国際ジャーナリスト・ビニシウス氏が解説
さらに、ロシアが世界から非難を浴びても一方的に現状を変更しようとする姿勢は、中国と台湾の緊張関係をあらためて思い起こさせました。国際社会では「台湾有事」を懸念する声が強まっています。
2023年以降、サプライチェーンを抱える日本の物流企業や荷主企業はどのように備えていけばいいのか。地政学リスクの動向に詳しいジャーナリストのビニシウス氏に緊急寄稿していただきました。
ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。
中長期的視野で考える必要あり
近年、中国による台湾への経済制裁やサイバー攻撃、軍事演習などが続くなか、2022年8月初めにペロシ米下院議長が台湾を訪問したことがきっかけで、中国による軍事的威嚇はこれまでにない大規模なものになった。ペロシ訪問に反発した中国は台湾を取り囲むような軍事演習を行うだけでなく、中国本土から台湾周辺に向けミサイルを発射し、日本の排他的経済水域(EEZ)内に着弾するミサイルもあった。また、中国本土に間近な台湾離島には正体不明のドローンの飛来が相次ぎ、中国軍機による中台中間線越えも激増した。
台湾有事について、“可能性は低い”、“あり得ない”という声も少なくない。だが、筆者周辺の国際政治学者や日本政府関係者たちから、そういった言葉はほぼ聞かれない。確かに、現在の中国軍に台湾をスムーズにコントロール下に置く能力は備わってないと言われ、今日差し迫った急迫不正の脅威があるわけではない。しかし、この問題はもっと中長期的視野で考える必要があるのだ。
北京で22年10月、共産党大会が行われ、習近平政権の3期目が正式にスタートした。習国家主席は2035年までに社会主義現代化をほぼ確実にし、中華人民共和国建国100年となる2049年までに社会主義現代化強国を進めていく方針を明らかにした上で、台湾について「統一を必ず実現しなければならないし、平和的統一を希望するが武力行使を排除しない」という姿勢を改めて強調した。
党規約にも台湾独立に反対し、それを抑え込む趣旨の内容が盛り込まれた。また、習国家主席は22年11月の米中首脳会談でも、米中関係が競争から衝突に発展することを回避するよう努め、対話のチャンネルを常に維持していくことでバイデン大統領と一致した一方、台湾は中国にとって核心的利益の中の核心であり、米国が超えてはならないレッドラインだと強くけん制した。
また、習国家主席は中国の海洋強国化を強く掲げている。簡単に説明すると、中国には軍事戦略上の第1列島線、第2列島線を超え、西太平洋で軍事的影響力を高めるという戦略目標がある。習氏が国家主席に就任して間もない2013年に訪米した際、会談した当時のオバマ大統領に対して、「太平洋には米中両国を受け入れる十分な空間がある」という太平洋分割統治論を提唱した。
その背後には、西太平洋を中国が、その半分を米国が統治するというビジョンがある。そのためには、まずは第一列島線上にある台湾を確保し、台湾を軍事的最前線とすることが中国にとって重要となる。
中国の強硬姿勢が目立つ
昨今、米中対立は台湾問題を主軸に悪化する傾向が見られ、その台湾の蔡英文政権は近年欧米諸国との結束を強め、自由や民主主義を守るとの決意の下、中国に対抗する姿勢を示しており、習政権はそれに強い不満を覚えている。サイバー攻撃や経済制裁、軍事演習という手段を使っても蔡英文政権の外交姿勢に変化はなく、中国が取れる武力行使以外の手段も少なくなっている。
さらに、習国家主席は台湾有事に際し、米軍の能力を注視しているが、米国と中国の経済力や軍事力は拮抗し続けており、2033年あたりには経済力で中国が米国を追い抜くとの見方もある。そして台湾周辺での軍事バランスも中国有利に傾いており、習国家主席にとっては都合の良い軍事環境は到来しつつある。
以上のような軍事・安全保障の背景を見れば、日本企業は潜在的リスクがあるとの意識の下、中長期的視野で危機管理対策を講じる必要があろう。
地政学リスクへの心構え
では、実際、台湾有事となれば物流業界にどのような影響が出るのか。まず、台湾有事となれば中国は制海権と制空権を握ってくることから、台湾から海路や空路によって日本に輸送される物品の安全な流通に影響が出てくる。完全にそれがストップするか、もしくは部分的に制限されるかの度合いは分からないが、台湾にある空港や港は使用できなくなる可能性が高い。要は、台湾を介するサプライチェーンに依存している企業は大きな影響は避けられない。
また、日本のシーレーン(海上交通路)も影響を受ける恐れがある。台湾周辺の世界地図を見れば一目瞭然だが、日本のシーレーンはアラビア海やインド洋からマラッカ海峡、南シナ海、そして台湾南部のバシー海峡を通過して台湾東部、日本へと繋がるが、有事となれば台湾南部や東部海域にも影響が及ぶ。そうなれば、シーレーンを通る石油タンカーや民間商船の安全な航行が阻害される可能性も出てくる。
さらに、台湾有事となれば、日本は米国との軍事同盟国上、米軍を支援する立場に回ることから、それによって日中関係が悪化する可能性が高い。そうなれば中国側からの経済制裁などが発動され(以前にはレアアースの日本向け輸出が突然停止された)、中国にサプライチェーンを依存する企業、中国に集中的に進出する企業などがより大きな影響を受ける可能性が考えられる。
シーレーンは日本の生命線
このような地政学リスク、またそれによる企業への影響を考えれば、台湾の進出する企業はどう構えるべきなのだろうか。
まず、心構えだが、今の中国が台湾統一をノルマのように考え、それに対しては武力行使を辞さないという構えであることを直視し、少なくとも台湾有事を想定した危機管理対策を検討することだ。海外に進出する企業にとって最も重要なのは、駐在員やその帯同家族の安全、命を守ることであり、どの段階で帯同家族を帰国させるか、どの段階で駐在員を帰国させるか、台湾各地にある防空壕を事前に把握させるかなど検討することは沢山ある。
ちなみに、ウクライナと違い、台湾は海に囲まれているので避難の難しさはウクライナの比ではなく、唯一の安全な避難手段は民間航空機であるが、それは緊張が走ればすぐにストップするか、ストップしなくても空港は大混乱することになる。要は、一足早い避難が台湾有事ではカギとなる。
また、サプライチェーンにおいてはなかなか難しい問題ではあるが、可能であるならば“脱台湾”を図ることが重要となる。材料や部品の調達先を台湾から第3国、たとえばベトナムやタイなどASEAN(東南アジア諸国連合)に移転させたり、工場を日本に回帰させたりと様々な代替策はあるように思う。実際、筆者周辺の企業はそれを本格的に検討し始め、キヤノンや日立製作所などの経営層はそうする方針を発表している。
(了)