【独自取材】『物流危機は終わらない』著者の立教大・首藤教授に聞く(後編)

【独自取材】『物流危機は終わらない』著者の立教大・首藤教授に聞く(後編)

「放置すれば5年後、10年後の業界存続が危ぶまれる」

立教大の首藤若菜教授が2018年12月に上梓した『物流危機は終わらない―暮らしを支える労働のゆくえ』(岩波新書)は、専門の労使関係の観点から物流業界が抱える深刻な課題の現状と背景を詳細に説明した入門書として、広く関心を呼んでいる。

同書は根底に「サービス残業や長時間労働といった問題は、それが起きた職場の使用者や管理監督者、そして企業に責任が求められることは言うまでもないが、同時にそうした労働が生み出される構造にメスを入れなければ、解決には至らない」との問題意識を有している。令和の時代が始まった今、まさに全ての関係者があらためて真剣に考えるべきことを提示してみせた非常に価値の高い一冊だ。

首藤教授へのインタビューの後編は、国が荷主企業の背中を押して物流業界の経営状況改善を図ろうとしている現状などについて考えを尋ねた。


インタビューに応じる首藤教授

国の介入はある程度やむを得ない

――最近は関係省庁が物流業界だけでなく荷主にもトラックドライバーの拘束時間改善へ協力を呼び掛けるなど、以前より国がかなり本腰を入れて課題解決に取り組んでいる印象があります。
「労働条件は最低のラインだけ法律で設けた上で後は労使が協議して詳細を決めるというのが日本を含む先進国の基本的な姿勢ですが、当事者に任せているだけでは物流が止まってしまいかねないところまで深刻な状況になっているからこそ、政府が介入せざるを得なくなっているのでしょう」

――自由競争を確保することも必要であり、国の介入をどこまで許容できるのかバランスが難しいですね。
「もちろん経済においては自由競争が原則ではありますが、物流に関しては、ある程度は政府が乗り出してくるのもやむを得ないのではないでしょうか。物流はまさに重要な社会インフラであり、物流が止まれば各方面に極めて大きな影響を及ぼすからです。自由競争をするにしても当然関係者が守るべきルールがあります。その最低限のルールが果たして守られているのでしょうか?というのが物流業界の現状です」
「本書でも触れましたが、最低賃金さえドライバーにきちんと支払われているかどうかが怪しい。社会保険に加入していない事業者も根強く存在しています。そうした最低限のルールがないがしろにされているからこそ、若い人を含めて運送業界へ新たに人が来なくなっているのだと思います」

――国も指摘している通り、物流業界の諸課題を解決するには荷主企業を巻き込むことが絶対条件です。
「私もさまざまな関係者の方々にお話を伺いましたが、残念ながらじっと待っていれば荷主が協力してくれるかといえば、相当厳しいのが実情でしょう。運送の標準約款改正のようにある程度強制力を持った取り組みをしなければいけないかもしれません。現状はドライバー不足で物流事業者が減車や廃業を強いられており、荷主の方も物流事業者の声をある程度聞かざるを得ない状況に追い込まれています。供給が減っていることに伴い市場メカニズムが働いた結果ですが、市場の論理だけに任せていては物流の供給が不安定になってしまいますから、さらに工夫が必要でしょう」
「最近の国の取り組み自体は非常に素晴らしいと思いますが、どこまで効果を発揮できるかは不透明でしょう。現場を見ていると、供給が減ってはいても、いまだに荷主の方が相当に強い交渉力を持っているケースが多く見られますから。荷主の側が物流事業者に強い態度で臨んで無理に仕事をさせていればいずれ荷物が運べなくなり、自分で自分の首を絞めることになるということに気づいてもらいたい。特に業界大手の荷主が真剣に取り組めば状況は少しずつでも変わっていくでしょう」
「物流業界を維持していくためには(運賃適正化など)コストが掛かりますが、消費者を含めてある程度社会全体でそのコストを負っていくというような共通理解を醸成していかないと、結局コストの押し付け合いに終始してしまいかねない。このあたりは荷主と輸送業者に任せているだけでは、なかなか問題解決は難しいのかなと思いますね」


国土交通省などが本腰を入れて普及を図っている「ホワイト物流」推進運動のパンフレット(国交省など提供)。かつてない規模で国内の民間企業に協力を呼び掛けている

――しかし残された時間は決して多くはないと思います。
「物流の現場を歩くと、ドライバーの方々が本当に高齢化していると感じます。若い方はほとんど見かけませんでした。正直に申し上げると、これで大丈夫なのかな?と不安になりました。前に鉄道業界を研究したことがありますが、鉄道会社もやはり視力検査をかなり厳格に行うなど安全確保に相当注力されていて、一定の年齢に達したら運転の業務から外したりしています。今、高齢者の免許返上が問題になっていますが、ドライバーもいくらプロとはいえ、何歳になってもずっと運転できるとは限らないでしょう。早めに今の状況を改善し、若手を育成していかないと5年後、10年度に今のような形の物流が存在しているかどうかが危ぶまれるほどの状況に来ているのではないでしょうか」

