「社会実装に向けた具体的アクションを取るタイミングに入ってきた」
ヤマトホールディングス(HD)傘下のシンクタンク、ヤマトグループ総合研究所は3月18日、世界を大きく変えたインターネットの形を物流の世界で再現し、業務効率化や省人化などを図る考え方「フィジカルインターネット」を解説するシンポジウムをオンラインで開催した。
ビデオメッセージを寄せた海外の有識者は、欧米でマテハン設備のサイズ統一などの取り組みが進んでいることを紹介。日本でも国土交通、経済産業の両省が事務局を務めた官民の協議会で実現に向けたロードマップ(行程表)を含む報告書がまとめられたことを受け、関係者の取り組みが加速することに強い期待が示された。
登壇者らによるパネルディスカッションでは、通い箱やかご台車の統一化といった具体的な提案も出るなど、ロードマップに沿って業界・業種の垣根を越えた調整を図るよう機運を盛り上げていくことが重要との認識で一致した。ヤマトグループ総研の木川眞理事長は「社会実装に向けた具体的アクションを取るタイミングに入ってきた」と語り、関係者に一層の取り組みを要望した。
前編に続き、出席者の発言内容の概要を報告する。
(出席者の写真はいずれもヤマトグループ総研提供)
パネルディスカッションの模様
「相手までの最適な道のりを判断、決定するルーティングが中核を占める」
シンポジウムは海外からのゲストとして、米ジョージア工科大学のブノア・モントルイユ教授と、パリ国立高等鉱山大学のエリック・バロー氏のビデオメッセージを放映した。
モントルイユ氏は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な感染拡大)発生に伴い、北米を中心に世界中の港でコンテナ輸送が混雑し、輸送料金が劇的に上昇して国際貿易に影響を及ぼしていることや、eコマースの利用が大きく伸びていることを受け、事業者が物流面で対応を迫られている点に言及。
パンデミックでマスクや手袋、検査キット、ワクチンなどの物流も効率性や確実に届くかどうかの信頼性といった面で多くの課題を抱えていると指摘した。
また、半導体や電子機器についても、自動車産業向けの半導体不足に伴う操業停止などの問題が発生していると説明。「今回のパンデミックのような巨大な危機は非常に悪い側面がある半面、変革や改善に向けて多くの機会も現れる」との見解を示し、フィジカルインターネットの手法を用いることで問題へ的確に対処、解決するとともに、問題を契機に躍進することも可能と強調した。
北米地域ではECを手掛ける事業者や物流事業者が、業務プロセスの修正などでフィジカルインターネットを戦略的に使おうとしており、研究も進んでいると解説。「考え方や組織化のやり方を変えることができて、初めてフィジカルインターネットを戦略的に試し、良い取り組みの意義を見出すことができる」と語った。
日本に対し、フィジカルインターネット実現の機運が高まり始めていることを歓迎。かつて製造現場を変革していったトヨタ生産方式(TPS)のように、普及していくこともあり得ると期待を示し、「日本は素晴らしいプレーヤーになれる。実現に向けて政府と業界が本腰を入れ、対話を始めたことは非常に重要だ」とエールを贈った。同時に、実現に向けたロードマップが広く理解されるよう繰り返し世間に訴えていくことが重要とアドバイスした。
モントルイユ氏
バロー氏は欧州でのフィジカルインターネットの取り組みを説明。通い箱の容器サイズ標準化を促進したり、サプライチェーンに関する様々な国際規格を設計・策定する国際機関GS1が使っている、国内外の企業間取引で組織や場所を識別できる統一のコード「GLN」を活用したりして、円滑な物流を実現しようとしている事例を取り上げた。
バロー氏は「GLNはインターネットにおけるアドレスのようなものであり、グローバル規模でロケーションを特定できるコードを持つのは極めて重要」とGLN活用の意義を分析。今後もGLNを生かす手法の改善が図られていくことに強い期待を示した。
また、実在する都市を仮想空間で再現する「デジタルツイン」を使い、配達時に混雑した駐車場を避け、車両を止める場所を適正に管理できるようにする実験が進められているケースを引用。多様な関係者がデジタルツインに参加することで、都市の状態をリアルタイムで確認、配送経路の最適化が可能になるとの見通しを示した。
