【快調連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

【快調連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

第6回:台湾有事を念頭に日本企業が持つべき視点

国際政治学に詳しく地政学リスクの動向を細かくウォッチしているジャーナリストのビニシウス氏に、「今そこにある危機」を読み解いていただくロジビズ・オンラインの独自連載。6回目は海外展開している日本企業に対し、最近の情勢を踏まえ、持つべき視点を提言しています。お見逃しなく!

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プロフィール
ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。

「軍事侵攻による台湾統一に賛成」が55%に達した意味

6月中旬現在も、台湾有事を巡る緊張は依然として続き、日本企業の間では懸念が拡がっている。5月末には南シナ海で中国の戦闘機が米偵察機に異常接近し、同偵察機が乱気流に巻き込まれる事態があった。米国側が公開した動画によれば、中国軍機が米軍偵察機の進路を妨害した結果、乱気流が発生していたことが確認された。

6月に入っても、カナダ海軍とともに台湾海峡を南から北へ向けて航行していた米海軍のミサイル駆逐艦チャンフーンに対し、中国艦船が異常接近する事態が発生。一連の状況から、米当局は6月に入り、台湾海峡と南シナ海において中国軍の攻撃性がより増大していると懸念を示した。

中国軍の攻撃性が増大することにより、米軍や台湾軍との偶発的な軍事衝突が発生し、緊張が一気に高まることが懸念される。最近シンガポールで行われたアジア安全保障会議でも、米国側が中国との国防会談を要請したが、中国は受け入れを拒否している。

こういった状況に日本企業の間で懸念の声が拡がり、どういう状況になったら社員や帯同家族を退避させるかを真剣に検討する動きが見られる。防衛白書などでは、ウクライナ戦争などを参考に、注意すべきポイントとして政府機関やインフラ施設への大規模なサイバー攻撃、偽情報の流布、台湾離島の奪取、台湾海峡付近における中国軍の過剰な集中配置などが挙げられることが多く、既にそういった兆候を把握している企業も少なくない。

しかし、今後さらに緊張が高まる恐れがある中、日本企業として上述のような軍事的トリガーだけでなく、国際政治的な動きも捉える必要があろう。では、どんな状況を注視すればいいのか。


台湾海峡で緊張が続く(イメージ)

まず大事なのは米軍との軍事バランスの変化だ。中国は、台湾有事の際に軍事的に関与するかどうかを明確にしない“あいまい戦略”を貫く米国の意図と能力を監視している。特に能力面を注視し、米中の経済力と軍事力が拮抗し続ける中、いつになったら軍事バランスで中国優位の軍事環境が台湾周辺に到来するかを待っている。

また、国民からの支持も重要なバロメーターとなる。習近平体制は、国民の意見とは関係なく台湾統一に向けての政策を進めるとの声もあるが、習3期目が最も警戒しているのは国民からの反発だ。過度なゼロコロナ政策によって経済的不満が強まっており、昨年秋の全国人民代表大会(全人代)の際も「反習近平」の動きが少なからず見られたことから、国民がどれだけ習3期目の台湾制裁を支持しているかも重要な指標となる。

例えば、最近、シンガポール国立大学とニューヨーク大学上海校が共同で行った調査で、「軍事侵攻による台湾統一に賛成」と答えた人が55%と過半数に達し、反対の33%を上回った。また、台湾に統一を受け入れさせるための他の手段として、「台湾周辺への限定的な武力行使」が58%、「経済制裁」が57%などとなり、中国市民の間でも習国家主席が掲げる台湾統一を支持する向きが多いことが分かった。

さらに「中台両岸はそれぞれの政府を持ち、必ずしも統一することはない」との項目では、「受け入れられない」が71%なのに対して「受け入れる」は22%にとどまった。こういった調査結果は習政権のモチベーションを上げることになる。

中国と欧米陣営に属さない国々との関係についても重視する必要がある。当然ながら、台湾に侵攻すれば中国は欧米から制裁措置を受けるのは理解しており、よって欧米からの制裁に耐えられる反欧米陣営・グローバルサウスとの経済関係、サプライチェーンの構築が重要となる。

世界に占める欧米の影響力は縮小し続けており、今後はインドに代表されるグローバルサウスとの関係が中国にとって大きな意味を持つ。台湾への武力行使を辞さない構えを貫く習政権がウクライナ戦争から得た教訓の1つに、どれくらいの国が欧米と足並みを揃えていないかがある。

グローバルサウスなど諸外国との関係を必要とする中国としては、台湾への武力行使で多くの国が欧米に追随しないことを望んでいる。そして、今日、習政権はサウジアラビアとイランの国交回復で主導的役割を果たすなど、そういった戦略環境(台湾有事になっても多くの国が中国と距離を置かない)を率先して作ろうとしているように映る。中国は台湾有事になっても政治・経済的なダメージを最小化できるよう、今の段階からあらゆる策を検討している可能性がある。日本企業としてはこういった視点からも台湾情勢を注視していくべきだ。

(次回に続く)

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