【独自取材】『トラックドライバーにも言わせて』著者・橋本愛喜氏インタビュー(中編)

【独自取材】『トラックドライバーにも言わせて』著者・橋本愛喜氏インタビュー(中編)

「ドライバーへの転落人生? 何だその表現は!」

今年の3月に刊行された『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)が、アマゾンの流通・物流(本)ランキングで第1位を獲得するなど、物流業界の内外で強い関心を集めている。本書は社会を支えるインフラとして重要な仕事のはずなのに勤務実態は厳しく、周囲からの視線も必ずしも暖かいとは言えない残念な状況を打破しようと、トラックドライバーの真実を解き明かしていることが大きな特色だ。

著者のライター、橋本愛喜氏は実家の工場の仕事をする中でトラックドライバーとしてハンドルを握った経歴を持つだけに、本書の内容全てが強い説得力を帯びている。「むしろ他業界や一般の方にこそ手に取ってほしい一冊」――。ロジビズ・オンライン編集部は、本書でも語られている著者の、かつての同業者たちへのアツい思いについて直接話を聞いた(インタビューは今年3月に実施)。

インタビュー前編:「運転席に座ってみて初めて分かることをお伝えしたい」
      後編:「女性の活躍促進は大歓迎、でも『トラガール』は間違い!」


インタビューに応じる橋本氏

内輪の話にとどまっていては、問題は解決しない

――前編でも少し紹介しましたが、「トラックが右側の車線を走ろうとする理由」「停車中に車間を詰める謎」といったような、本書に盛り込まれているエピソードは、まさにドライバーの皆さんにとっては常識とも言える内容なのですが、こうした話が一般には知られていないということは、これまでドライバーが主体で情報発信するのが難しかったのでしょうか。
「こんな話が一般の人に受けるのかと、ドライバーの皆さんも驚いているんじゃないでしょうか。私は今、ドライバーの現場からは離れていますし、物書きでもあるので、ここはこういうふうに言ったらたぶんみんな分かってくれるかな、という冷静な見方ができますが、現役の皆さんは当たり前過ぎて、そんなことを誰に言うの?みたいな感じになっているんじゃないかな。一般の人に受けているのに驚いていると思いますよ」

――だからそもそも、外部に情報発信しようという発想すらなかった?
「そうかもしれませんね。中にはSNSなどで発信されている方もいらっしゃるのですが、結局、自分たちの周りにトラックドライバーが多いから、内輪の話のレベルでとどまってしまいがちです。私自身、物流関係のメディアの方々から執筆の依頼が来ますが、それ以外のビジネス誌のようなインターネットニュースにもトラック業界の話を書くように努めています。理由は、物流業界はあまりにも問題が多過ぎて、内輪でわいわい言い合っているだけでは解決しない部分が出てきてしまうからです。特に道路はトラックドライバーだけのものではないし、いろんな人が使っていますから、この点は全国を巻き込んで話をしていかないといけないと思います。なので、あえて物流業界の外と言いますか、一般の人向けにトラックドライバーはこんな仕事ですよ、ということを結構発信するようになったんです」

――個人的には、本書の2章(「態度が悪いのには理由がある」)の内容だけでも繰り返し発信していただきたいくらいです。
「そうですね、1回だけ表に出しておしまいではなくて、内容をいろいろとアレンジしながら、実はこういうこともあるんだよというふうに言い続けるべきなんじゃないかなとは思っています」

――「トラックドライバーの人権問題」と題している本書の3章も、荷主第一主義とか、手荷役がいまだ広く残っているとか、物流業界にいる人はすごく共感できるけど、あまり知られていない話が数多く盛り込まれていますね。
「知られていませんね。率直に申し上げると、トラックドライバーの地位という言い方はあまり好きではないんですが、立場がやはり荷主に比べて低過ぎますし、誰にでもできる仕事というような誤ったイメージが広がってしまっています。本の中にも書きましたが、テレビのドキュメンタリー番組などで、野球やサッカーといったスポーツ選手がけがや成績不振で戦力外となり、トラックドライバーに転身したというエピソードが紹介されることがありますが、『転落人生』みたいな表現をされるんですよ。何、その言い方?と腹が立ちますよね! 私は転落した先の仕事をやったつもりは一切ありません。あれは本当に、テレビの画面に向かって結構吠えましたよ(苦笑)。むしろスポーツ選手並みの強靭な精神力と体力がないと務まらない仕事なのに、そのことがあまりにも知られていない」
「トラックドライバーにでもなればいいじゃないか、みたいな言い方をする人もいますよね。トラックに乗っている当時は、私は本職の運送業ではありませんでしたが、周囲のトラックドライバーさんには本当に良くしていただきました。いろんなものをおごってくれたり、いろんな経験を語ってくれたりしている方々のほとんどが運送業だったので、今でもその当時の光景が鮮明に思い浮かびます。テレビのそういう無神経な番組を見た後に、あの人たちはそんな人じゃないぞ!と思い、3章も結構強い言葉を使いながら書いたつもりです」

