「運賃だけ上がりドライバーの賃金は上がらない状況を生み出さない」

「運賃だけ上がりドライバーの賃金は上がらない状況を生み出さない」

トラック標準告示案の公聴会発言要旨

国土交通相の諮問機関「運輸審議会」は4月2日、東京都内で、2018年に成立した改正貨物自動車運送事業法が打ち出している「トラックの標準的運賃の告示制度」で国土交通省が策定した運賃案に関し、関係者から意見を聞く公聴会を開催した。国交省担当者や全日本トラック協会幹部らの発言内容の概要を紹介する。


公聴会の会場

トラック標準運賃、大型連休前後にも正式に告示へ(公聴会本記)

適正な対価を収受できる環境に

【冒頭陳述】
国交省・伊地知英己貨物課長
●貨物自動車運送事業法改正の経緯と概要

「トラック運送業界は昨年12月の有効求人倍率が約3・04倍。全職業平均1・53倍に比べて約2倍の高さ。深刻なドライバー不足という状況にある。そしてその状況を一層深刻化させているのが、労働環境。他の産業と比べても非常に長時間で低賃金といった状況が続いている。他産業に比べてもだいたい2割長い労働時間で、2割低い賃金となっている」

「非常に深刻な人手不足が続いている中、さらに加えて、先般、いわゆる働き方改革法により4年後の令和6年度(2024年度)から年間960時間という時間外労働時間の上限規制が罰則付きで適用される。このままだと、本当に、運びたくても運べないというような物流の危機が招来する。従って、トラック運送業界における働き方改革をいかに実現していくか、そして物流を止めないようにどうしていくか、というようなことが喫緊の課題になっている」

「このような状況の中、18年12月に、ドライバー不足による物流の危機が発生しないよう、またトラック運送業自体がきちんと持続可能な、健全な発達を図ることができるよう規制の適正化を図るとともに、労働条件を改善することにより働き方改革を進めるとの観点から、議員立法という形で、改正貨物自動車運送事業法が成立、公布された」

「改正法は大きく4本の柱で構成される。1つ目は規制の適正化。2つ目は事業者が順守すべき事項の明確化。3つ目は荷主対策の深化。そして4つ目は標準運賃の告示制度。同制度導入の背景には、大半が中小企業ということで、どうしても荷主に対する交渉力が弱い。従って、残念ながら必要なコストに見合った対価を収受できない状況が続いているということなので、トラック運送事業者の方でも法令順守しつつ、持続的に事業を運営することができるよう、きちんと適正な対価を収受できる環境を整えることが重要だということで、この規定が盛り込まれたと認識している」

「改正法の中で、働き方改革法が4年後の令和6年(24年)4月から施行されることを踏まえ、告示制度はそれまでの時限措置という形になっている。改正法においては、告知に当たっては事前に運輸審議会に諮るということになっているので、2月26日付で諮問させていただき、本日公聴会を開催していただいた」

●標準運賃告示案の概要

「法律においては、ドライバーの労働条件を改善すること、それからトラック事業の健全な運営を確保するということ、そして担う物流機能の維持向上を図るということ、その目的を達成するために、事業の能率的な経営の下における適正な原価および適正な利潤を基準として定めるということになっている。これを定めるに当たり、事前に調査させていただいたところ、現在のトラック実勢運賃はまだ、全ての運賃が認可制だった1990年の段階で国が最終的に公示していた運賃、つまりタリフ(運賃表)をベースに決まっているケースが多いということではあるが、一方で人件費や車両の安全対策費といったものに投資できるだけの収入がどうしても得られていない低い運賃であるということが分かったというところだ」

「こうした状況を改善するべく、令和6年度(24年度)からの働き方改革法施行というところに合わせ、物流機能を維持できるよう、標準的な運賃を定めるに当たっては長時間労働、そして低賃金といった劣悪な労働環境を是正するということにして、全産業平均並みの労働時間を前提として、全産業の標準的な水準の賃金を得られるということを1つの目的として掲げている」

「標準的な運賃を答申いただいた後は、ただちに告示の手続きに入りたいと考えているが、告示の後でも具体的な運賃額の考え方や適用方法といったものを整理した上で、事業者あるいは荷主に対しても広く周知をさせていただき、実効性を確保していく」


公聴会の冒頭陳述に臨む伊地知課長(左)と公述の機会を待つ馬渡副会長

車両費は5年で償却の前提

【公述人による公述】
全日本トラック協会・馬渡雅敏副会長
●意見表明

「トラック運送業界としては、国土交通省の考え方に全面的に賛成している。ぜひこの考え方に沿って算定され、公表されている運賃案を正式に告示していただきたい」

「今後、正式に告示される標準的な運賃はトラック運送事業者が荷主と運賃交渉を行う際に大きな後押しとなる。告示の際には国交省自ら直接荷主企業に理解促進を図る活動をしていただきたい。また運送事業者にたいしては、その算定基準など荷主との交渉の際に活用できる分かりやすい説明資料を発表していただきたい」

「本制度は令和5年度(23年度)末までの時限措置であり、その時点でも一般の方よりはいまだ長い残業時間が残る。また、このコロナ騒動の中でもリスクを負って休まずに物資を運び続けているドライバーたちのためにも早急に告示されることを要望する」


公述する馬渡副会長

【質疑応答・回答は伊地知課長】
二村真理子非常勤委員(東京女子大教授)
「適正な原価」を計算した際の主要な費用項目と、「適正な利潤」の考え方について聞かせてほしい。

