同法に違反したとして6年の実刑判決を受けた日本人男性が刑期を終え帰国したが、この男性は日中友好に努めるなどした人物だ。2019年には中国近代史を専門とする北海道大学教授が同様に帰国直前に北京の空港で拘束される事件もあった。そして、これまでのケースを勘案すると、反スパイ法に違反した拘束された日本人の多くが有罪判決を言い渡され、何の説明もなく拘束され、不安な時間を過ごすことを余儀なくされている。
そして、中国情報機関トップの陳一新・国家安全相は6月に入り、改正反スパイ法に言及し、欧米など敵対勢力の浸透、破壊、転覆、分裂活動などを徹底的に抑え込むため、外国のスパイ機関による活動を厳しく取り締まる意思を強調した。米中対立や台湾情勢で緊張が高まる中、中国が国内で対立国家(企業)への監視の目を強めることは間違いなく、それを反スパイ法という法律によって正当化しようとしている。反スパイ法は、表面上は法律だが、それが外見にしか過ぎず、中身は政治判断だという見方も広がっている。
こういった状況において、日本企業はいっそう駐在員の安全を意識する必要がある。中国に社員を派遣する企業の中では、今度はわが社の社員が拘束されるかもしれないと危機感を強める経営者も増えている。反スパイ法の施行によって邦人拘束のケースがドミノ現象のように増えるわけではない。しかし、リスクが高まっていることは事実だ。
そこで、たとえば、中国国内にいるときは政治的発言(習政権や米中対立、日中関係、台湾など)を絶対に控える、周辺にいる中国人とも政治的発言はしない、人民解放軍や警察の機関には近づかない、むやみに写真を撮るなど怪しまれる行動は必ず慎むといった事項を徹底させるなど、企業は危機管理対策を強化する必要があろう。
(次回に続く)