第1回 今こそビジネスモデル再設定の時
タナベ経営 土井大輔 物流経営研究会チームリーダー
新型コロナウイルスの感染拡大は物流業界の風景を大きく変えてしまいました。密集を避けるため、現場では省人化や非接触化が急務となっています。一方、混乱が続く中でも日々の社会生活を続ける上で不可欠な存在の「エッセンシャルワーカー」としてかつてないほど注目度と重要性が高まっています。
“ウィズコロナ”の世界に備え、物流業界はどのように歩み、生き残っていくべきなのか。ロジビズ・オンラインでは新たな試みとして、そんな難局を切り抜けられるだけの強い物流企業に転換していくための術を、タナベ経営の経験豊富なコンサルタント、土井大輔氏に定期的に指南していただきます。ご期待ください。
土井大輔氏(タナベ経営提供)
“物流”が世の中を支えている
新型コロナウイルスの影響で、テレワークの導入、飛沫感染防止のためのソーシャルディスタンス、マスク着用・手指消毒の徹底などに取り組む中でも、物流業は止まらず動き続けた。生活の必需品となったマスクやインターネット通販で買い物をした商品などを検品・発送し、届け続けたのは物流業である。しかし、物流業に対して「コロナ時の稼働インセンティブ」など支払われることはない。
荷主企業は今後、消費者のニーズに合わせた「小ロット・多品種」への対応、リードタイム短縮による無駄の削減、BCP(事業継続計画)整備をさらに進めようとするだろう。そのためには物流を「全社戦略」と捉え、企業内における位置付けを高めることが必要である。輸配送や倉庫を担う物流業は単に“受託通りに届けるだけ”のサービスではなく、“荷主企業や元請け企業の価値を高める”ためのビジネスモデル構築が求められている。
日本国内では、景気を押し上げていた海外からの観光客が激減したほか、飲食店での外食自粛などにより、人々の生活は大きな変容を遂げた。テレワークやオンラインによる学習、在宅フィットネスが普及し、人々は無意識のうちに密閉・密集・密接の三密行動を避けるようになった。
この日常生活の変化は「アフターコロナ」においても元には戻らず、しばらく続くと考えられる。今こそ、この日常生活の変化を「長期的な“ウィズコロナ”」と受け止め、市場動向・顧客動向を見据えてビジネスモデルを再設定するタイミングである。
新型コロナウイルスの影響で“物量は二極化”した。巣ごもりの需要拡大によって「宅配業界」や「内食市場(低温食品物流業界)」向けは昨年対比で売り上げが2桁増加している物流会社もある。一方で、完成品メーカーの生産量減少により、「生産財サプライヤー物流」や「外食向け食品物流」は大きな打撃を受けている。
輸配送事業と倉庫業を中心とした“物流業”のビジネスモデルの特徴は「受注型モデル」であると言える。物流業は荷主・元請けと共に成長してきたため、得意先依存率が高い企業が多い。また、季節変動や曜日変動など物量(=仕事量)にむらがあり、固定費とのバランスが崩れている企業が多く、収益率が高まらず業界として収益性が低くなっていると言える。
新鮮な食材が食卓に並ぶこと、大切な人へのプレゼントを間に合わせること、マイホームや車が予定通りに施工・製造されることなど、全てにおいて“物流”が支えている。
物流は新たなビジネスモデルを構築できるのか(写真はイメージ)
目指すべき“善循環”のサイクル
まず、「物流に携わりたい人を増やす」→「物流業(職種含む)の待遇を良くする」→「“適正な付帯作業料金の確保”や“荷待ち時間の改善”などのために荷主と物流会社が協力する」→「物流会社はさまざまな働き方への対応を受け入れることができる」という“善循環”のサイクル実現を目指したい。
5つの重点施策
タナベ経営では、物流業がビジネスモデルを転換し、成長・発展するために下記の「5つの重点施策」について支援することが増えている。第1回で各施策の必要性と方向性を説明し、第2回目以降は各テーマの支援内容について事例を交えて紹介したい。
5つの重点施策(タナベ経営提供)
1.自社のミッション(使命)とビジョン(目指す姿)の再設定と社内への浸透
組織は“このままでは駄目だ”と認識していても、「不安感」に駆られると変化しない。以前からやっているから、お客様の意向だからと言い訳する。そこで必要なのは「不足感」である。目指している姿と現状のギャップが明確になっていると、改善すべき内容と目指す姿がつながるため、組織に変化が起こる。自社の目指す姿と、これまでの成長過程や歴史から使命感を醸成し、会社と社員をつなぐことが必要である。
