自社のミッション(使命)とビジョン(目指す姿)の再設定と社内への浸透
タナベ経営 土井大輔 物流経営研究会チームリーダー
新型コロナウイルスの感染拡大は物流業界にも大きな影響を及ぼしています。密集回避へ省人化や非接触化が不可欠な“ウィズコロナ”の世界に備え、物流業界はどのように歩み、生き残り、そして社会を支えるという重要な任務を果たしていくべきなのかを真剣に考える時に来ています。
ロジビズ・オンラインではそんな難しい時代を切り抜けられるだけの強い物流企業に転換していくための術を、タナベ経営の経験豊富なコンサルタント、土井大輔氏に定期的に指南していただいております。第2回は自社の使命や目指す姿をどのように共有していくかかがテーマです。
土井大輔氏(タナベ経営提供)
モチベーションの高い社員が愛社精神も高いとは限らない
日本経済団体連合会(経団連)が昨年10月に発表したアンケート調査結果(コチラ)によると、新型コロナウイルスの感染拡大後に経営理念や経営方針、経営計画などに関連して実施した取り組みを尋ねたところ(複数回答可、N=289)、「経営理念、存在意義、価値観を示す文章の改定」を挙げた企業が全体の1割超(約40社、「実施予定」を含む)に上った。
コロナ拡大後の実施アクション(経団連調査結果を基にタナベ経営作成)
物流業の特徴の1つは受注型産業であり、荷主や元請けと共に成長してきた企業が多いため、先が読めないことを理由にビジョンや中期経営計画を策定していない企業も見受けられる。もう1つの特徴は労働集約型の事業であり、社員のスキルと数が業績に直結することである。現場では前日に得意先からオーダーを受け、急遽変更が入り、必死で対応していることも多い。
モチベーションの高い社員が、必ずしも愛社精神が高いとは限らない。社員とのエンゲージメントは、「職種」ではなく「会社とつながる」ことである。そして、自社のミッション(使命)とビジョン(目指す姿)に賛同できるか否かという判断基準が非常に重要な要素である。
会社と社員をつなぐエンゲージメントには5つの相互理解がある。
社員と会社をつなぐエンゲージメントの強化
先に述べたように、仕事へのモチベーションの高さと会社への愛着は必ずしも一致しない。社員の中で、「なぜ、わが社なのか?」という理由が付くことで、一本の筋が通り、高い視点から仕事を捉えることができ、成果を高めることにつながる。
エンプロイーエンゲージメントを左右する5つの要素(タナベ経営作成)
1.自社のミッション(使命)とビジョン(目指す姿)への理解
自社の歴史やこれまでの成長過程を通じて“事業の使命”を醸成することが重要である。
一説によると、創業して50年続く企業は15・6%、60年続く企業は7・3%、100年続く企業はわずか0・6%と言われている。事業は創業者の夢で始まり、情熱や意欲で成長し、責任感によって維持され、“当事者意識の欠如”で衰退していく。多くの社員は“現在の自社”しか知らない。これまでの自社の歴史や過程を人財育成のツールとしてインナーブランディング(社内へのブランディング)することが効果的である。
2.関係への理解
組織において上下だけでなく、他部門や協力会社へのつながりにおいても“関係性”を重要視することが必要である。米国の経営学者チェスター・バーナードが提唱した「権限受容説」は、役職者が理解すべき概念の1つである。
物流業界においても、SNSを活用した採用、AI(人工知能)を活用した画像認識、紙面広告ではなくウェブを活用した広告や自社のプロモーションなどデジタル化が進んでいる。若手人財の確保や、協力会社から選ばれる元請けになるためにも価値観の理解は不可欠である。
例えば、20代の人財を募集するなら社員の中で価値観が近い人財に募集方法を相談するべきである。20代に響くメッセージを50代が考えるのは難しい。
3.組織への理解
業績・風土の悪い会社に共通しているのは“組織・人事への愚痴”が多いことである。
これにはミッション・ビジョンに合わせた「人事制度」の見直しが効果的である。役職や等級での要件定義の明確化、評価制度の見直しを行い、全社員への説明会を経営者が実施すべきである。
4.家族・家庭などプライベートへの理解
一例を挙げると、B社ではインフルエンザの予防接種を社員のみならず、社員の同居人も上限額を決めて会社負担で実施するようにした。その結果、ある社員は家族から「家族のことを思ってくれる会社だから頑張って」と言われたらしい。他の取り組みとしては、「経営者から家族向けにミッション・ビジョンに基づいたメッセージを送る」「定期的に職場見学会など家族を招いたイベントを実施する」「家族の祝い事に対して会社からお祝いをする」などが挙げられる。
実際に、「会社のため」よりも、「人生・家族のため」に仕事をしている社員が多い。>会社としても社員の人生のため、家族のために“気持ち”を示すことが必要である。
5.自己成長への理解
物流業界は労働集約型の事業であり、社員のスキルアップと高い生産性人財の数が業績を創る。年齢の差は“価値観の差”である。「先輩社員の背中を見て覚える」という育成思想を排除しなければ人財は定着しない。
タナベ経営では「社内アカデミー(企業内大学)設立支援」において100校(社)以上の実績がある。“生産性なくして分配なし”である。生産性を高めない限り、社員に分配はできない。労働時間を短縮するには単純なコストカットや時間削減でなく、生産性の向上が不可欠である。
物流会社では受講対象を入社から3年もしくは5年までの正社員・パート社員にすることが多い。講師は自社の社員が務めている。中にはタナベ経営のような外部講師やeラーニングを取り入れることもある。
カリキュラムは、カゴ車の扱い方や検品の手順などの「実務カリキュラム」「各部門の業務内容」に加え、ビジネスマナーや業界動向などの「一般教養」、自社のビジョンについて経営トップが語る場、人事制度説明などを取り入れることも効果的である。その結果、ジョブローテーション(部署異動)が受け入れられやすくなり、社内が活性化することも成果と言える。
(第3回に続く)
著者プロフィール
土井 大輔(どい・だいすけ)
大学卒業後、システム機器商社を経て2006年タナベ経営入社。自身の実績を生かし、“新規市場の開拓”“受注型産業のビジネスモデル転換”を中心に事業戦略の構築を数多く支援。「物流が世の中を支えており、最高のマーケティング機能である」と考え、15年に物流経営研究会を立ち上げた。サプライチェーン最適化を軸とした事業戦略の構築や物流関連企業の収益力強化支援の実績を多数持つ。