「氷点下170℃×2週間」、月のハードな夜を乗り越えよう

「氷点下170℃×2週間」、月のハードな夜を乗り越えよう

月面貨物輸送目指すispaceと英名門レスター大学が技術開発で提携

月面への貨物輸送事業を手掛けるスタートアップのispaceは5月23日、現在開発を進めているシリーズ3ランダー(月着陸船)とローバー(月面探査車)について、英国の名門レスター大学と月面で「越夜」できるようにするための技術開発や実証実験で提携したと発表した。

月面の夜は気温が-170℃まで低下する環境が2週間続き、その間は太陽が一度も上らないという非常に厳しい環境。資源確保を主眼に進められている月面探査では、過酷な低温環境となる長い夜を越えて機器の活動を可能にする技術やシステムが不可欠となるため、両者がタッグを組み、課題の解決を図る。


提携で合意したレスター大物理学天文学部のハンナ・サージェント博士(左端)とispaceの斉木敦史CRO(最高収益責任者、右端)(ispace提供)

原子力電池で機器を加温

両者はispaceの月面着陸船と月面探査車に、拡張機能としてレスター大学のラジオアイソトープ・ヒーター・ユニットを搭載し、月面の夜を乗り越えるシステムを開発することを目標に掲げている。

ラジオアイソトープ・ヒーター・ユニットは、ラジオアイソトープ(放射性同位元素)が崩壊する際に発生する熱で発電する「原子力電池」を生かして加熱する装置。熱と電力を月面着陸船や月面探査車に供給することを想定している。

バッテリーやセンサーなどの精密機器は氷点下に達するような低温下では性能を十分発揮できなかったり、劣化が早まったりする。金属素材などは非常に低い温度環境では強度が低下し破損しやすくなる。低温下で動作する機器類は、電気の流れ自体が生み出す熱エネルギーなども利用して性能を維持しており、月面の夜を乗り越えて活動できる機器を開発するには非常に高度な技術が求められる。

さらに、月面は空気や水がなく、発電手段が限られるが、地球から燃料を輸送すれば莫大なコストがかってしまうため、現在は太陽光発電が主に使われている。ただ、月面は夜が2週間続くため、その間は電力が得られない。月面に送り込まれた機器は、自身を温める電力がないまま、非常に低温の環境で2週間耐えなければならないのが現状だ。

今年1月20日、月面着陸に成功したJAXA(日本宇宙航空研究開発機構)の無人探査機SLIMも、夜が訪れるたびに活動を停止しており、4月23日には3回目の越夜に成功して通信を再開したが、設計上は想定していなかった快挙という。

ispaceは自社グループで開発した月面着陸船を用いて、月面への貨物輸送サービスを手掛けるとともに、同じく自社グループで開発した探査車で月面探査を行う宇宙ビジネスの実現を目指している。昨年4月には、民間企業としては世界で初めての月面着陸直前まで迫り、国内外の宇宙開発関係者らの注目を集めた。

24年末には2機目の月面着陸船の打ち上げを予定しており、既に国内外のメーカーなどから積み荷の輸送を請け負っている。レスター大学との共同研究は26年に行う3度目の打ち上げで実施することを計画している。

レスター大学は10年以上にわたり、学内の宇宙原子力発電グループが欧州宇宙機関や英国宇宙庁などの支援を受けながら、英国国立原子力研究所とラジオアイソトープによる発電システムの研究開発を行ってきた。英国欧州宇宙機関の宇宙飛行士ティム・ピーク少佐が22年春に設立した宇宙関連の研究開発クラスター「Space Park Leicester(スペース・パーク・レスター)」の中核的役割も担っている。

(石原達也)

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