労働時間の管理:日東物流・菅原拓也代表取締役
トラックドライバーの長時間拘束に関する規制が強化される2024年4月まで残り2年。運送業界を挙げて働き方改革を進めなければならない局面の中、過去の体験からいかに労働時間の問題を克服していくべきか、指南してくれました!
菅原代表取締役(日東物流提供)
第1回 ダース・ベイダーとルークのごとく、父と意見が分かれる
第2回 ラスボスの父は意図的に表舞台から退いた
第3回 ウサギ程度のストレス耐性しかない僕は、ウソをやめることにした
長時間労働“アタリマエ”という「意識」が、みんなのアタマを侵食していた
さて、お待たせしました。お待たせし過ぎたかも、しれません。
皆様お待ちかねの、「労働時間」のお話です。
構造的に複雑過ぎる物流業界の中でも最高難度を誇り、ちょっとやそっとじゃ解けない、この問題。
“働き方改革”を着々と進める他業界のオフィスワーカーよろしく、「定時になったので帰りま~す、うふ♪」なんて業務特性上難しいし、ただでさえ293時間の遵守もおぼつかないのに、2024年4月から残業を80時間以内に抑えろだなんて、もはや無理ゲーと、あちらこちらで阿鼻叫喚が聞こえてきそうです。
が、しかし!
私ども日東物流は、たとえ繁忙期であろうと1カ月の拘束時間を最上限の293時間に設定しており、既に従業員全員がクリアしています(エッヘン)。そして現在は、24年までに月間残業80時間をクリアするため、当社独自のターゲットとして拘束時間の最上限を270時間に下げており、こちらも約8割のドライバーが既に達成しています(エッヘン)。
と、まぁ聞こえの良い話をしてしまいましたが、ここまでの道のりは本当に大変で、艱難辛苦、紆余曲折、試行錯誤、曲折浮沈、右往左往、七転八倒、二転三転…がありました。
というのも、この辺りの事情は前回にもお話ししましたが、全てが時効になるくらい遠い昔の当社には、400時間台のドライバーがいたりするなど、長時間労働が常態化し、そういった事がバレないようウソで隠蔽するような習慣が根付いていました。それだけでなく、業界の悪慣習への適応や、業務に対する責任感、さらには、最も大きな問題である、荷主とのイビツなパワーバランスで設定された低運賃に対し、お金を稼いで生活を安定させ、家族を守りたいという強い想いが作り出した、長時間労働が”アタリマエ”という「意識」が、みんなのアタマを侵食していたのです。
人間は「意識」によって行動する生き物です。そして行動によって、“アタリマエ”という名の習慣が規定されてしまいます。つまり、働き方という習慣を変えるためには、行動を変えなければならず、行動を変えるためには、「意識」を変える必要があります。経営者も、管理者も、ドライバーも、働くみんなが「意識」を変えないと、労働時間の短縮は実現できないのです。
「意識」を変える取組み① ――― 「正しく“恐怖”を感じる」
ウソをつくのは簡単です。でも、バレた時のことを考えてハラハラしながら過ごしたり、小さなウソが社会問題に発展して指弾されたり、人の幸せを壊したりして取り返しのつかないことになったら… 仕事をしていると、こういった悪いイメージが頭をよぎりますが、それを無視せず受け止め、ちゃんと“恐怖”し、ウソを徹底的にやめるといった、“恐怖”の芽を摘む努力をしました。もともとウソや隠し事が嫌いな上に、ウサギやマンボウくらいのストレス耐性しかない僕にとって、その芽を1つでも多く摘むことが、ストレスなく仕事をするために必要だったのです。
「意識」を変える取組み② ――― 「“出来た!”を感じさせる」
業界の悪慣習に縛られた行動の長期的反復によって形成された習慣は、一朝一夕で変わるものではありません。「みんな、明日から293時間遵守ね、しくよろ~♪」なんて急に言っても、出来るハズないんです。なので、初めから大きな成果を期待せず、小さな目標を定めて、 “出来た!”って成功体験をみんなと共有し、少しずつ積み上げていくようにしました。
当社の場合、最初の目標は「350時間以上にならないように頑張ろう!」といったものでした。そして、2年かけて350時間に収まってきたら320時間に、それが達成出来たら310時間、300時間とスモールステップを続け、10年かけてようやく293時間にたどり着きました。
この10年という期間は、長過ぎるように聞こえるかもしれませんが、固着してしまった集団の「意識」を変えるのは、それほどまでに難しいということだと思います。
千葉県トラック協会の広報活動に協力し、4月7日から「Gマーク」のデザインを施したラッピングトラックの走行を開始。運送業界のネガティブなイメージを変えようと奔走する(日東物流提供)
先日、あるベテランドライバーさんと話をしていて、みんなの「意識」の変化を改めて感じる機会がありました。
僕)「ねぇ、〇〇さん、最近仕事が長くなる時って、あるの?」
ド)「いやぁ、ありますよねぇ~、やっぱり」
僕)「(ドキ―――ッ)た、た、た、たまにって、ど、ど、ど、どれくらいの拘束時間??」
ド)「う~ん、週1ですけど、12時間くらいの時が、ありますかねぇ~」
僕)「(ホッ!!!)12時間が、長いって思えるくらいになったってことだね」
ド)「ですねぇ~、昔とは全く変わりましたよ。働きやすくなりました」
当社の行動指針「ニットーイズム」には、“常に変化、常に進化”という言葉があります。
めまぐるしく社会が変わる中、現状に立ち止まることは、退化と同じです。だから、どんな変化が起きても、その変化に合わせて、ゆっくりでも、真面目に、確実に前に進むことが、進化につながるのです。
労働時間の適正化に取り組み始めた当初は、293時間の遵守なんて、僕自身も出来るかどうか半信半疑でしたが、今ではみんなが労働時間の遵守を“アタリマエ”と思っています。
2024年まで、あと2年。今から頑張っても、間に合わないよって会社も、たくさんあると思います。
でも、2024年には間に合わなくとも、1年でも、1月でも、1日でも早く達成するため、少しずつでも労働時間を短くするよう、ゆっくりでも、着実に動いてみませんか?
今日より早いスタートラインは、ありませんよ。(第5回に続く)
日東物流twitter:@nittobutsuryu
大学卒業後、大手運送会社などを経て2008年、日東物流に入社。17年9月、創業者の父親の跡を継いで代表取締役に就任。事業強化のみならずコンプライアンスの徹底や健康経営の実践に注力、2021年には千葉県の物流企業として初めて、経済産業省の認定する「健康経営優良法人(ブライト500)」に選出された。事業においても経常利益率、内部留保をともに300%近く増加させるなど経営改革を進め、物流業界で注目を集めている。
健康経営の実現などが評価され、転職情報サイト「リクナビNEXT」が2022年に主催した「第8回 GOOD ACTIONアワード」(プレスリリースはコチラ)に千葉県の物流会社として初めて入賞を果たす。菅原氏は「同じ志を持つ同業他社とつながり、手を取り合い、事業会社レベルから物流業界を変えていきたい」とコメント(日東物流提供)