【独自連載】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

【独自連載】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

第27回:中国の日本産水産物輸入再開から浮かぶ真意

国際政治学に詳しく地政学リスクの動向を細かくウォッチしているジャーナリストのビニシウス氏に、「今そこにある危機」を読み解いていただくロジビズ・オンラインの独自連載。27回目は日本に対する中国のある動きについて真意を指摘、警戒を呼び掛けます。

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プロフィール
ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。

経済的に歩み寄りを見せても油断は禁物

中国政府は5月、東京電力福島第一原子力発電所の処理水海洋放出を理由に2023年8月から続けていた日本産水産物の輸入停止措置を段階的に解除し、輸入再開に向けた手続きを開始することで日本と合意した。そして、6月29日、日本産水産物の輸入を即日再開する方針を発表した。

 
 

この動きは、表面上は日中間の経済的懸案の解消に向けた一歩に見えるが、その背後にはトランプ米政権の保護主義政策と対中圧力の高まりの中で、中国が日米関係に楔を打ち込む政治的狙いが潜んでいる。

今年1月に発足したトランプ第2期政権は「アメリカファースト」を全面に打ち出し、対中強硬姿勢を鮮明にしているのは周知の通りだ。国務長官にマルコ・ルビオ氏、安全保障担当大統領補佐官にマイク・ウォルツ氏といった対中強硬派を起用し、中国に対する高関税政策や貿易制限を強化している。トランプ政権は一時期、中国からの輸入品に最大145%の関税を課すなど、米中間のサプライチェーン分断(デカップリング)を加速させる方針を示している。このような保護主義政策は、経済成長が鈍化する中国にとっては大きな脅威であり、米国を除く諸外国との安定的な経済関係が絶対的に必要となる。
 
こうした基本的な状況を踏まえれば、中国が日本産水産物の輸入再開を決めた背景には、トランプ政権の対中圧力に対抗し、日米関係に揺さぶりをかける意図が明確に見て取れる。中国は米中対立の深刻化を背景に、日本や欧州、東南アジアとの関係強化を積極的に進めており、日本産水産物の輸入再開はその一環と位置付けられる。

特に、23年8月の処理水放出開始以降、中国は「核汚染水」と呼んで日本を批判し、輸入停止措置を対日牽制のカードとして利用してきた。しかし、国際原子力機関(IAEA)が処理水の安全性を認め、各国も総じて冷静に対応したため、中国の批判が想定したほど国際社会で広まらなかったことから、このカードの効果は限定的だった。

そこで中国は、輸入再開を通じて日本との関係改善をアピールし、日米間の連携に楔を打ち込む政策に転換したとみられる。トランプ政権の保護主義による経済的圧力が日本にも及ぶ中、日本が中国との経済協力を魅力的な選択肢と感じる状況を作り出すことを狙った可能性が大きい。

しかし、中国が経済的歩み寄りを見せる一方で、日中間には尖閣諸島や台湾を巡る地政学的リスクが依然として山積している。尖閣諸島周辺では中国公船の領海侵入が頻発し、台湾海峡を巡る緊張も高まる中、中国の経済的接近は日本にとって一時的な利益をもたらす可能性があるものの、長期的には安全保障上の懸念が払拭されない。日本企業にとって、中国市場への過度な依存はこれらの地政学的リスクに加え、トランプ政権の保護主義によるサプライチェーンの不安定化を考慮すると、依然として大きなリスクを伴う。

従って、中国の歩み寄り姿勢があったとしても、日本企業はやはり油断せず中国依存からの脱却を継続し、東南アジアやインドなど代替市場の開拓や、サプライチェーンの多角化を加速させるべきである。中国との経済協力が魅力的に映る局面でも、地政学的リスクを軽視せず、長期的な事業継続性を確保する戦略が求められる。

 
 

(了)

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