【独自】日本企業もあらゆる非常事態想定した「オペレジ」で事業の強靭性向上を

【独自】日本企業もあらゆる非常事態想定した「オペレジ」で事業の強靭性向上を

KPMG専門家、「CSCO(最高サプライチェーン責任者)」選任も提言

KPMGコンサルティングの足立桂輔執行役員・パートナーと関憲太執行役員・パートナーは6月11日、災害や紛争などの非常事態に対する事業の強靭化(レジリエンス)が、日本企業の間でどのように進んでいるかを調査した「レジリエンスサーベイ2024」に関する記者説明会の後、ロジビズ・オンラインの取材に応じた。

両氏は調査結果を引用しながら、レジリエンスの度合いを高めていくことが、予期せぬ事態が数多く発生する現代社会を生き抜く上で不可欠との認識を表明。日本企業に対してもより積極的に、サプライチェーン全体の統括に責任を持つ「CSCO(最高サプライチェーン責任者)」選任などの対応を強化するよう訴えた。

また、欧米で策定の動きが広がっている、対策を講じていても事業中断の非常事態は必ず起きることを念頭に置き、いかに社会への影響を軽減するかを事前に準備しておくことでより事業の強靭性を高める「オペレーショナル・レジリエンス」について、これから日本企業もサプライチェーンを安定的に運営する上で考慮すべきポイントだとアドバイスした。両氏の主な発言内容を紹介する。

「レジリエンスサーベイ2024」の内容に関する記事はコチラから:サプライチェーン強靭化、日本企業も顧客・株主の要望受け取り組み進む


説明会に臨む足立氏

“この線越えたら撤退”の許容限度を事前に設定

──レジリエンスの推進には、経営陣の資質も大きく関わってくるように思います。取材していると、儲けることに熱心な経営者ほど、リスクに関する話題を「金がかかるだけで儲けにならない」と忌避する傾向があるように感じます。平時に強い人材と、有事に強い人材は異なるのでしょうか。また、両方に強い人材を育てる方法はありますか。
足立氏「欧米企業の場合は、CFO(最高財務責任者)やコーポレート(総務や財務などの管理部門)に、リスク視点で経営に目を光らせ、事業部門に適切な対策を求めるよう、明確な権限を与えるケースが目立ちます。意識や適性に依存せずガバナンス(企業統治)の問題と捉えて、取締役会をけん制する機能を持たせているんです」

「どこの国の人間であろうと、現実問題として正常性バイアス(平穏な日常に過剰適応し、目前に危険が迫ってくるまでは、危険の存在を認めようとしない心理状態)は起こり得ます。ですから、欧米企業の多くは最初からリスクを織り込み、“この線を越えたら撤退する”という許容限度まで決めて計画を立てていきます。例えば、国外に工場を進出する際も、最初は慎重を期してオフショア(現地企業への業務委託)からスタートします。そして工場進出後は、一定期間内に投資を回収できるよう目標設定し、大胆かつ機動的なビジネス展開を行います。どちらもいざという場合に、損失を抑えて即時撤退できるようにするための方策です」

「それに対し、日本企業の場合はプロジェクト開始前から撤退やリスクを話題にすることは、後ろ向きだの非協力的だのと避ける風潮がまだまだ根強い。そうした姿勢では非常事態の発生時に決断が遅れ、結果的により多くのダメージを受けやすくなってしまいます」

──大企業の場合はガバナンスを利かせやすいと思いますが、レジリエンスはサプライチェーン全体に関わることで、数多くの中小企業が実践しなければ成り立ちません。中小企業の場合、リスク管理はより経営者個人の適正に左右されやすくなるのでは?
足立氏「だからこそ、欧米のグローバル企業はサプライチェーン全体を管理する専担役員として、CSCO(チーフ・サプライチェーン・オフィサー=最高サプライチェーン責任者)を任命しているケースが少なくないんです。一方、日本企業では、サプライチェーン管理専門の役員はほとんどいません。ここが、レジリエンスを高める上での大きな課題といえるでしょう」

「トラブル対応の強さをセールスポイントにする企業が増加」

──今回の「レジリエンスサーベイ」では、「オペレーショナル・レジリエンス」という言葉が登場していました。日本ではまだまだ馴染みがないと思いますが、あらためて、オペレーショナル・レジリエンスと一般的なレジリエンスの違いを確認させてください。
関氏「従来のレジリエンスはビジネスの継続性に焦点を当てた対策ですが、オペレーショナル・レジリエンスは、『万全の対策を講じていても、事業中断の非常事態は必ず発生する』ことを前提にした上で、社会への影響を軽減することにフォーカスした、より高度な対策となっているのがポイントです」
「例えば、事業規模は小さくても、特定の地域で大きなシェアを持つ地方銀行が、災害やサイバー攻撃などで事業を中断し、そのことが長期化した場合には、地域の経済活動や住民の生活に甚大な影響を及ぼしてしまいます。そうした事態に備え、利用者目線で最低限必要となる業務を、最低限維持すべき水準で提供し続けられるような能力を確保することがオペレーショナル・レジリエンスなんです」

「もともとは2018年、英国のある金融機関で基幹システムに障害が発生し、長期にわたってサービスが停止した際、顧客の間で(偽のメールやSNSのURLを使って個人情報をだまし取る)フィッシング詐欺による2次被害が拡大したことが契機となり、必要性が認識されました。金融機関から早急に案内されることを顧客が待ち望んでいたため、犯罪組織が偽装メールを送りやすく、顧客側も偽リンクをクリックしやすい状況が生まれてしまったことが問題拡大の要因でした」

「この反省を踏まえ、社会的な責任に重きを置いたBCPの策定が求められるようになりました。主要国の金融監督当局などで構成するバーゼル銀行監督委員会が2021年に策定した国際原則を基に、英国では金融業界を対象に策定を義務付ける法律が22年に施行され、EU(欧州連合)や香港、オーストラリアなどが続きました。日本でも23年4月、金融庁が『オペレーショナル・レジリエンス確保に向けた基本的な考え方』を公表し、整備を進めようと取り組んでいます。従来のBCPを単に代替するものではなく、既存のレジリエンスの枠組みを活用しながら整備運用するものです」


「オペレーショナル・レジリエンス」の概要(金融庁資料より引用、原典はコチラの6P

――金融以外では、どのような分野で広まり始めているのでしょうか。
関氏「私は金融を専門に見ているので他分野の動きには詳しくありませんが、日本でも医薬品メーカーのように非常事態でも供給能力の維持が強く求められる企業や、もともとレジリエンスに注力してきた製造業の中には、取り組む企業が現れていると聞きます。また、そうした企業のレジリエンス強化にはロジスティクスも欠かせないことから、大手物流会社の中にも、当社主催の研修会に参加された企業があります」

「実はオペレーショナル・レジリエンスには、差別化の観点からも関心が寄せられています。トラブル対応に優れた企業であるということは、重要なセールスポイントにもなるからです。ぜひそうした点も重視し、日本企業は積極的に採用を検討していただきたいと期待しています」

(石原達也)

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