【独自取材】「物流テック」で日本を変革する⑥Yper

【独自取材】「物流テック」で日本を変革する⑥Yper

置き配バッグ「OKIPPA」が社会のインフラになる日・内山智晴代表取締役

人手不足をはじめ課題満載の物流業界を先端技術で変革しようとするうねりが起こっている。ロジビズ・オンラインはそうした新たな動きをウオッチし、プレーヤーたちの熱い思いを随時お伝えしている。

第6回は、宅配の荷物を好きなタイミングで受け取ることができる専用バック「OKIPPA(オキッパ)」を手掛けるスタートアップ企業のYper(イーパー)にスポットを当てる。社会問題化した宅配の再配達削減に効果を挙げ、最近は新型コロナウイルスの感染拡大によるEC利用急増が普及の追い風になっている。さらに、最近注目を集めている、玄関先など指定した場所に宅配荷物を届けてもらう「置き配」にも対応可能な点が消費者の好評を博しているようだ。

バッグ自体は先端技術満載というわけではないが、逆にシンプルなバッグで再配達を減らすという発想自体が、まさにこれまで物流業界関係者には思いつかなかった画期的なイノベーションになっている。Yperは100万個の販売を目指しており、OKIPPAが社会のインフラとして定着する日を待ち望む人も多そうだ。


内山代表取締役(Yper提供)※クリックで拡大

物流に詳しくないからこそ、新たな視点で切り込める

Yperは2017年8月に誕生した。その不思議な社名には、ITを活用して“Hyper(最高)”な製品を世の中に送り出したいとの意味が込められている。その思いが凝縮した存在が、18年4月に販売を開始したOKIPPAだ。

一見すると大きなボストンバッグに見えるが、宅配の荷物をいつでも安心して受け取ることができるような細かな工夫が施されている。ワイヤーと南京鍵が付属し、使わない時は手のひらに乗るほどのコンパクトサイズに折り畳んで玄関のドアノブなどにワイヤーで吊り下げられるため、場所を取らない。使用する際には広げ、宅配事業者は届けた荷物をバッグの中に収め、施錠する仕組みだ。

バッグは丈夫で水濡れにも強い。2リットル入りペットボトルを18本収納できるため、宅配で届けられるさまざまな荷物を広範囲にカバーすることが可能だ。OKIPPAを活用すれば、受け取る人が宅配荷物を待ってずっと家に滞在しなければいけない手間から解消される。

これまでに累計で約15万個を売り上げた。宅配荷物を玄関先など好きな場所に届けてもらう「置き配」にも対応できることが、普及を加速させているようだ。


OKIPPAの活用イメージ(Yper提供)※クリックで拡大

Yperの内山智晴代表取締役は、実は創業するまで物流に詳しいわけではなかった。大学卒業後に就職した伊藤忠商事では5年ほど、フランスで航空事業の営業担当として航空機の機体やエンジン、装備品の販売に携わっていた。その際、宅配インフラに関心を持ったという。

「フランスに比べて日本の宅配は格段に優れているのに、なぜ再配達が減らないのか」との疑問から、スタートアップ企業として再配達の問題を解決できれば面白いのではないかと思いつき、Yper起業に至った。内山氏は「物流のバックグラウンドを持たない自分だからこそ、逆にこれまでにはなかった新たな視点で課題に切り込むことができると感じた。宅配は世界中に存在しているので再配達の問題を解決できれば事業を海外展開できると思ったのも大きな理由だった」と振り返る。

既に再配達を解消する手段として宅配ボックスが登場していたが、当時は初期費用がかさむことや住戸内で設置スペースが限られていることなどがネックとなり、まだ普及は進んでいなかった。そこで場所を取らず設置し手軽に使える別の手段を検討した結果、生活雑貨メーカーのマーナ(東京・東駒形)が手掛けるセンスの良い折り畳み式エコバッグ「Shupatto(シュパット)」に出会い、同社と現在のOKIPPAの共同開発にまでこぎ着けた。


Shupattoのイメージ(Yper提供)

1カ月現場でアルバイトし、ソリューションになると確信

プロトタイプが完成したのが17年末。玄関前の小さなスペースを使い、宅配荷物を受け取ることができる点に「これならいける」と手ごたえを感じた内山氏。だが、実物を持って宅配会社などを訪れ、関係者に意見を求めても、バッグに収めた商品の盗難などを危惧する声ばかりで、前向きに採用を検討しようという反応は全くなかった。内山氏は「置き配という負荷の少ない配送方法へ積極的に取り組もうという意識が当時は宅配業界にまだ広がっておらず、どこへ行っても話が全然進まなかった」と振り返る。

