「無人運航船で日本経済に1兆円の波及効果」

「無人運航船で日本経済に1兆円の波及効果」

三菱総研・武藤正紀主任研究員がメディア向け講演で

三菱総合研究所(MRI)は5月29日、東京・永田町の本社でメディア意見交換会「無人運航船がもたらす未来~海から起こす物流・モビリティー革命~」を開催した。

無人運航船による日本の課題解決、国内外における開発動向、社会経済効果、実現・社会実装に向けたポイントについてMRI科学・安全事業本部フロンティア戦略グループの武藤正紀主任研究員が解説。武藤主任研究員は「少子高齢化に伴う船員不足をこのまま放置したら内航海運は維持できなくなる。経済基盤の損失リスクを回避する意味でも船舶の自動化・無人化は不可欠」との見方を示し、2040年には新造も含めて内航船の50%以上が完全無人運航に置き換わると見通した。


講演する武藤正紀主任研究員

内航海運業界では船員の55.8%が50歳以上と高齢化が著しく進行。これに不規則な労働スケジュールや厳しい船上業務などを理由とする若年層の敬遠・早期離職も加わり、40年の船員数は約1万5000人と15年(2万258人)から約5000人減少すると見込む。内航海運事業者からは船員不足による事業継続困難や受注機会喪失といった課題を訴える声が多く聞かれるといい、武藤主任研究員は「船の世界でも自動化・無人化によって働き方を含めた変革を図り、若年層の取り込みを通じた事業基盤の維持・強化が必要」と指摘した。

無人運航船による社会経済効果ではコスト低減、収益機会の拡大、産業力強化、安全性向上、人員確保問題の解決、環境配慮の6項目を明示。このうちコスト低減は1日当たりの運航費で40%を占める人件費を無人化で抑制し、オペレーションコストが総計で約20%削減できると分析。収益機会の拡大では船員用施設やスペースの有効活用による積載量拡大、寒冷地など厳しい気候での運航容易化、海難事故による経済損失の削減などを挙げた。

輸送分野にもたらすソリューションシナリオでは、運航効率化に加えて小口宅配輸送の新規需要に着目する。EC進展に伴う小口輸送ニーズの高まりからトラックでの輸送供給力に限界が生じていることを踏まえ、無人化かつ高頻度・大量輸送が可能な内航船をここに組み込むことで補完機能を発揮できると展望。人・物ともに離島や沿岸部など遠隔地の輸送需要を低コスト・高効率で吸収する効果にも期待を寄せる。

これらメリットを積み上げた無人運航船の経済的効果は1兆円に上ると試算。セクター別では内航・内水海運(5835億円)、船舶修理・メンテナンス(437億円)、船舶建造(417億円)と海運関連が6割強を占めるものの、石油・石炭製品(458億円)や運輸・郵便(315億円)などさまざまな産業に波及効果があるとした。

開発動向に関しては既に欧州企業が無人運航船の実証実験に成功するなど先行している点に言及。昨年12月にフィンランドのフィンフェリーズと英ロールス・ロイスが完全自律、遠隔操船での無人フェリー運航実証を行い、3~5年後の25年ごろには商業化される見通しだ。またノルウェーのヤラ・インターナショナルはコンテナ船と併せて陸上での係留や積み降ろし作業も自動化して20年からサービスを開始する予定であることから、武藤主任研究員は「(無人運航船は)世界レベルでは決して遠い話ではなく、かなり近い未来に時間軸が設定されている」と海外勢の開発スピードに一目を置く。

日本では国土交通省が25年の実用化に向けて研究・開発を推進する一方、民間企業では楽天が独自の物流網構想「One Delivery」で無人貨物船をノルウェー企業と共同開発。楽天はこれとドローン(小型無人機)などを組み合わせたラストワンマイルサービスを20年までに構築する計画を掲げていることにも触れた。


楽天技術研究所とマリタイム・ロボティクス社が共同研究中の無人貨物船(楽天ウェブサイトより)


2025年頃の自律型海上輸送システムのイメージ(日本船舶技術研究協会ウェブサイトより)※クリックで拡大

25年までに世界の自動運航船市場は1550億ドル程度まで成長すると予想。特に20年以降は年率10~20%台の高い伸びを見込む。ただ23年までは完全無人化船の市場シェアが現在の3%から大きく動くことはないとし、25年で50.8%に到達する中長期スパンでの成長可能性を考慮した。

社会へのインパクトとしては無人化による業務負担の軽減・解消、さらに遠隔操船が船員の陸上勤務やシニア層・女性・若年層ら多様な人材の雇用にもつながり“選ばれる職業”へと生まれ変わる可能性を想定。企業取引でも個社の定期用船契約から無人船をリース、プールした海上輸送のプラットフォームによる複数船舶の一括運航サービスといった新たなビジネスモデルも現実味を帯びてくるとみている。

日本で無人運航船の実現・社会実装に向けては、自動車など陸上で進みつつあるMaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)の観点が大きなポイントになると考察。武藤主任研究員は「無人運航船という新しいモビリティーを基点に他産業との共創によって、船(海)の世界だけにとどまらないシームレスな付加価値を生み出していくことが肝要」とし、一例に不動産業:マンション向け水上タクシー、エネルギー産業:機械学習による利用エネルギーの最適化、小売業:オンデマンド輸送、医療・ヘルスケア産業:医療品の離島輸送、観光業:瀬戸内エリアや離島の海洋観光などを列挙した。

その上で船舶の所有・用船や船員、運航管理、事業範囲をさまざまな産業・リソースとクロスさせてサービス領域を広げ、これまでの個別・零細企業による内航海運事業からの脱却を図るパラダイムシフトの必要性を強調。

ロジビズ・オンラインの無人運航船に関する取り組みで外航海運、内航海運に隔たりがあるとの質問に対して、武藤主任研究員は「まだ表には出ていないが内航海運でも活用可能性を検討しているケースは複数ある。ただ技術、ビジネスモデルも含めて企業・業界が単独で行えるものではないだろう。無人運航船を軸に関連する多様な産業が参画して事業化を目指すのが現実的」と幅広い産業の連携が鍵になることを示唆した。

(鳥羽俊一)

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