――「転落人生」の話は確かにひどい。まさに第3章のタイトル通り、ドライバーの人権にも関わる問題ですね。
「そうした話に結構なページを割いたのは、もともと私自身が弱者とかマイノリティーといったテーマに強い関心を持って取材、執筆してきたというベースがあります。ニューヨークで仕事をしていた時もホームレスの問題やマイノリティーの人種問題をドキュメンタリータッチで書いていた経験がありました。そうした流れで、周囲に誤解されがちなドライバーさんたちの本当の声を思い出したら、やはりこういう本書の第3章のような形になりました」


ドライバーが全て手で積み込んだ荷物(新潮新書『トラックドライバーにも言わせて』より)

ドライバーは気持ちの熱い人が多い

――最近でこそ荷主にも、ドライバーを大事にしなければ物を運んでもらえなくなるというような危機感が少しずつ広がってきたように見えますが、橋本さんがドライバーをされていた時は、そんな意識はなかったのでは? 現状は少しずつ変わってきているように感じますか。
「当時、私も得意先さんがいわゆる荷主さんで、すごく理不尽な扱いをされたことはありましたね。何時間も待たされるとか。あと、荷主さんの担当者に名前で呼ばれないだけではなく、『運転手さん』という言い方をされるんですよ。10年も一緒に付き合っていたら、さすがに『橋本さん』くらいは言えよ、と(笑)。そういったことを今でも現場の人は感じていると思います。よくて会社名で呼んでくれる荷主もいらっしゃるんだろうけど、運転手の橋本さんというふうにちゃんと名前も入れて呼んでもらっている人は今でもすごく少ないのではないでしょうか」
「トラックドライバーさんは気持ちの熱い人が多いので、自分の仕事を肯定してくれれば余計にやる気になるし、余計にマナーも良くなります。すごく素直で純粋な人たちなんです。悪い言い方かもしれませんが、そうした彼らの性格をうまく使いつつ、業界をチア・アップ(元気付ける)していくことが大事なんじゃないかなと思っています。私のツイッターアカウントにも、つぶやきに対してすごくたくさん返信が来るのですが、だいたい私は全部に返事をするようにしています。それでも、そこで終わらず再び反応があって、もう1情報プラスでメッセージが届きます。私が返信したところで絶対に終わらないんですよ。それくらい真剣なんです。やはりそうしたドライバーさんの真面目な気持ちを重視することが大切なんじゃないかなと思ったりしますね」

――昔からよく言われることですが、物流業界は基本的に請負業務なので、荷主の方がどうしても立場が強くなるということでしょうか。
「私自身が経験した中では、荷主の作業員さんも会社の上層部から、何時までにこの作業を終わらせなさいといった強い圧力を受けているように感じます。特に倉庫の中は閉鎖的な環境なので、情報がなかなか外に出ないんですよね。上の人はパワハラ行為をしても、非正規雇用で働いている人もいるので、どうせこの人は俺らが強く言っても、その後に行き場がなくなることを恐れるから他の人に言わないだろう、くらいと思っている方もいらっしゃるんです。だから余計にパワーで押さえ付けられているうっぷんをドライバーさんにぶつけているという感覚もすごく、私の中では感じるところですね。残念なことではありますが」

――そうした状況は今も根本的には変わっていない?
「変わっていないでしょうね。講演会に呼んでくださる各地のトラック協会さんのお話などを伺ったところ、やはり運送事業に携わる皆さんは状況を変えようとは思っているけれど、変え方が分からないと仰っています。お隣の社長さんも同じような感覚でいるから、まあいいかとあきらめてしまっているのが物流業界全体にすごく感じるところです。いまだに現場ではファクスを使ってやり取りしているくらいですし、内向きでもあるので、新しいものを取り入れようとしてもどこから取り入れていいのか分からないというのも、結構業界が変わらない大きな要因の1つなのかなとは思っています」

――荷主に責任があるのは大前提として、物流業界自身も変革する意識を高めないといけないですよね。しかし、最近は自ら変革しようという熱量は高まっているような気がします。
「かなりあると感じますね。自分たちの力で何かしようぜ、という動きもありますし、以前スタートアップ企業の社長さんからお話を聞いたところによれば、その方はすごく若くて、お父さんも中古トラック販売をされていた方でしたが、自分から独立してわざわざ運送業界に新しい風を吹かせようぜ、といってスタートアップ企業を立ち上げられました。そうした環境があれば、少しずつ状況は変わっていくんだと思いますね」


高速道路のSAで休憩を取るドライバーたち(新潮新書『トラックドライバーにも言わせて』より)