さらに、フランスの通信会社と連携し、基地局などを使ってトラックに搭載したSIMカードとの通信から各車両の現在地を推定するプロジェクトにも触れ、フランス国内を走る全ての車両の動態を把握できる可能性もあると説明。同時に、車両位置などのデータのプライバシー保護に関するルールを完全に尊重することも求められると語った。
バロー氏は「通信相手までの最適な道のりを判断、決定するルーティングがフィジカルインターネットの中核を占めている」と語り、グローバルでルーティングを実現するために物流機器や輸送方法などの標準化を進めることが重要とアピール。「脱炭素やより持続可能な世界へ移行していくことは、われわれ全員にとって必須の歩みだ」と締めくくった。
バロー氏
人材輩出できるよう教育の底上げを
最後に、先に登壇した上智大学の荒木勉名誉教授をモデレーターとして、「フィジカルインターネットの実現に向けて」をテーマとするパネルディスカッションを実施。基調講演を行った国土交通省の髙田公生物流政策課長、経済産業省の中野剛志物流企画室長と、野村総合研究所から藤野直明主席研究員(ヤマトグループ総合研究所客員研究員を兼務)、水谷禎志上級コンサルタント(同)の計4人が参加した。
荒木氏
髙田氏は「サプライチェーン全体を捉えていくとなると、メーカーから販売、消費者の行動までに至り、目に見える物流だけに限らない。フィジカルインターネットを導入する上でもサプライチェーンをそのように総体として捉えていく必要がある。私自身、そのように物流を考えていきたい」と説明。
パレットの標準化については「物流にとって非常に重要な道具であり資産だとの認識の下、大切なものをどうしていくか、サイズだけでなくどのように使い、循環させていくかについても検討しないといけない」と述べた。併せて、業界を超えた共同物流の広がりについて期待をのぞかせた。
髙田氏
中野氏は「荒木先生が講演で、一般に物流と言うと販売の部分だが、実際には調達の物流のところがウエイトは大きいとおっしゃったところがまさに重要だと考えている。私自身、物流の現状がまずいと感じたのは経産省の製造産業局で製造業の変革を考えている時だった。マスカスタマイゼーション(大量生産の枠組みを維持しつつ個々の顧客ニーズに対応した製品・サービスを提供する手法)を実現するとなると調達物流にとんでもない負荷がかかるのではないかと気づいた」と回顧。
標準化に関し「日本は非常に小売店舗数も多く、非常に難しい。業界を超えた協議会で、行政の手法も駆使しながら決めていくしかないのではないか」との見方を示し、関係者の議論加速に期待を見せた。
中野氏
藤野氏はフィジカルインターネットで重要な要素を占める標準化に関し「通い箱とかご車を標準化する方が(パレットなどより)早いと個人的には思っている。マテハン(物流機器)の効率化にとって非常に大きなインパクトがある」などと持論を展開。
「日本は経営工学の領域を非常に軽視してきた」とも指摘し、フィジカルインターネットを担える人材を輩出するための教育の底上げも重要と訴えた。
藤野氏
水谷氏は標準化について「容器をどれか1つに決めるのは非常に難しい。ドイツの通い箱統一のプロジェクトの進捗を見ながら日本でも適正な大きさなどを検討していくことが必要だろう」と指摘した。共同物流については「同業種間は商品の需要期のパターンが同じなのでなかなか(パートナーを)見つけにくい。急がずゆっくり運んでも問題がない商品同士をうまく組み合わせられれば、共同物流に広がりがでてくるのではないか」と提案した。
また、「調整交渉のプレーヤーとして日本独特の商社や卸売業が存在しているということは、フィジカルインターネットにおいて、他の国より一日の長があるのではないか」との持論も披露した。
水谷氏
最後に、ヤマトグループ総研の木川眞理事長が閉会の挨拶を行い、「まさに物流がパラダイムシフトの入口に立っているように感じる。フィジカルインターネットの考え方を実現するのは一朝一夕ではいかず、息の長い取り組みをまさに国を挙げて行う必要がある。われわれが啓蒙の旗振り役をやろうと努めてきたが、もはや啓蒙から次のフェーズに移行し、社会実装に向けた具体的アクションを取るタイミングに入ってきた。ステージが1つ上がった。サプライチェーン全体を通じてそれぞれの関係者の意識を変えていくことが必要になる。今こそ物流は新たな価値を生み出す手段に進化できる」と聴衆に語り掛けた。
木川氏
(藤原秀行)