官民ファンドINCJ・鑓水マネージングディレクター独占インタビュー(前編)
官民ファンドのINCJ(旧産業革新機構)でベンチャー・グロース投資グループのマネージングディレクターを務める鑓水英樹氏はこのほど、ロジビズ・オンラインの単独インタビューに応じた。
産業革新機構時代も含め、これまでに物流と関わりのあるさまざまなスタートアップ企業に投資してきた経緯を説明。「物流は非常に大きな投資ターゲットでありセクター」と語り、INCJが目標に掲げる「オープンイノベーションを通じた次世代産業の育成による国富の増大」につながる分野として重視している姿勢を強調した。
今年8月に他のベンチャーキャピタルなどと共同で投資したGROUNDについても「次世代の物流のステージを作り上げられる企業」と高く評価、サポートを続けていく姿勢を強調した。主なやり取りを2回に分けて紹介する。
物流はサプライチェーン統合した「第4のイノベーション」に
―まず御社の概要を教えてください。
「当社は産業競争力強化法に基づき設立された産業革新機構から2018年に新設分割して発足しました。『オープンイノベーションを通じた次世代産業の育成による国富の増大』というミッションを掲げ、その実現のために先進的な基礎技術を開発しているスタートアップ企業などに投資してきました。現在は既に投資した先への追加投資や(事業の進捗に応じて段階的に実施する)マイルストーン投資などのバリューアップ活動、さらに(投資資金回収の)エグジットに向けた活動などを主要業務に据えています。投資決定件数は今年8月末時点で、産業革新機構時代からの累計で142件に達しています」
―今年8月、御社が物流業務効率化の新技術開発に取り組むスタートアップ企業のGROUNDに、他のベンチャーキャピタルなどと連携して総額17・1億円を出資されたことを発表しました。同社は投資先の候補として以前から注目していましたか。
「かねて注目していました。ベンチャー企業は物流に限らず、事業を興した初期の段階でエンジェルファンドなどから資金を調達した後、戦略的に他の事業会社と組み、IPO(株式上場)などの段階に進んでいくという流れが一般的です。しかし、GROUNDさんは最初に事業会社からの出資をしっかりと受け入れ、自分たちで事業を回してこられた上で、より成長していくための資金調達ということで当社に初めてお話が来ました。われわれのような金融関係者の間では存在感のあるベンチャーということで結構有名でした」
―GROUNDが目指している方向は物流業界を革新できるとみていますか。
「そう思いますね。私自身、投資家の立場から物流業界を長く見させていただいてきましたが、次世代の物流のステージを作り上げられる企業だと思います。私自身もGROUNDの社外取締役に就任しましたので、しっかりと経営にコミットしていきたいと考えています」
―INCJとしては掲げているミッションに従い、物流業界を有望視されてきたのでしょうか。
「長い歴史を振り返ると、物流に関してはこれまでに3回、劇的な革新、イノベーションが起こっていると考えています。あくまで私の個人的な見立てではありますが、物流のサプライチェーンは大別すれば輸送と荷役に分かれます。第1のイノベーションは“非人間化”ですね。つまり馬や牛、帆船、運搬具といったような、人力以外のものを使って作業を行う手段が確立された。第2のイノベーションは近代の19世紀以降になって機械化が起こりました。鉄道や蒸気船、トラックといったものです。そして第3のイノベーションは20世紀以降の情報化です。WMS(倉庫管理システム)やTMS(輸送管理システム)といった最適化システムですね。この3つのイノベーションはサプライチェーンごとに起こってきました」
「今まさに、その次の段階となる、サプライチェーンを統合した第4のイノベーションが本格的に起ころうとしています。すなわち、ロボットやAI(人工知能)を活用した最適化と、サプライチェーンを横断した自動化です。AIやロボットが人間の行っている作業をそのまま代替していくことで究極の行きつくところは無人化です。GROUNDさんはその第4のイノベーションの一翼を担える、イノベーションを起こすカタリスト(触媒)となれる存在だと確信し、支援を決定しました」
―物流業界の進化についてかなり注目されているということですね。
「おっしゃる通りです。これまで産業革新機構時代を含めて、当社が手掛けてきた投資のポートフォリオでも物流に関係のある複数の企業を支援させていただきました。例えば、2015年にはマッスルスーツの開発を手掛けるイノフィスへの支援を決めました。まだ現場への導入が進んでいなかったロボット分野の活性化を後押ししたいとの狙いがありました」
