【現地取材・動画】「星間物流」の時代は、もう始まっている

【現地取材・動画】「星間物流」の時代は、もう始まっている

宇宙スタートアップのispace、月面着陸船と探査車の実機を初お披露目

月面着陸船の開発や月面への貨物輸送サービスを手掛けるispaceは9月12日、茨城県つくば市のJAXA(宇宙航空研究開発機構)筑波宇宙センターで、2024年12月に打ち上げる月面着陸船の実機と搭載貨物を、報道陣に初公開した。

ispaceは23年に実施した第1回のフライトで、民間企業では世界で初めて月面着陸目前まで迫った。2回目となる今回は、自社開発の月面探査車を初めて搭載する。月面への積み荷は1回目のフライトでは探査用機器が主だったが、今回は実験機器やアートも加わり、幅に広がりが生まれた。

今回の発表は、地球を飛び出し、惑星間を行き来する「星間物流」の時代が既に始まっていることを印象付けた。


12月に打ち上げられる、月面着陸船「RESILIENCEランダー」

ミッション1の経験を基にソフトウェア改良

月面着陸船「RESILIENCEランダー」は幅2.6m、高さ2.3m。推進剤搭載前の重量は約300kgで、推進剤を搭載すると1tほどになる。全重量の7割を推進剤が占める計算だ。機体の上部に備えたペイロード・ベイ(貨物室)に月面探査車などを収納するほか、一部の実験機器などは機体の屋根に装着して輸送する。月面着陸船としての貨物輸送能力は30kgを想定している。


月面着陸船について解説するispaceの氏家亮CTO(最高技術責任者)


船体上部に設けられたペイロード・ベイ。既に月面探査車が格納されている


船体下部のスラスター(推進装置)。この船体サイズ・重量としては、高出力だという

2回目のフライト(ミッション2)で使われる着陸船は、22年12月~23年4月にかけて行われた1回目(ミッション1)の着陸船と共通の仕様を採用。ミッション1で船体に大きな負荷のかかる工程をクリアした後も損傷が確認されず、良好なパフォーマンスを実現できたことから、大きな改修は不要と判断したためだ。ただしソフトウェアは、ミッション1の経験を踏まえて改良している。

ミッション1では、月軌道以遠での1カ月以上の安定航行、月周回軌道上での姿勢・高度・位置制御など、10段階の設定目標のうち着陸目前の第8段階まで達成した。しかし月面の地形データの不足などから、着陸地点でセンサーが実測した高度が、事前の推定高度と大きく異なっていた。そのためソフトウェアが「算出結果が間違っている」と誤判断し、事前の推定高度を基に運航したため着陸に失敗した。成功していれば、世界初の民間による月面着陸という、歴史に名を残す偉業を達成していたはずだった。

その苦い経験を基に、ミッション2では着陸地点周辺の地形データをより広範囲にわたって収集したり、コンピュータの判断能力を向上させたりといった対策を施している。


ミッション1における10段階目標。このうち第8段階まではクリアした(ispaceのプレス資料より引用)

世界で月面を目指す動きが活発化している理由

なぜ日本をはじめ世界で月面を目指す動きが活発しているのか。その背景にあるのが、月面が資源ビジネスのフロンティアと見込まれていることだ。月面では水(電気分解後の水素と酸素を含む)やレアアースなどを採掘できる可能性を秘めている。そうしたポテンシャルを見据え、科学調査にとどまらず、月面をエネルギーや重要鉱物の供給源とする「資源ロジスティクス」の確立をにらんでいることが、覇権を主な目的として冷戦下で繰り広げられた20世紀の宇宙開発競争との大きな違いだ。

例えば、中国は2019年、世界で初めて無人探査機を月の裏側に着陸させ、採掘した資源を地球へと持ち帰った。同年には米国も、アポロ11号以来半世紀ぶりに月面へと人間を送り込む国際プロジェクト「アルテミス計画」を立ち上げ、日本も宇宙飛行士の搭乗枠を確保している。現状、26年9月に有人での月面着陸を達成し、以降は定期的な有人月面着陸を重ねつつ月面での探査基地を建設し、資源採掘などを行うことを想定している。