「ホワイト物流」推進運動に期待

――今、国土交通省などが物流業界や荷主企業を巻き込んで、「ホワイト物流」推進運動を展開しています。トラックドライバーの長時間労働を解消することなどが目的ですが、これまでにない動きだと思います。運動についてどのようにご覧になりますか。
「変革のきっかけになるんじゃないかなと期待しています。とても良い動きでしょう。荷主企業は運動の趣旨に賛同して自主行動宣言を提出すると会社名が公に出ますし、そういう面では協力した方がいいかなという意識が強くなってくるんじゃないでしょうか。この運動で状況が一気に変わるかと言われれば、なかなかそうはならないとは思いますが、少しずつでも変わっていくことができればいいですね」

――賛同して自主行動宣言を提出した企業を見ると、業種別では運輸・郵便業が最も多くなっています。
「その点についてもすごく良い動きではありますし、運送会社の皆さんも結構、この運動に期待されているみたいなので、変わるといいですよね。歓迎しています。国もホワイト物流の運動のほかにも、実際に払われているかどうかは謎ですが(苦笑)、標準貨物自動車運送約款を改定し、『待機時間料金』や『積込料』、『取卸料』といった項目を作ってくれたりしています。そうした動きの効果もあって、やはり荷待ちの時間自体は徐々に減ってきています。そういえば、あるドライバーさんがツイッターで『今日は物流センターでの待ち時間が2時間で済んだ』とつぶやいていましたが、『2時間で済んだ』って、それまでどのくらい待っていたのか?と驚きますよね。待ち時間を短くしようと荷主さんも努力しているんだなというのは非常に感じてはいますが」

――「半日待たせたあげく荷主の担当者からは謝罪の言葉もなく、次の日にまた来てくれと言われた」といったような声はざらに聞かれます。待ち時間の問題は早急に解消すべきですよね。
「本当に腹が立ちますね。待ち時間は何のお金にもならないですし。ドライバーさんは納品の時間に遅刻できないし、かといって早く着き過ぎるのも駄目ですから、その時間にちょうど合わせるために一生懸命走ってきたのに、そこから長時間待たされたあげく、また明日もう1回来てくれと言われたら、それは普通の人間だったら間違いなく怒るでしょう。他人の貴重な時間を奪っておいて平気なのは絶対に許されません」

――ドライバー不足で荷主のそうした傲慢ともいえる意識が変わってきているのは感じますか?
「ドライバーさんの話を聞くと、荷主さんも努力はされているんだなというのはものすごく感じるところです。成果が出ているかと言われればまだかもしれませんし、荷主さんの対応にも企業によって差があるかとは思います。大手企業であればいろんな担当部署がチームワークで何とか改善できるというのもあるけれど、中規模、小規模になっちゃうと現場との距離が近いだけに、ちょっと待っていて、というのをドライバーさんへ簡単に言えてしまいますし、場合によっては待たせたことすら忘れるというパターンもあります。そんなひどいことは徐々にでも少なくなっていけばよいのですが」

――荷主以外にも、一般の消費者の間にも再配達の問題に象徴されるような、ドライバーの負荷を減らさないとまずいというような意識が出てきたように思えますが、昔に比べれば変わってきたと感じられますか。
「宅配の再配達は、無料でできると思われてしまっていますよね。その辺りはもう少し意識を変えていってほしいなとは感じますが、置き配とか、新たなサービスをサーブ(提供)する事業者さんがいっぱい増えているというのもだいぶ浸透はしていますね。ドライバーさんがかわいそうだからこうしてあげようとか、再配達が発生しないように荷物はなるべく1回で受け取ろうとか、運送業界に対する意識はそれこそ10年前と比べればだいぶ桁外れに変わっているのではないかと思います」

――ここからもう一段、運送業界改革への協力の機運を高めていくにはどうすべきでしょうか。
「消費者の皆さんにまず過酷なドライバーの仕事状況を知っていただきつつ、積極的に置き配とか、いろんなサービスを使っていただく。そうすれば消費者の皆さんとドライバーさん、荷主の3者がWin-Winの関係になれると思います。消費者は作業員、配達員の方々と顔を合わせなくても荷物を受け取ることができますし、楽して荷物が届くとなると、すごくいいサービスですよね。ただ、置き配はやはり盗難ですとか、後は特にお年を召した方は地面に荷物を直接置かれることに抵抗を覚えることもまだまだあります。そこはぜひ慣れていただきたいですね。どれだけ日本は無料サービスが多いのか。それはおもてなし文化を象徴することでもありますし、すごく素晴らしいことではありますが、誰かの犠牲の上に成り立っているサービスなんて、サービスではありませんから、消費者には強く意識してほしいですね。少なくとも物流というサービスへの対価は絶対必要です」

(後編に続く)


『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書、税別760円)

(藤原秀行)

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