第22回:トランプが帰ってくる、その時米国の経済・貿易政策は?
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ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している
1期目よりも大胆になれる素地が整う
11月5日の米大統領選挙で共和党候補のドナルド・トランプ氏が勝利を確実にした。事前の世論調査結果では民主党候補のカマラ・ハリス副大統領と常に支持率が拮抗していたため、稀に見る大接戦との見方が多かったが、ふたを開けてみればトランプ氏の圧勝だった。特に、選挙の行方を大きく左右するペンシルベニアやウィスコンシン、ジョージアなど激戦7州で圧倒的な強さを見せたことが決定打になった。
2025年1月20日の就任式を経て、トランプ氏が再びホワイトハウスの主となる。最大の注目点の1つが、今後の米国の経済・貿易政策はどうなっていくのかということだろう。
まず、認識しなければならない事実関係を押さえておこう。そこから、第2次トランプ政権の経済・貿易政策の行方は相当程度読めてくる。
今回の選挙戦で、トランプ氏は共和党候補として、2004年のブッシュ氏(息子)以来、20年ぶりに総得票数で民主党候補を上回った。同時に行われた連邦議会選挙も、上院は共和党が過半数を確保し、下院も日本時間の11月7日夜現在、共和党が過半数を制する勢いを見せている。大統領と連邦議会の上下両院の多数を共和党が押さえる「トリプルレッド」の可能性が高くなっている。
そうなれば、トランプ氏は議会の抵抗を気にすることなく政権運営を思うままにできる。また、トランプ政権1期目には閣僚などに暴走するトランプ氏のブレーキ役が複数存在したが、そういった人物は次々にトランプ政権を離れた。第2次政権でトランプ氏は自らに忠誠的なイエスマンで周囲を固めることが予想される。
さらに、米大統領の任期は憲法で2期8年と定められており、今回は当然ながら再選できなくなるリスクを気にする必要はない。1期目以上に自分のやりたいように大胆に政策を展開できる素地が整う。
以上のような状況を考慮すれば、米国の経済・貿易政策における対外姿勢は自ずと見えてくる。トランプ氏は選挙期間中から中国製品に対する関税を一律60%に引き上げる、諸外国からの輸入品にも10~20%の関税を課すと豪語してきた。実際に政権運営が始まらないとどうなるか分からない部分もあるが、少なくともトランプ氏がディールの材料として、関税を切り札にしていく可能性が極めて大きいことは念頭に入れておくべきだろう。
連邦議会の上下両院の多数派も共和党が占める「トリプルレッド」になる可能性が高まっている
政権1期目の際、トランプ氏は米国の対中貿易赤字を打開する手段として、2018年から4回にわたって合計3700億ドル(約55兆5000億円)相当の中国製品に最大25%の関税を課す制裁措置を発動した。国内の製造業などを保護する姿勢を常に示しているトランプ氏の言動がこれまでに全くぶれていないことを考慮すれば、第2次政権でも制裁に積極的なスタンスが継承されていくことは間違いないだろう。
バイデン政権も中国に対する貿易規制措置を断続的に発動してきたが、その間に先端半導体をめぐる米中両国の覇権競争がエスカレートし、中国によるEV(電気自動車)や鉄鋼などの過剰生産問題に欧米諸国の危機感が広がるなど、世界の経済・貿易をめぐる情勢は大きく変化している。今後のポイントになるのは、トランプ氏がバイデン政権下で発動された対中貿易規制に対してどのような姿勢を示すのかだ。
トランプ氏は選挙戦で、自身の強力な支持基盤の労働者階級を最重視するスタンスを維持し続けてきた。1期目以上に、如実に「アメリカファースト」重視を示しており、政策は全般的に内向きの傾向を強めると予想される。
そのことから考えれば、トランプ氏は大統領就任後、単に規制を継続するだけでなく、さらに付加価値を付ける形でより踏み込んだ対中貿易規制を導入していく可能性がある。また、バイデン政権の延長ではないトランプ政権独自の新しい規制も検討するだろう。労働者階級の支持者らに、非常に受けが良いからだ。
一方、日本に対する姿勢はどうなるだろうか。総じて見れば、トランプ政権が中国のように相当厳しい姿勢で臨んでくることはないだろう。しかし、個別の話に目を移すと、トランプ氏は日本製鉄によるUSスチールの買収を阻止する構えを崩しておらず、日本に対しても経済・貿易上、何かしらの要求をしてくることが考えられる。
ハリス氏とトランプ氏の大きな違いは、行動が予想しやすいかどうかである。ハリス氏の政策はバイデン政権を継承するもので想像が付きやすいが、トランプ氏は1期目と同じく、いやそれ以上に、今後何をしてくるか予測しにくい。
ただ、前述の通り、「アメリカファースト」の姿勢を強烈に出してくるところだけは確実だ。2期目のトランプ氏の周辺には、彼の意向をくみ取って動ける人材は多数いても、暴走しようとする時に待ったをかけられる有力な存在が今のところ見当たらない。日本企業はトランプ氏の行動の不確実性が1期目よりも高まることを念頭に置き、2025年からの4年間を過ごすことを覚悟しなければならない。
(了)