第35回:高市政権下における台湾有事と企業のリスク管理・予測から「前提」へ転換すべし
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ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。
起きてからでは遅過ぎる
2025年10月に高市早苗政権が発足したが、その直後の11月、「台湾有事は日本の存立危機事態になり得る」と発言したことで、中国指導部の激しい反発を招き、日中関係は大きく揺れている。外交ルートにおける対話の停滞のみならず、経済的な威圧措置の強化も懸念される中、ビジネス界には重苦しい空気が漂っているのが現状だ。
連日のようにメディアやシンクタンク、学識経験者から台湾有事発生の可能性や時期に関する多種多様な見解が発信され、数年以内の武力侵攻の可能性を強く警告する専門家もいれば、中国国内の経済事情や軍事的合理性を根拠に、全面戦争への発展には懐疑的な見方を示す専門家もいる。
しかし、企業経営者は「起きるか、起きないか」という確率論の議論に過度に意識を奪われてはならない。なぜなら、経営における危機管理の本質は、未来を正確に予測することではなく、最悪の事態に対処し生き残るための準備を整えることにあるからだ。
仮に台湾有事が現実のものとなれば、その衝撃は直ちに企業にも波及する。開戦のその瞬間から、あるいは予兆となる海上封鎖が始まった直後から、企業活動は甚大な被害を受けるのが避けられない。台湾のみならず、中国本土でも駐在員や出張者の生命・身体の安全が脅かされることも否定はできない。
また、物理的な戦闘ではなくても、シーレーン(海上交通路)の封鎖や経済制裁の応酬によって、サプライチェーンは瞬時に寸断され、部品の調達難や製品の出荷停止といった事態が連鎖的に発生するだろう。有事が発生してから対策本部を立ち上げ、社員の安否確認や退避ルートの検索を始めたのでは、あまりにも遅過ぎるのである。
従って、今、企業経営にとって真に重要かつ緊急を要するのは、台湾有事を「発生する可能性のあるリスク」としてだけではなく、「発生する」という前提に置き換え、具体的な危機管理対策を構築・強化することである。無論、日々の国際情勢や軍事動向に関する情報を収集し、情勢判断を行うインテリジェンス機能の強化は重要ではある。しかし、それはあくまで状況の変化を察知するためのものであり、対策を先送りするための材料にしてはならない。

今年10月の施政方針演説で高市首相は「日中首脳同士で率直に対話を重ね、『戦略的互恵関係』を包括的に推進していきます」と宣言した。今後の日中関係にどう対応するのか(首相官邸ホームページより引用)
企業は「有事発生」を前提としたシナリオプランニングに基づき、平時のうちに被害を最小化するための構造改革に着手すべきである。具体的には、危機発生時の意思決定フローの確立や、通信手段の二重化・三重化といった基本的なBCP(事業継続計画)の策定にとどまらない。より踏み込んだ対策として、台湾や中国への駐在員の数を、業務遂行に必要な最小限の人数まで平時のうちに絞り込んでおくといった、人事配置の見直しも有効な選択肢となり得る。また、特定の国や地域に依存しないサプライチェーンの多元化を加速させ、有事の際にも代替調達が可能な体制を整えておくことも重要となろう。
高市政権は、今後中国との間でこれ以上亀裂が深まらないように、言動を配慮する姿勢に徹することが予想される。しかし、今日の国際関係においては、日本が米国と安全保障協力を深化させ続けることによっても、日中関係は冷え込む構造にある。企業にとって、常に最悪のケースを前提とした危機管理対策の強化が極めて重要な今日なのである。
(了)