インドも2023年、世界で初めて、水が存在する可能性が高いとされる月の南極への無人探査機着陸を達成した。

日本は24年1月、JAXAの実証機SLIMにより、月面着陸を初めて達成した。SLIMはJAXA、タカラトミー、ソニーグループ、同志社大学が共同開発した探査ロボットSORA-Qなどの貨物を輸送しており、世界初となる完全自律ロボットによる現地撮影・地球へのデータ送信にも成功した。

国家機関だけでなく、民間企業の参入・活躍が相次いでいることも、21世紀の月面探査の大きな特徴となっている。米国のスタートアップIntuitive Machinesは24年2月、民間企業として世界で初めて、月面への無人船着陸を達成。NASAの計測機器や民間組織の研究用貨物6製品を輸送しており、現地採取したデータの地球への送信に成功した。

月面の砂礫をNASAに売却

ispaceもまた、世界から注目される主要プレイヤーの1社だ。月面着陸だけでなく、現地で使う機器類などの輸送も手掛けている。ミッション2では、高砂熱学工業の月面用水電解装置、ユーグレナの食料生産実験用モジュール、台湾国立中央大学宇宙科学工学科の深宇宙放射線プローブに加え、自社開発の月面探査車も初投入する。

TENACIOUS(テネシアス)と命名した月面探査車は、高さ26cm、幅31.5cm、全長54cm、重量約5kg。軽量性と、ロケット打ち上げ時の振動に耐える耐久性を両立させるため、躯体には炭素性複合材を採用している。


ペイロード・ベイに格納された月面探査車

着陸後、貨物室からの展開機構を用いて月面に着地し、自走して探査を行う。前面に高解像度カメラを備えており、月面での撮影が可能だ。

さらに、スウェーデンの建機メーカーEpirocのスコップを搭載しており、月面のレゴリス(砂礫)を採取・撮影するとともに、その所有権をNASAに売却する契約となっている。なお、あくまで権利の売却であって、砂礫自体を地球に持ち帰るわけではない。現地で採取したデータや撮影画像は、月面着陸船経由でルクセンブルクにあるispace欧州法人の管制室に送信する。


レゴリスの採取用スコップ(車輪奥のグレーの部分)

新たな積み荷「ムーンハウス」を受注

月面着陸船の開発は、JAXAの試験設備供用制度を利用し、筑波宇宙センターで進めてきた。23年からStructure Thermal Model(構造・熱モデル)の地上試験を開始し、24年5月には実機による各種地上試験に着手、6月末には宇宙空間の真空条件と温度環境を模擬する大型のチャンバー内で熱真空試験をクリアした。

そこに8月、欧州現法ispace EUROPEが開発してきた月面探査車がルクセンブルクから日本へ届き、ペイロード・ベイに格納された。それまで24年冬とだけ決まっていたミッション2の打ち上げ時期も、12月と具体化した。今後は打ち上げに向け、最終試験へと進む。報道陣への実機お披露目は、そのタイミングで行われた。

記者会見でispace創業者の袴田武史CEO(最高経営責任者)が「ミッション1で得られた知見も活かして、今度こそ着陸を成功させる。諦めない不屈の精神を、着陸船の名前RESILIENCE(再起する力)と、探査車の名前TENACIOUS(粘り強さ)に込めた」と、2度目の挑戦にかける意気込みを示した。


ミッション2への意気込みを語る袴田CEO

また、来賓としてJAXAの稲場典康理事が、「私もミッション1を見ていた。月面着陸寸前までいった高い技術力と、袴田社長が結果を冷静に総括していたのが印象的だった。JAXAが提供した施設が、ミッション2の成功と、その先の月面探査の役に立てば幸いだ」とあいさつした。

ispaceの氏家亮CTO(最高技術責任者)は、ミッション2における着陸予定地点を発表するとともに、着陸船と探査車の組み立て現場の動画を披露した。着陸予定地点は月の北緯60.5度、西経4.6度にある「Mare Frigoris(寒さ・氷の海)」の中央付近となる。月の「海」は、クレーターなど地形の起伏がない平坦なエリアのことを表す。