――本書ではブラジルで石油価格の上昇を発端として2018年にトラックドライバーと業界団体が全国規模のストライキとデモを断行し、物流が止まった話が紹介されていました。そんなことが日本でも近いうちに起きてしまうかもしれませんね。
「ブラジルのように一斉に物流が止まらなくても、本当に全体の何%かが動かなくなるだけで社会はおそらく、非常に混乱するでしょう。その物流の重みに一般の人たちはまだまだ、ほとんど気づいていないのではないでしょうか。結構誰の目も届かないような地味なところで、実はたくさんの人たちが真摯に働かれていて、すごく身体的に負荷が大きく、正確に運んでいく高いスキルが求められ、そもそも免許が必要であり、人が足りないから外国人を入れようというようなことができない。そんな物流業界の問題をどう解決するのか、やはり一定程度の期間を費やして新しい体制へ物流業界を移行させていかないと難しい。相当急ぐ必要があるでしょう」


日本通運、ヤマト運輸、西濃運輸、日本郵便の大手4社が今年3月から関東~関西間の幹線輸送でトレーラー2台をつなげたダブル連結トラック「スーパーフルトレーラSF25」を使った共同輸送を開始。深刻なトラックドライバー不足が業界大手の背中を押した(4社プレスリリースより引用)

産業別最低賃金の導入も検討を

――他業界より賃金が低い問題は早急に解決すべきポイントでは?
「もちろん非常に重要な問題の1つであり、運賃を上げて、それを賃金に反映させていくサイクルを確立するのが不可欠ですが、トラックの問題については、賃金だけではないように思えます。むしろ、『時間』の方が重要なのではないでしょうか。若い人を中心に時間の重みが非常に増しています。長距離輸送は途中の中継地でドライバーが交代しながら物を運ぶ仕組みにして、ドライバーもその日のうちに帰宅できます、という仕組みを普及させることで女性にも活躍してもらうよう考えるべきだと思います」
「私が物流事業者へ取材に伺った時も、今日は九州から東京方面に向かい、その後は東北に行ってもらい、その後に帰宅というようなルートで、しかも急きょ当日に行き先が変更になることもありました。明日帰ってくるはずが3日後になったというような不安定な働き方をしていたら、子育てしながら女性が働くのはほぼ不可能です。それに共働きであれば、親の一方がかつてのドライバーのように何日間も家を空けるわけにはいかないでしょう。賃金も重要なのは間違いありませんが、その前提として働き方自体を変革していくこと自体が大切なのではないかと感じています」

――そうした課題の解決は単一企業では無理なように思えます。
「その通りです。中継輸送に関しては国が導入へ旗を振り、大手では結構始めていますが、やはり規模の小さい事業者が他社とどのように連携していくかが肝になってくると思います」

――さはさりながら、やはり賃金をどう上げるかは重要でしょう。
「もちろんそうです。本書でも取り上げましたが、一般的な最低賃金とは異なる、産業別の最低賃金を設けてドライバーの所得を底上げしていくのも1つのやり方だと思います。賃金は運賃と違って最低基準を定めることが許されています。そうした仕組みを利用し、業界全体で賃金をアップさせた上で運賃の値上げを求めていくのは有効でしょう」
「トラック運賃に限った話ではありませんが、日本は安い価格に社会が慣れ過ぎているような気がします。消費者にとっては非常に良い社会ですが、一方で労働者にとってみれば低賃金で長時間働き、かつ提供するサービスレベルを常に意識しなければいけない。私にもこうした状況はあまりにもアンバランスじゃないですか?という思いがあります。そうした課題は是正していかないといろんなところにひずみが出てくる恐れがあります」

――最後に読者の方々へメッセージをお願いします。
「先ほどもお話しした通り、一般の消費者の方のすごく身近に物流が存在していますが、その価値はまだまだ十分に感じられていないように見えます。クリック1つで手軽にインターネット通販の商品を購入したら、まるで自動的に運ばれてくるかのように錯覚してしまいそうですが、誰かが商品をピッキングし、梱包し、トラックに積み込み、消費者の下に運ぶという部分があまりにも可視化されてこなかった。私自身も今回新たに気づいたところがあります。社会的に物流の重要性を多くの方々にあらためて認識していただきたいと思っています」
「今後技術革新が進めば、いかに人手を使わずにオペレーションするかということが重要になるでしょうが、まだまだ当面は現場の業務に人間が介在せざるを得ない分野だと思います。そうした人たちがどういうふうに働いて自分たちの生活を支えているのか、という社会のつながりみたいなものを、本書を通じて感じ取っていただければ幸いです」

プロフィール:

首藤 若菜(しゅとう・わかな)

1973年東京都生まれ。日本女子大大学院人間生活学研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。山形大人文学部助教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス労使関係学部客員研究員、日本女子大家政学部准教授などを経て、現在は立教大経済学部教授。専攻は労使関係論、女性労働論。
主な著書は『統合される男女の職場』(勁草書房・2003年、社会政策学会奨励賞、沖永賞受賞)、『グローバル化のなかの労使関係――自動車産業の国際的再編への戦略』(ミネルヴァ書房・17年、労働関係図書優秀賞、社会政策学会奨励賞受賞)など。

(藤原秀行)

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