【独自取材】新企画!壁を乗り越えた物流の勇者たち①DHLサプライチェーン

【独自取材】新企画!壁を乗り越えた物流の勇者たち①DHLサプライチェーン

スパコン世界一「富岳」を360キロメートル無事故輸送で納品完了

「乗り越えられない壁はない」。よく言われる言葉はまさに物流の世界にも当てはまる。先人たちの不断の努力が課題解決につながる技術革新を生み出してきた。ロジビズ・オンラインは新企画として、物流の領域で目前に立ちはだかる大きな壁を乗り越え、偉業を成し遂げてきた人たちの歩みにスポットを当てる。第1回は富士通と理化学研究所が開発したスーパーコンピューター「富岳(ふがく)」にまつわるストーリーを紹介したい。

富岳が計算速度のランキングで日本勢として9年ぶりに世界一を獲得したニュースは記憶にまだ新しい。世界主要ランキングの4部門で同時に首位となる前代未聞の“4冠”を達成するなど、総合的な性能の高さをグローバル規模でアピールしている。実はその偉業達成の一端を物流が影で支えていた。

DHLサプライチェーン(SC)が富士通や理化学研究所などと連携して2019年12月から約半年を費やし、富岳を構成する計算機432台を、グループの富士通ITプロダクツ(FJIT)が石川県かほく市に構えている本社工場から神戸市の理化学研究所施設まで約360キロメートルの道程を傷付けず、大きなトラブルも起こさず無事に運び終えたのだ。

総重量は約700トンにも達した。もともと大型精密機械などの輸送品質に定評のあるDHLSC。今回の任務もこれまでの経験を踏まえた入念な準備が成功の影にあった。


スーパーコンピューター「富岳」(富士通など提供)※クリックで拡大

特製の「パレットステージ」が積み降ろしを支えた

「世界中で注目されている重要プロジェクトに参加、貢献できたことに関係者一同が誇りを感じると同時に、無事役割を果たせてほっとしている」。富岳輸送プロジェクトに携わったDHLSCテクノロジー事業本部の柿沼昌樹執行役員が胸中を明らかにした。富岳を理化学研究所へ納品するに当たっての輸送協力を富士通から打診されたのが2018年6月。そこから数えると完了まで足掛けでほぼ2年にもわたる長期のプロジェクトとなった。

実は柿沼氏をはじめ今回のプロジェクトメンバーのほとんどがかつて富士通の物流子会社、富士通ロジスティクスに在籍していた。同社が04年にDHLSC前身の旧エクセルジャパンに買収されたのに伴い、DHLSCへ移り、富士通の物流を長年担当している。大型精密機器などの輸送に関するベテランチームだ。

今回の輸送プロジェクトは富士通が入札でパートナーを選ぶこととなったが、DHLSCはかつて話題を集めた富士通のスパコン「京」の輸送を担当したこともあり、その際の経験をマニュアルなどの形でしっかりと残して現場にノウハウを継承できるよう努めてきたことなどが大いに役立ったという。2018年12月、正式に富士通から業務を受託した。

富岳の輸送プロジェクトでは、運行ルートの設定が大きなポイントの1つとなった。FJIT本社工場が位置する北陸エリアは過去に大雪で数多くの車両が長期間、山間部に閉じ込められたこともあったため、大型トラックが通行可能な複数のルートを設定し、天候などを見極めてルートをその都度柔軟に変更できる方式を採用。併せて、降雪の可能性がある石川や富山、岐阜の山間部などをどうしても通らざるを得ないため、冬季に積雪などで高速道路の通行に支障が生じると見込まれる場合、強行して大きなトラブルを招かないよう、3営業日前までに計算機の出荷を先延ばしするなど迅速に対応を講じるよう運用を明確に取り決め、あやふやさを排除した。

また、1台当たり1・6トンにも及ぶ巨大な計算機を運べる車両を調達することもプロジェクトの成否を握る重要な要素だった。日本国内では要件を満たす大型トラックの台数が限定的のため、DHLSCがパートナー企業の協力を得て、半年にわたる長期間、車両を押さえることに成功した。


大型トラックによる初出荷の様子(DHLSC提供)

その際、今回のプロジェクトの中でも大きな課題となったのが、輸送車両において1・6トンの巨大計算機を載せられるパワーゲートの確保だった。何とか1台は調達できたが、もう1台がどうしても見つからない。そこで調整の結果、パワーゲートの代わりとして、パレットを高さ1メートル程度まで積み重ねた特製のステージを作成。パワーゲートなしの車両でも巨大計算機を荷降ろしできる環境を作り上げるのに成功した。パワーゲートの耐荷重の制約を1つ取り除くことで、ハードな納期のスケジュール順守に向けて大きく前進することができた。

DHLSCテクノロジー事業本部の髙須紀行シニアマネージャーは「ステージを輸送する都度、解体していたのでは効率が悪いということで、富士通や理化学研究所の方々のご協力を得て、理化学研究所施設の搬入場所に期間限定で常設させてもらえた。非常に助かった」と感慨深げに語る。

柿沼氏も「これまでにもスパコンやATMなどを搬入する際、クレーンを使ったり、窓を取り外して搬入したりとさまざまな経験値をパートナーとともに蓄積してきた。富岳輸送時のパレットステージはそういったノウハウを生かせた」と強調する。経験値の大きさがまさに難題を乗り越える原動力となったようだ。

基本の徹底が安全運行に大きな効果

さらに神経を費やしたのが、トラックへの積み付けだ。1回の輸送で1台当たり計算機6台を積み込んだ。髙須氏は「きっちり固定しないと荷台の中で製品が暴れて互いにぶつかってしまい、機器の性能に深刻なダメージを及ぼしてしまう。ラッシングベルトに加えて、計算機の間に挟み込む緩衝マットやベニヤ板、ラッシングバーなどを多数駆使し、重量に負けず360キロメートルの輸送中にずれないよう固定するのに一番苦労した。完璧に対応してくれた出荷側の貢献は大きい」と思いを吐露する。他にも適切な計算機の保管や温湿度の管理など、DHLSCが携わった領域は多岐にわたっている。

トータルで72便を約半年かけて運行した。本番前には計算機と同程度の重量がある機器を実際に使って輸送テストを実施し、積み込む工場や積み降ろす施設で運ぶルートに問題がないかといった細かいチェックも徹底して済ませた。本番で作業に慣れてケアレスミスが起きないよう、積み込み時の手順書やチェックシートを準備し、毎回積み降ろし作業のたびに内容を確認、輸送品質を維持することに腐心した。まさに基本の徹底も、安全運行を果たす上で大きな効果を発揮した。

柿沼氏は「富士通やFJIT、理化学研究所の方々の指導・協力に加えて、経験豊かなチームメンバーの頑張り、そしてパートナー企業の会社を挙げた協力が大きい。国家的なプロジェクトを成功させようと一体感を持って頑張ってくださった」と関係者への謝意を示す。その上で「1・6トンを432台というのはこれまでにあまり経験がない規模のプロジェクトだった。当社にとってもかなりプラスの経験になった」との見方を示しており、今後も大型プロジェクト輸送の受注に強い意欲をのぞかせている。


細心の注意を払った荷降ろし作業(DHLSC提供)

(藤原秀行)

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