第23回:「トランプ再来」が日中の経済・貿易関係を変える可能性
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ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している
中国が日本に歩み寄る本音
11月5日に行われた米国大統領選挙の結果、トランプ氏が7つの激戦州を全て押さえるなど、ハリス氏に大差を付けて圧勝、8年ぶりに返り咲くことが決まった。同時に行われた連邦議会選挙でも、共和党が上院と下院で多数派を占め、党のシンボルカラーから「トリプルレッド」と呼ばれる状態を達成した。前回の連載でも指摘した通り、トランプ次期大統領は極めて政権運営がやりやすい状況になったと言えよう。
トランプ政権が正式に発足する2025年1月を前に、カナダのトルドー首相が、トランプ氏が米フロリダ州に所有している別荘兼プライベートクラブ「マール・ア・ラーゴ」を訪問し、夕食をともにしながら建設的な関係構築に努めるなど、既に各国の間でトランプ氏を強く意識した外交がスタートしている。
これまでの言動から、トランプ外交の最大の焦点が対中国であることは容易に予想できる。世界がトランプの一挙手一投足に熱い視線を送る中、トランプ次期政権は中国にどう対応していくのだろうか。
政権発足に備え、トランプ次期大統領は対中強硬派を相次いで要職に起用する方針を打ち出している。例えば、外交を司る国務長官には対中強硬派のマルコ・ルビオ上院議員を充てる考えを表明したが、ルビオ氏は中国・新疆ウイグル自治区の人権問題を重視し、台湾防衛を積極的に支援する姿勢を示している。安全保障担当の大統領補佐官として発表したマイク・ウォルツ下院議員も中国海軍の軍備増強に対抗するため、米海軍の艦船や装備の増強を訴えている。政権人事から、第2次トランプ政権が中国に対して厳しい姿勢を取ることに疑いの余地はなかろう。
もちろん、中国もトランプ次期政権の強硬姿勢は先刻承知のはずだ。トランプ氏は政権1期目の際、米国の対中貿易赤字を是正する目的で中国製品に対する関税を最大25%に引き上げる関税制裁を次々に発動。一方、中国も報復関税を立ち上げて応戦し、両国間の貿易摩擦が激化していったことはいまだ記憶に新しい。そうした経験から、2025年以降、米中間で再び貿易摩擦が拡大する可能性が非常に高いが、トランプ政権1期目の時と比べ、中国は冷静な対応に努めることが予想される。
中国の習近平国家主席は今年11月、ブラジルで開催されたG20(主要20カ国)首脳会議で、中国は多国間主義と国連を中心とする国際システムの重要性を共有し、貿易保護主義に反対する姿勢をアピールするとともに、開かれた世界経済を構築する必要があると明言した。これは保護主義的な姿勢を強めるトランプ氏を意識した発言と考えられ、中国としては米国の保護主義と孤立主義を強調し、自由貿易やグローバル経済に対する脅威になり得ると盛んに訴えることで、欧州と日本などを米国からデカップリング(分離)させたいとの思惑がある。トランプ氏の保護主義的な姿勢には、中国だけでなく欧州や日本なども懸念を示しているからだ。
一方、中国経済は以前の勢いを失い、不動産バブルの崩壊や高い失業率などの課題が次々に顕在化。習近平政権は経済的難題に直面している。その状況でトランプ氏の関税引き上げ攻勢に直面すれば経済がより深刻な事態に陥り、社会不安が高まって自らの政権の安定性に響いてくる可能性もあるだけに、中国としては隣国日本との経済、貿易関係をこれ以上停滞させたくないという本音がある。日本もトランプ氏に引きずられる形で、より“嫌中”にかじを切れば、経済にとってのリスクがさらに増しかねない。
11月30日、中国はおよそ4年半ぶりに日本人向けの短期滞在ビザの免除措置を再開させた。その背景には25年1月にトランプ政権が再来するという逆風が吹き荒れ始めるのを前に、1つでも負の要素を解消しておきたいとの思惑が透けて見える。
今後、日中の経済や貿易関係がどうなっていくかは展望しづらい部分が多いものの、トランプ政権の予想される動きを踏まえれば、中国の対日姿勢は戦略的に、これまでよりもソフトなものに軌道修正させていく可能性があろう。それは日本にとっても、大きなチャンスになり得るだけに、好機を決して逃してはならない。2025年を迎えるに当たって、全ての日本人が考えるべきテーマだろう。
(了)