2.依存率の低減
タナベ経営では「倍数の法則」として、
①1社依存率10%以下
②顧客内のインストアシェア(特定の取引先における売上高や販売数量の中で自社製品が占めている比率)20%以上
③粗利率40%以上
④顧客からのリピート率80%以上
――を提唱している。重要なことは依存率とインストアシェア、リピート率を把握し、基準を設定して取り組む活動である。
また、物流は波動との闘いであり、季節変動・曜日変動の格差を減らすことが高収益につながる。自社の扱っている得意先(もしくは荷種)を重量物×軽量物/夏型×冬型のマトリックスに整理して空白を確保することが効果的である。
3.戦略人財の育成と確保
組織のレベルと事業のレベルは比例する。“顧客の要望に対応することと顧客に迎合することは違う”。例えば、40台一括受注よりも20台2回転でいいかもしれない。
また、従業員の2%以上は経営幹部としてもらいたい(例:従業員が400名なら8名以上)。そして、経営幹部は次の3点を実行すべきである。
①得意先の幹部に対して直接、自社のビジョンや考え方を伝え、条件の見直し・標準化・要望に対する逆提案などを行う。
②自社の中長期計画を社長と共に検討・設計する。
③自社の“価値”を発信する業務に担当を持つ。
4.専門人財の確保とミドルオフィス体制の確立
これからは「新卒・中途幹部採用担当」「人財育成担当」「社内システム担当」「Web担当」「デザイナー」など、専門職種の強化が必要となる。デジタル化の推進、受発注のデータ化、Webによる問い合わせの確保、採用サイトの開設と充実、評価制度の見直しなど、“現業優先”の人材確保からやり方を切り替えるべきである。
5.基幹業務の平準化と業務フローの見直し
人財不足を見据えた省人化・自動化の推進やBCPへの対応、業務効率化のためには、現在の業務をありのままに整理することから始めるべきである。
手書き、転記、照合確認など従業員は自身の仕事として一生懸命取り組んでいる。しかし、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)やOCR(光学式文字読み取り装置)へ代替可能な業務は多い。“付加価値業務”の割合を増やすことで全社の生産性が高まる。
次回から各重点施策について事例を交えて紹介していきたい。
(第2回に続く)
著者プロフィール
土井 大輔(どい・だいすけ)
大学卒業後、システム機器商社を経て2006年タナベ経営入社。自身の実績を生かし、“新規市場の開拓”“受注型産業のビジネスモデル転換”を中心に事業戦略の構築を数多く支援。「物流が世の中を支えており、最高のマーケティング機能である」と考え、15年に物流経営研究会を立ち上げた。サプライチェーン最適化を軸とした事業戦略の構築や物流関連企業の収益力強化支援の実績を多数持つ。
◇タナベ経営について
1957年創業の総合経営コンサルティングファーム。企業の課題に応じて「業種」「経営機能」「地域(北海道から沖縄までの全国10都市に地域密着)」の3つの専門領域からコンサルタントを複数名選定し、最適なチームを組成。経営戦略の策定から経営機能の実行、デザインやブランディングツールの制作に至る経営全般を支援することに注力しており、上場企業や業界トップ企業、中堅企業などを中心に支援実績は約7000社に上る。
◇タナベ経営「物流経営研究会」とは
顧客価値を創造できるドメイン(業種・事業領域)やファンクション(経営機能)とは何かを追究し、顧客企業と共に新たな事業価値の創造を目指す研究活動を担っている。参加社数は1300以上、視察先は1350件以上に及ぶ。
軸となる取り組みとして、29のテーマで日本全国の「ファーストコールカンパニー(顧客から一番に選ばれるサステナブル企業)」の先進事例、成功事例を研究。ゲスト企業による実践型講義・現場視察から成功談・失敗談を踏まえた現場の“リアルなポイント”を学べるよう努めている。同じ志を持つ多種多様な参加企業・参加者との情報交換も可能な場として運営している。
これまでにDHLサプライチェーン、丸和運輸機関、ハマキョウレックス、大塚倉庫、シーアール物流、BeingGroup(ビーインググループ)などの現場を視察。20年5月には「持続可能な物流」をテーマとした「ロジスティクスフォーラム」を開催、300人以上が参加した。