氏家CTOは「搭載貨物の顧客に提供できるサービスを最大化することを目指し、着陸地点から遠く離れた飛行経路上でもクレーターのような起伏の激しい地形がない、平坦な場所を選定した」と語った。

さらに、公表済みの荷主・積み荷に加え、新たに受注した積み荷を、袴田CEOが発表した。スウェーデンを拠点とするアーティストのミカエル・ゲンバーグ氏が創作した家屋のミニチュア「ムーンハウス」だ。

ゲンバーグ氏は、スウェーデン調に白く縁どられた赤い小さな家を月面に建てる「ムーンハウス・プロジェクト」を25年来構想し続けてきた。ミッション2では、探査車に積んだムーンハウスを月面に設置し、探査車のカメラで撮影する。ispaceでは、「人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界を目指す」という同社のビジョンに融合する積み荷として捉えている。


月面探査車に固定されたムーンハウス。幅110mm、高さ86mm、奥行き64mm

ミッション2の月面着陸船は、ミッション1と同じく、米国フロリダ州ケープカナベラルから、民間宇宙輸送企業SpaceXのロケットFalcon 9で打ち上げられる。

物資の往復輸送、いつ本格化?

記者会見では質疑応答も行われた。ロジビズ・オンラインは以下の2点を質問し、袴田CEOが回答した。

質問①:ミッション2の荷主と積み荷は、ミッション1と比べてどのような特徴があるか?

質問②:ミッション2において月面で採取したレゴリスは、NASAに所有権を売却するものの、まだ地球に持ち帰ることはできない。将来、地球に採掘物などを持ち帰ることができるようになったら、物流ビジネスのフィールドが地球から月にまたがる領域に拡大すると考えてよいか。また、そうした「星間物流」が実現するとしたら、いつ頃になりそうか?

質問①について、各ミッションの荷主と積み荷は以下の通り。

<ミッション1>
●日本特殊陶業の固体電池
●UAEドバイの政府宇宙機関であるMBRSCの月面探査ローバー
●JAXAの変形型月面ロボット
●カナダ宇宙庁によるLEAPの一つに採択されたMCSS社のAIのフライトコンピューターと、同じくCanadensys社のカメラ
●HAKUTO(※)のクラウドファンディング支援者の名前を刻印したパネル
●HAKUTOの応援歌であるサカナクションの『SORATO』の楽曲音源を収録したミュージックディスク
※HAKUTOは、ispaceの前身となる米X PRIZE財団主催・月面無人探査コンテストの日本チーム

<ミッション2>
●高砂熱学工業の月面用水電解装置(水も地球で積む)
●月面での食料生産実験を目的とする、ユーグレナの藻類培養モジュール
●台湾の国立中央大学宇宙科学工学科が開発する深宇宙放射線プローブ
●バンダイナムコ研究所の「GOI宇宙世紀憲章プレート」
●ispaceの月面探査車
●ムーンハウス

双方を見比べると、ミッション1は探査機器が主体だったのに対し、ミッション2は実験用機器やアートが目立つ。袴田CEOはそうした傾向があることを認めつつ、「台湾の深宇宙放射線プローブや当社グループの月面探査車も輸送するので、『探査』という領域もカバーされている」として、積み荷の内容に広がりが生じていることを強調した。


月面着陸船の屋上にも貨物が搭載される。赤丸で囲った部分の、白い四角の機器が台湾の深宇宙放射線プローブ。同じくグレーの機器がユーグレナの藻類培養モジュール

質問②の、地球と月にまたがる領域にまで物流のビジネスが広がる「星間物流」について袴田CEOは「現時点では地球から月への片道ロジスティクスを高度化し、着陸成功率を高めるステージにある。だが有人着陸が行われるようになれば、月面の物資を地球に持ち帰るハードルも下がってくるだろう」との見通しを述べた。

その上で、中国が月面からのサンプル・リターンを成功させていることに注意を向けさせ、こう締めくくった。「その時代は、現実にもう始まっている」


※動画のうち、ミッション2のイメージ映像の部分はispace提供

(石原達也)

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