しかし、内山氏はOKIPPAを考案する過程で物流業界の現場を知ろうと、自ら1カ月間、配送員のアルバイトを体験し、再配達がいかに労力を要するかを痛感。OKIPPAのプロトタイプを実際に自宅で使ってみて、「再配達解決のソリューションになると確信した」(内山氏)。その経験からOKIPPAは絶対に宅配のユーザーにも、そして宅配の担い手にも受け入れられる製品との信念を抱き続け、宅配業界の塩対応にも歩みを止めることなく、いかに世の中にOKIPPAの価値を売り込んでいくかに知恵を絞った。

18年4月にクラウドファンディング専用サイト「Makuake(マクアケ)」で、OKIPPAを3000円台で予約先行販売を実施。内山氏らが売り上げの目標として設定していた30万円を初日で達成、最終的に660万円、1800個以上の販売実績となった。

予想を大きく上回る売れ行きに内山氏は「プロダクトとしての信頼性の高さは私自身強く感じていたが、はたして同じように思ってくれる方がいるのかと不安だった。マクアケさんの結果は自信になったし、率直にうれしかった」と笑顔で語る。ユーザーから好評を得たという事実は、宅配事業者やEC事業者にとってもインパクトのあるもので、OKIPPAに対するイメージを徐々に変え、理解を後押ししていく契機となった。

「10万個無料配布」で配達担当者にも認知広がる

18年12月には日本郵便と組み、東京・杉並の1000世帯を対象に、OKIPPAを利用することで再配達削減にどの程度効果を挙げるかの実証実験を1カ月実施。期間中に約3000件の配達が受け取る側の不在時に行われたものの、6割がOKIPPAの活用で再配達をせずに商品を届けることができた。実験参加者へのアンケート調査からは、OKIPPAによりECで購入した商品が届くのを家で待つ必要がなくなり、ECを使う頻度が増えたとの声も聞かれた。ECの利用を促進する効果があるという点もまた、OKIPPAの普及につながる十分な要素だった。

宅配事業者やEC事業者の間では、OKIPPAを有効活用しようとする動きが広がっている。日本郵便は19年6月、OKIPPA10万個を無料配布する体験モニターキャンペーンを展開。楽天も自社のネット通販「楽天市場」で今年4月、出店者向けの配送サービス「Rakuten EXPRESS」で受け取り手段としてOKIPPAによる置き配への対応を開始した。併せて、楽天も1万個を無償でユーザーにプレゼントしている。

内山氏は「日本郵便さんが10万個を無料配布してくださったので、消費者の皆さんに加えて、現場で配達を担当される方々にもこのような再配達解消のソリューションがあるということを認知していただけたのが非常に大きかった」と強調する。

Yperは置き配を普及させる上での不安や課題の解決にも精力的に取り組んでいる。東京海上日動火災保険と連携し、OKIPPAで受け取った荷物の盗難を補償する独自の保険を開発、ユーザーに提供。他にはOKIPPA向けのスマートフォン用アプリソフトを使うことで、商品の配送状況を細かくリアルタイムで把握できるようになっている。さらに、オートロックの集合住宅でもOKIPPAをうまく使えるよう、荷物の伝票番号を利用した解錠システムの開発を進めている。

「OKIPPAのシステム単独ではうまく機能しない。知見や技術をお持ちの方々と連携しないと成り立たないだけに、どのように外部とつながることができるかをこれからも検討していきたい」とスタンスを強調する内山氏。今後は宅配荷物の受け取りから、レンタルした商品の返却や中古品買い取りへの発送などにも用途を広げていくことを視野に入れている。


楽天専用のOKIPPAのイメージ(楽天提供)

BtoC宅配の2~3割を受け取る

Yperが「100万個の普及」を当面の目標に掲げているのは、週に複数回ネット通販を利用するヘビーユーザーがそれくらい国内に存在しているとの見立てによるものだ。内山氏らは目標を達成できれば短期間で国内の再配達率を現状の半分以下まで抑えることになると壮大な予想を明らかにしている。年間のBtoCの宅配便約15億個の2~3割をOKIPPAで受け取ることになる計算だという。

再配達のストレスを減らせば、ヘビーユーザーがさらに通販を利用するようになることも期待できる。新型コロナウイルスの感染拡大が契機となったEC利用拡大は、今後も続くとの見方が物流業界などでは多く聞かれるだけに、内山氏は「OKIPPAが社会のインフラとなるところまではしっかり事業として展開していきたい」と社会に貢献していくことを誓っている。

OKIPPAの登場前は、再配達削減の問題はどうしても人手不足に悩む宅配業界の視点から語られることが多かった。OKIPPAはそこに、ネット通販を使うユーザーの視点もうまく取り込むことに成功した。内山氏は「物流業界の外部の人間だからこそ新鮮な目線でソリューションを見つけることができたと思う」と語る。OKIPPAの存在は、物流業界が抱えるさまざまな課題を、物流業界以外の知見や技術を持つ存在とタッグを組むことで解決できる姿を示した貴重な先例になっている。

(藤原秀行)※タイトル横の写真はYper提供

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