業界変革の好機と主張、組織横断しサプライチェーン最適化推進訴え
Shippioは5月23日、東京都内で、「2024年問題」や人手不足など物流が抱える諸課題の解決に向け、DX促進のための具体策を有識者らが議論する独自イベント「Logistics DX SUMMIT 2024~インダストリアルトランスフォーメーションへの道~」を開催した。
同社が「Logistics DX SUMMIT(LDS)」と銘打ったイベントを実施するのは昨年3月に続いて2回目。
今年は2024年問題が本格的に始まったことなどを踏まえ、全体を通じて進行役を務めた同社の佐藤孝徳CEO(最高経営責任者)は先端技術を駆使して物流の産業構造自体を変革していく「インダストリアルトランスフォーメーション(IX)」の必要性を強調。出席者は政府が普及を目指しているCLO(最高ロジスティクス責任者)を活用してサプライチェーン全体の最適化を図っていることなどを提唱した。
イベントの様子を前後編の2回に分けて紹介する。
プレゼンテーションする佐藤CEO
デジタル技術でサプライチェーンの諸課題解決可能
冒頭、佐藤CEOは「経営判断や意思決定がどのように変化していくかがDXやIXの肝になる。AIなど非線形的な考え方でどのような変化が生まれ、産業がどう変換していくかを見ていきたい」とコメント。
続いて、岩田和親経済産業副大臣兼内閣府副大臣がビデオメッセージを寄せ、「貿易手続きに膨大な時間やコストがかかっている点は昔から指摘されている。地域紛争などで世界的な物流の混乱も発生している。代替輸送ルートを確保しようにも、貿易関連情報がデータ化されていないため、多くの企業が人海戦術で対応せざるを得ない状況に陥っている」と指摘。
「課題解決へ経産省は貿易手続きのデジタル化やサプライチェーン可視化に貢献する貿易プラットフォームを活用した貿易DXの推進に取り組んでいる。蓄積されるデータを製造や調達に関するデータと連携させることで、より強靭かつ高効率なサプライチェーンの構築が可能となる。将来的には温室効果ガス排出量の算定など、カーボンニュートラルへの活用も期待される」と語り、DX推進の必要性を訴えた。
「国内外で強靭なサプライチェーンを構築するとともに、世界の脱炭素化に貢献して成長を続けていくにはDX推進が不可欠」と述べ、物流を含む産業全体で温室効果ガス排出削減を図り、経済社会システム全体を変革して成長を実現する「GX(グリーントランスフォーメーション)」を推し進めることをアピールした。
岩田副大臣のビデオメッセージ
その次に、東京大学未来ビジョン研究センター客員教授と経営共創基盤シニア・エグゼクティブ・フェローを兼務する西山圭太氏が登壇。「DXは産業とサプライチェーンをどう変えるのか」をテーマに講演した。
西山氏はデジタル技術が進化し、コンピューターは個別の課題の解を求めるのにとどまらず、「解き方を解く」領域もカバーできるようになっていると説明。グローバル規模のサプライチェーンの効率化に向けた諸課題を解くため、デジタル空間で大規模なシミュレーションを行う「デジタルツイン」などの技術を駆使することが有効だと分析し、「全ての事象をデジタル化して(情報を)入れ替えられるようにすることで、今までにない可能性を探しやすくなる」との見解を表明。ITをより積極的に生かし、物流のDXやIXにつなげていくことをアドバイスした。
登壇した西山氏
俯瞰できる経営の役割が必要
「サプライチェーンの革新を担う、CSCO(最高サプライチェーン責任者)/CLOのあり方」と銘打ったセッションには、企業で物流効率化やサプライチェーン運営最適化の旗振り役を担ってきた丸井グループ元副社長の佐藤元彦氏、日清食品常務取締役サプライチェーン本部長兼Well-being推進部長の深井雅裕氏、YKK AP執行役員CLO兼ロジスティクス部長の岩﨑稔氏が登場。モデレーターは野村総合研究所未来創発センターシニアチーフストラテジストの藤野直明氏が務めた。
政府は2025年度にも施行する新法で、一定規模以上の荷主企業に物流センターの荷役・荷待ち時間短縮などに向けた業務改善を主導する「物流統括管理者」の設置を義務付ける。CLOの普及を後押しするのが狙い。藤野氏がこうした流れを受け、CLOに求められる資質や責任について3氏の見解を尋ねた。
佐藤氏は「企業内でよく物流費をコストとして捉えられていること自体が一番の課題なんじゃないか。物流を戦略のレベルまで引き上げることがCLOの役割だと思っている」と持論を展開。現在は企業内で注目度の高い存在のシステム部門も1970~80年代は長時間労働などが敬遠され不人気だったと指摘し、「物流も脚光を浴びる存在まで引き上げていくべき。今がチャンスではないか」と述べた。
アパレル小売りの実態として、商品を販売する百貨店の店舗では「いつ、どの店舗にどの商品がどれだけあるかという情報はほとんどリアルタイムで把握できていない」と明かし、「そうした情報を可視化することができればビジネスモデルを大きく変革できる。川上から川下まで情報を共有できれば商品の廃棄ロス削減にもかなり効果が出てくるし、輸送時のCO2排出削減といった社会的課題の改善にもつながってくる」と強調した。
また、佐藤氏自身、社内で物流に対する関心の低さを改善させようと、関係する部署や役職などの名称を「ロジスティクス」などのカタカナに変えさせた経験を語った。
