【大注目連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

【大注目連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

第8回:処理水放出で日中貿易摩擦は拡大するのか

国際政治学に詳しく地政学リスクの動向を細かくウォッチしているジャーナリストのビニシウス氏に、「今そこにある危機」を読み解いていただくロジビズ・オンラインの独自連載。8回目は福島第一原子力発電所からのALPS(多核種除去設備)処理水放出に中国が激しく反発した背景を探ります。

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プロフィール
ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。

海産物全面輸入禁止に踏み切った背景

岸田政権が福島第一原発の処理水放出を決定して以降、日中間の貿易摩擦が激しくなっている。放出が開始されたのと同時に、中国は日本産海産物の輸入を全面的に停止した。これによって中国へ海産物を輸出してきた北海道や東北の水産加工業者などは売り上げが劇的に落ち込むなど、今後の先行きを懸念する声が拡がっている。今回、なぜ中国は日本産海産物の全面輸入停止という措置に踏み切ったのか。今回は、この問題を貿易面の視点から考えてみたい。

先に結論となるが、理由は難しくない。中国は最近貿易面で日本への不満を強めてきた。その発端は昨年10月、米国のバイデン政権が先端半導体分野で中国への輸出規制を始めたことにある。中国は半導体やスーパーコンピューター、人工知能など先端技術への投資を強化し、軍の近代化を押し進めようとしている。しかし、中国は半導体分野では世界の先端を走っておらず、軍事のハイテク化に欠かせない先端半導体の技術を獲得し、それを自国産化することを目指している。

そうした事態を食い止めようと、バイデン政権は先端半導体分野で対中輸出規制を始めたのだが、先端半導体の製造装置では日本やオランダが世界をリードしているので、バイデン政権は今年1月、両国に対して足並みを揃えるよう協力を要請したのだ。それに対し、中国軍の近代化を懸念する日本とオランダは製造装置が中国に渡らないよう、米国の意向を受け入れて規制を始めることを発表した。

そして、日本はオランダに先駆けて7月下旬、幅が14ナノメートル以下の先端半導体を製造する際に重要な装備品23品目(繊細な回路パターンを基板に記録する露光装置、洗浄・検査に用いる装備など)で対中輸出規制を開始した。


ALPS処理水の1回目の放出の際、上流水槽から周辺の海水をサンプリングする様子(出展:東京電力ホールディングス)

これが中国の対日不満に拍車を掛けることになった。中国側には台湾や尖閣諸島など安全保障領域で日本への不満というものは常にあったが、近年は激化する米中対立の下で日本がどのような姿勢を示してくるかを注視していた。そして、先端半導体という中国がどうしても入手しなければならない、言わば急所、アキレス腱で日本が「NO」の姿勢を示したことで、中国は貿易面でも日本への不満度を急上昇させていった。

日本が23品目での規制を強化したほぼ同時期、中国は半導体の材料となる希少金属ガリウムとゲルマニウムにおいて輸出規制を開始した。中国政府は特定国を標的としたものではないと主張しているが、タイミングなどを考えれば、米国や日本への政治的けん制であることは間違いない。その後、共産党系メディアは“ガリウム・ゲルマニウムの輸出規制に込められた中国の不満を米国やその同盟国は把握せよ”と警告する社説を掲載した。

貿易面での中国の日本への不満は膨れ上がっている。しかし、何もきっかけがない状態で一方的に貿易規制を実行すれば、経済的威圧だとの声が諸外国から多く上がることから、中国は福島第一原発の処理水放出という“一種の根拠”を示すことで、日本向けの“経済攻撃”を発動したと言える。要は、ガリウム・ゲルマニウムの輸出規制の続編と考えていい。今後ともさらなる続編をわれわれは目にする可能性が非常に高い。残念なことだが、そうした厳しい事態を食い止められる即効性の高い政治的特効薬は見当たらないのが現状だ。

(次回に続く)

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