「16年には産業用ロボットの開発を手掛けるKyoto Roboticsに投資しました。ばら積み加工対象物のピッキング作業を自動化することで、工場生産現場における労働力不足の解決、製造業全体の生産性向上に貢献できると判断しました。ピッキング作業は依然機械化を進める上でボトルネックとなっていたため、もう一段のイノベーションを促したいとの思いがありました」
「他にも、AIで産業の自動化・効率化を目指しているABEJAに16年と18年の2回にわたって出資しました。同社は日立物流と組み、運転中の“ヒヤリ・ハット”状態の検出を行うAIを共同開発するなど、先進的なソリューションを手掛けています。AIということでは、応答精度の高いAI対話システムを開発したNextremerにも17年に投資しました」
「同じく17年には自動走行に必要となる3次元高精度地図データの整備・提供を展開しているダイナミックマップ基盤への投資を決めています。こうした一連の事例からもお分かりいただけると思いますが、当社としては先ほどお話したような、物流における第4のイノベーションを加速させていきたいと強く思い、有望な企業に投資を重ねてきました」
今年8月の記者会見で、出資した企業担当者らと記念撮影に応じるGROUND・宮田氏(左から3人目)、INCJ・鑓水氏(右から2人目)ら。宮田氏の右隣はGROUNDの顧問を務める出井伸之元ソニー社長。中央はGROUNDの開発する自律型協働ロボット※クリックで拡大
リスクマネー供給の橋渡し役に
―GROUNDにはどういったことを望んでいますか。
「長年ベンチャー投資をやらせていただいていますが、イノベーションのシーズ(研究開発や新規事業創出に不可欠な技術や能力、人材、設備など)は国や地域、企業規模の大小にかかわらず出てきます。海外のどこかで、あれっというようなイノベーションが出てきて、それが世界にわっと広がっていくケースが実は多い。そういう意味からすれば、イノベーションを仕掛けていく上では規模の大小は関係ないと思っています」
「これは私の仮説ですが、GROUNDさんの強みは3つの要素を持っていることにあると受け止めています。まず、物流現場のオペレーションをよく理解されている方が集まっていることです。2つ目はロボティクスを非常によく理解されているプロフェッショナルの人材が在籍されている。そして3つ目はAIを理解されている方が多く集結されていることが挙げられます」
「先ほど申し上げたように、イノベーションのシーズは世界のどこから出てくるかはなかなか予想が付きません。それだけに、海外ビジネスを経験するとともに、海外の人材をマネジメントできることが強みになります。GROUNDは3つの要素にプラスアルファして、そうした特徴も持ち合わせている。社員がまだ数十人規模のところにそうした要素がぎゅっと集まっている。これはとても大きなポイントだと思いますね。なかなかこうしたベンチャー企業にはお目に掛かれません」
「加えて、創業者で代表取締役の宮田(啓友)さんは銀行のご出身でファイナンスのことをよくご存じですし、外資系コンサルティング会社からアスクル、楽天と移り物流の責任者を務められ、海外のビジネスに携わり、買収も何件か経験されています。3つの要素とプラスアルファをまさにトップ自らが体現されている。グローバル規模で他のスタートアップ企業などとネットワークも構築しています。大変ユニークな存在ですね」
―今回GROUNDに投資したのは、御社がリードインベスター(主導的な投資主)となり、さまざまなベンチャーキャピタルなどが参加した形となりました。こうした形で物流関連企業に投資できたのは今後につながりそうですか。
「非常に大きな意味があると思いますね。例えば宇宙やライフケア、アグリといった領域は、民間企業だけではなかなかリスクマネーを提供しきれないのが実情です。場合によっては政策の支援とか、もしくは投資家の橋渡し役として機能する存在がどうしても必要になってきます。そうしたケースでは(官民ファンドという)われわれの持つ特殊な立ち位置、ポジショニングが十分貢献できると思っていますし、物流は当社の役割を十分に発揮できる非常に大きな投資ターゲット、セクターだと認識しています。GROUNDさんに加えて、これまで投資させていただいた各企業も引き続きサポートしていきたいですね」
(藤原秀行)