「適正な原価の中で、主要費用項目は、トラック運送事業においては人件費、車両費がだいたいコストの半分を占めるということで、この2つが主要な費用項目。まず人件費は、冒頭陳述でも申し上げた通り、全産業の平均値を採用している。トラックドライバーの賃金水準が長時間労働にもかかわらず、平均より2割ほど低い。この状態を改善しないとトラックドライバーの求人倍率の高い水準が下がらないので、法律の文書にもあるドライバーの労働条件改善を図っていく必要がある」

「車両費はもちろん価格そのものを1年で回収するわけにはいかないが、今回は償却年数を5年間と設定し、5年の運賃で償却、回収できるよう計算している。もともと、トラック運送事業の実態を考えると、新車購入に必要な融資を受ける場合の返済期間が5年であるとか、車両のリース期間もだいたい5年がメーンになっていたり、5年を超えるとどうしても修繕費かかったりするということもあった。加えて、国交省が設定している技術基準も5年単位で更新している。こういった安全性の高い車両への買い換え促進する、あるいはそういう買い替えができるような資金を調達していただくためにも、そういった観点から5年間と設定している」

「適正利潤は、いわゆる自己資本比率の考え方を導入している。他のバス、タクシーの自動車運送事業も同様の計算をさせていただいている。自己資本比率に対しての利潤率と計算している。もちろん運ぶものが乗客と貨物という違いはあるが、実際には車を使っていること、車以外の資産としては営業所といった建物がメーンということでは同じような事業形態と考えている。従って、バス、タクシーと同様の考え方に基づいた適正利益算定をしている」

和田貴志非常勤委員(元日本通運常勤監査役)
時間制運賃について。記載されている基礎額の8時間制と4時間制と分かれているが、基礎走行キロが90年の運賃料金表に記載されているキロ数より長くなっている理由は何か。

「設計に先立って行った実態調査で、90年当時と比べてトラックの平均時速が向上しているところが大きなポイント。実際には、もちろん車の性能もさることながら、道路の整備が進んだこともあり、また長距離になればなるほど高速道路を使うケースが多く、高速道路も整備されている。従って、全般的な設定速度が上がってきている。それを加味した結果、キロ数が増加している」

山田攝子非常勤委員(弁護士)
標準的運賃について、現時点で関係各業界はどのように受け止めているのか。

「業界に加えて、先ほど(の公述人の説明)はドライバーを雇用する使用者側の考え方だが、それに加えて労働組合からも非常に期待するというような内容のご意見をいただいている。荷主団体は事前にいろいろご説明の際、人手不足の現状を踏まえると一定のご理解をいただいていると認識している。もちろん告示を機に、物流コスト全般を単純に上げるのではなく、取引適正化とかシステム導入等、物流コストが全般的にはあまり上げない、下げる方向にできるような施策を取ることが1つきっかけとして進むのではないか、あるいは進めたいという言葉もいただいている」

効果出ているか調査しフォローアップ

牧満会長代理(元SMBCコンサルティング社長)
昨年の消費税率引き上げなどに加え、昨今の新型コロナウイルス感染拡大で経済環境が急激に悪化している こうした中では荷主との運賃交渉も一層難航が予想される。どのように標準運賃告示に実効性を確保するのか。

「まず告示できた際には、単に告示して終わりではなく、その内容について考え方や算定方法などを含めて、通達の形で広げて、まずは周知徹底したい。トラック運送業界側だけではなく、荷主側に対しても積極的にお示ししていく必要がある。また、実際に標準的な運賃が公示された結果、どのように実際の運賃が推移するのか、あるいはその結果賃金がどのように推移するかについても、フォローアップの調査はきちんと実施していきたい」

「経済環境が悪化している状況はあるが、一方で経済状況が悪化しているからといってトラックドライバーが泣き寝入りする状況はあってはならないと考えている。荷主が不当に低い運賃を示したとなると、もともと貨物運送事業法には荷主勧告制度があるし、今回の法改正で含まれた働き掛けもある。運賃を原因として法令違反につながるような荷主の指示があった場合、法律に基づいて荷主への勧告、あるいは働き掛けはきちんと行わせていただきたい。それ以外にも下請法や独禁法に引っかかる事案があれば、それぞれ所管する中小企業庁や公正取引委員会とも連携して話をしていきたい。両方の面を合わせて実効性を確保していきたい」

河野康子非常勤委員(日本消費者協会理事)
効果の確認方法について。収益が出たら本当にトラックドライバーに回り制度の恩恵を受けられる状況になるのか、どのように確認するのか。

「やはり標準的な運賃告示が成された後、どう変化していったかは運賃、賃金の両面でフォローアップが必要と考えている。具体的な調査方法は今後各方面と調整していきたいが、その2つにきちんとスポット当たるようにしたい。どれくらいのスパンでやるかということを含めてやっていきたい。本件は令和5年度(23年度)末までの時限措置なので、あまり悠長なことはできない。そこは早急に固めていきたい」


公述を聞く委員

【最終陳述】
伊地知課長

「繰り返しになるが、告示を出して終わりではなく、やはり今後実際の運賃、賃金がどのように変わっていったのかきちんとフォローアップで調査していきたい。法改正の目的が、ドライバー労働状況改善が第一なので、運賃上がっても賃金は上がらないという状況がないよう、調査をしつつ、問題が発生している事業者には適切に指導していきたい」

「もちろん、標準的運賃以外にもさまざまな労働条件改善、取引条件適正化といった施策をこれからもやっていかないといけないと思っている。そういった施策と合わせて、ドライバーの労働条件改善だけでなく、そもそもトラックの物流が持続可能となるような形にしていかなければならないと考えているので、引き続きさまざまな取り組みを進めていきたい」

(藤原秀行)

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