働き方改革で工事に制限の可能性
賃貸物流施設市場は旺盛な需要を背景に、首都圏など都市部を中心に依然、大量供給が続く。しかし、建築費の高騰に加え、建設業界で長時間労働の規制が強化される「2024年問題」の顕在化が間近に迫り、関係者らの間では開発が制限されかねないことへの不安が漂う。物流施設の供給サイドは、物流業界と合わせたダブルの「2024年問題」への対応が急務で、未曾有の難しい局面を迎えている。
※この記事は、「月刊ロジスティクス・ビジネス(LOGI-BIZ)」2023年10月号「物流不動産」特集に掲載したものを一部加筆・修正の上、再構成しました
物流施設開発も難しい局面に(イメージ)
資材・設備に納期の遅延が発生
シービーアールイー(CBRE)が7月に公表した今年4~6月の大規模マルチテナント型物流施設市場の調査結果によると、首都圏の新規供給は24.4万坪で、過去2年間の四半期平均(約20万坪)を上回った。同時に、新規需要も過去最大だった19年7~9月期(21.1万坪)を超える22.5万坪に達した。一方で平均の空室率は、竣工済み物件の空きスペースの消化が進んだことなどから、大型案件の竣工が相次いでも同1~3月から横ばいの8.2%に収まった。
ジョーンズ ラング ラサール(JLL)が9月にまとめたリポートでは、23年の通年では首都圏だけでも300万㎡の新規供給が予定されており、15年の実績の3倍程度に相当するという。
JLLは「自前で出口を持たない開発ファンドやデベロッパーによる物流施設の開発が増加し、堅調な需要を背景に開発プロジェクトも顕著に増加した。それらの結果、限られたプレーヤーしかできなかった物流施設への直接投資が様々な投資家に開放され始めている。取引される物件も規模、面積、稼働状況など様々で、コアからオポチュニスティックまで多様な投資家のニーズを満たし得る」と指摘する。低金利の環境もあって、国内外の投資家が物流施設に熱い視線を注ぎ、資金がプロジェクトに流れ込んでいる。
ただ、好立地で賃料も手ごろな物件は早めにリーシングが完了する半面、大量供給により首都圏を中心に物流施設が増え続けていることから、CBREも指摘している通り、立地と比較して賃料が高めな物件はスペースが埋まるまでに時間を要するなどの「二極化」が起きている。デベロッパーは立地や機能をいっそう念入りに吟味する必要に迫られている。
そこに、建築コストの高騰という懸案事項が依然立ちふさがっている。一般財団法人建設物価調査会によれば、今年8月の東京の建設資材物価指数(15年平均=100)は建設総合が133.3となり、7月から1.2%上昇した。建築部門に絞っても0.9%アップして133.6だった。105前後だった21年年始から約2年半で2割強上昇した。21年から22年にかけての急騰は収まりつつあるが、いったんはね上がった資材価格が下がる気配は見えてこない。
日本建設業連合会(日建連)は、材料費が建設コストの5~6割、労務費が3割をそれぞれ占めていると仮定した場合、21年の年初から足場をはじめとした仮設設備の費用や経費を含めた全建設コスト平均で1割強上がったことになると試算している。労務費に絞っても21年3月までの状況から2年余りで10%増加したという。
政府は産業界に賃上げを迫っており、労務費の上昇も続きそうな情勢だ。日建連は加えて、世界的な半導体や原材料の不足などが響き、ガラスや木製建具、荷物用エレベーター、シャワートイレ、受変電設備といった一部の資材・設備に納期の遅延が発生、工期に影響が出ていると指摘している。
ある大手不動産会社の関係者は「物流施設の開発でも、半導体不足が響いてキュービクル(高圧受電設備)の納期が大幅に遅れることが分かり、関係者が非常に焦ったケースがあった。最終的には関係者が奔走してどうにか間に合わせたが、キュービクルが遅れれば大量の電力を必要とするロボットなど自動化設備の導入計画にも狂いが生じてくる」と語る。
建設業界の苦境が供給にブレーキも
さらに、もう1つの大きな懸念材料が、建設業界の「2024年問題」だ。2024年問題と言えば、最近は物流業界のトラックドライバーの長時間労働規制強化が取り上げられることが多い。しかし、建設業界も政府の働き方改革の一環で、時間外労働の上限規制が5年間の猶予期間を経て24年4月に強化される。
トラックドライバーと同様、建設業も長時間労働と高齢化、人手不足が懸念されている。厚生労働省の毎月勤労統計調査によれば、建設業の年間実労働時間が22年は1986時間で、全産業平均(1718時間)より268時間長かった。総務省調査では就業者数のうち55歳以上が占める割合は22年が35.9%と右肩上がりの一方、29歳以下は11.7%で横ばいが続く。圧倒的に若い人材が足りていない。
こうした窮状を踏まえ、24年4月以降は時間外労働が原則として最大で年間360時間、労使間で合意していても720時間と設定するなど、長時間労働の規制がより厳格化され、違反した企業には罰則が科せられる。政府には働き方改革を進めることで、建設業界の魅力を高め、人材が集まるようにしたい考えだ。9月には斉藤鉄夫国土交通相が日本建設業連合会など建設業界の4団体トップと会談し、賃金引上げや工期の適正化について、全ての関係者が連携して対応を強化していくことを再確認した。
斉藤国交相と会談する建設業界4団体トップら(国交省ホームページより引用)
建設業界は長時間労働の是正を迫られている。建設現場は現在も土曜日に作業を行っていることが多いため、日建連は週休2日の実施を会員企業らに要請。これを受けて大手のゼネコンを中心に、工事の発注者に対して週休2日を確保できる工期とするよう求める動きが出ている。
大手ゼネコンの関係者は「人員も時間も限られるのであれば、採算が良く工期にも余裕がある案件に焦点を当てて受注せざるを得ない。部材の調達にも時間を要するし、全ての要求には応えられない」と苦しい胸の内を明かす。
そうした動きが定着すれば、一定期間内に手掛けられるプロジェクトの数は当然ながら絞られてくる。大量供給が10年以上続いてきた物流施設はゼネコンにとって他のオフィスビルや大型商業施設などと並ぶ重要な得意案件になっている。しかし今後は決して安泰ではなく、建設業界の窮状が物流施設の供給にブレーキをかける可能性が出ている。
別の大手ゼネコン関係者は「例えば九州では大規模な半導体製造工場の建設が進み、それに関連した工事も多数発生している。そうした重要度の高い案件がエリアにあれば、どうしても他の案件が割を食うことになる」との見方を示す。物流施設デベロッパーは入居する荷主企業や物流事業者に加え、工事を担う建設会社にも選ばれる物流施設となる必要があり、工期短縮などで知恵を絞ることをさらに強く迫られそうだ。
(藤原秀行)