サプライチェーン全体で情報を共有する上で、業界のプラットフォームづくりが必要と説明。「商品コード自体を川上から川下までJANコードで統一するというような標準化も必要だろう。サプライチェーン全体でコストを定量化し、運営にいくらかかっているのかを可視化、透明化する。小売と物流業者さんの契約も明確にして、どういうプロフィットが出たらどう配分するかということも、業界を挙げて考えていく必要がある。非常に難易度は高いが、ITを駆使すれば十分可能になる。今がそのチャンスかなと考えている」と述べた。
佐藤氏
深井氏は、CLOの役割として「いかに(競合企業など外部と)横断的な協業を進めていくかということ。トラックの積載率は40%で、サプライチェーン全体では60%空気を運ぶという非効率な状態になっている。いかに個社の最適化をサプライチェーン全体の最適化につなげていくかがCLOとして最大の対外的な役割だ」と言明。
「物流条件だけでなく、取引条件を変えることが重要。当社で言えば営業部門や資材調達部門と協調して、サプライチェーン全体の仕組みを変えていくということ。それを進めていくためには社会課題解決というような錦の御旗を掲げ、直接的には取引に関係ない部門も巻き込み、社内のさまざまな部門を横串しでつないで、全社最適を続けていくことが重要」と力説した。
社内の変革に際しては「現状を変えていこうとする上では、必ず変えたくないという反応が出てくる。関係者に変革することの意味を理解していただく必要がある。俯瞰できる経営者としての立場が必要。現実の問題として、改革を進めるとコストが上がる要因が多くある。そうした問題を現場が主導して変えていくのはなかなか難しい。システムを変えるだけで莫大なコストと人手が必要になる。パレット標準化も他のメーカーなどとの連携が必要になる」と述べ、CLOが部門横断的にまとめていくことの意義を訴えた。
自社の変革を例に挙げ、「当社も飲料メーカーとの共同物流、JA全農との連携などを進めている。その取り組みの部分を見ればトラックの台数20%以上削減といった成果が出ており、コストやCO2の削減もできているが、物流全体にどれだけインパクトがあるかというと、まだまだ小さいのが現状。たとえ成果は小さくても良心的に変革を進めていってノウハウを蓄積し、時間がかかっても横展開していくという長期的な視点が必ず必要になってくる。経営者の目線が必要だ。全社最適を考えながら長期的な視点を持つことが求められる」と分析。CLOは物流の変革を長期的に進めていく視点を備えることが重要との見解を示した。
深井氏
商習慣変革の一丁目一番地がCLO設置
岩﨑氏は自身のキャリアとして、12年前からロジスティクス部長を務め、5年前に執行役員に就任、今年4月から新設のCLOを務めていることを紹介。「部長(だけ)の時代は経営の報告会には定期的に出られないという階層があった。執行役員になってから、執行責任を持っているというので、執行役員会議の中で(物流変革の取り組みについて)お話をしたり、経営戦略会議、経営の意思決定につながるところで報告を求められたりするようになった」と変化を語った。
その上で、経営的な立場になった後の職務として「最近は競合や他の業界の方々とどういうふうに協働的な輸送をできるかを考えることも増えている」と指摘。「自分で能動的に活動を行っていなければ(共同物流のような)スキームを作ることができない。役員という位置付けを与えられたからこそ、そうしたことを考えているのではないか。今年の時点で当社がCLOを創ったのは物流部門への取り組み方の真剣度が非常に高いということの表れであり、意義は大きいと感じている」とアピールした。
岩﨑氏
さらに、メーカーとして原材料などのサプライヤーとの物流契約をYKK AP自身が引き取りに行く方式に変更し、輸送をより柔軟に変えていける形態に変更していくよう提案するなど「組織の垣根を越えて、いろいろなことをやっていかなければいけない。これはやはり、執行役員CLOの立場でないと物が言えないだろうと最近は特に感じている」と思いを語った。
併せて、「物流現場に自動化設備をできるだけ多く取り入れていく上で、投資効果の経済性を見ていくのも、経営の一部としての立場としては非常に重要な視点。もうちょっと勉強していきながら、取り組みを深めていきたい」と述べ、設備投資の効果を見極めていくのもCLOの重要な役割になると解説した。
「CLOは商慣習を変えていく、モデルを変革していくことが第一の仕事。デジタル技術の専門家にならなくても、問題をよく理解して(解決を)にリードしていく役割はあるだろうと自分自身思っている」と明言。変革を進め上では業界他社や物流の協力会社との連携を深めるため、信頼関係を構築し、物流効率化で生み出せたメリットをパートナーとも分け合えるようにしていくことが欠かせないとPRした。
藤野氏は「商慣行がいろんなイノベーションを阻害しているのではないか。商慣行を改革していく上での一丁目一番地は物流担当役員の設置なのかもしれない。物流担当役員が出てくることで、だいぶ大きく変わっていくのではないか」と述べ、CLO導入による物流の課題解決の本格化に大きな期待を寄せた。
藤野氏(左)の問い掛けに回答する佐藤、深井、岩崎の各氏
(後編に続く)
(藤原秀行)