【爽快連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

【爽快連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

第17回:激化する米中貿易摩擦、東南アジア諸国はどう接しているのか

国際政治学に詳しく地政学リスクの動向を細かくウォッチしているジャーナリストのビニシウス氏に、「今そこにある危機」を読み解いていただくロジビズ・オンラインの独自連載。17回目は激突が続く米中の動向を、日本に最も近い東南アジア諸国はどう見ているのか?という視点で現状を解説していただきました。

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プロフィール
ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。

強い警戒感表明の裏にある思惑

米中両国間の貿易摩擦の激化に歯止めが掛からない。バイデン政権は5月14日、総額180億ドル(約2兆8000億円)分の中国製品を対象に関税を引き上げる方針を発表した。不公正な取引慣行への制裁措置を定めた「通商法301条」を発動する形で、中国製EV(電気自動車)への関税は現行の25%から4倍の100%へ変更。旧型のレガシー半導体、車載用電池、鉄鋼、アルミニウム、太陽電池なども対象となる。

米中貿易摩擦はトランプ政権時代の2018年からエスカレートしてきた。同政権は米国の対中貿易赤字改善を図るため、4回にわたり計3700億ドル(約57兆4000億円)相当の中国製品に最大25%の関税を課す措置を取った。

トランプ政権の4年間をリセットすることを訴えて当選したバイデン大統領ではあるが、対中姿勢ではトランプ政権の強硬路線を継承しており、今秋の大統領選挙でいずれの候補が勝利しても、中国に対する厳しい姿勢に大きな変化はないだろう。

中国もそうした米国の強硬姿勢には屈しない構えを堅持している。以前ご紹介した通り、中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は今年4月に関税法を可決した。同法は中国の貿易相手国が条約や貿易協定に違反して関税引き上げなどの措置を取った場合、報復関税などの対抗措置を発動することを明記しており、施行は今年12月1日の予定だ。明らかに米国の動きを意識したものだ。

米中の経済や貿易の世界をめぐる紛争がエスカレートする中、両国とそれぞれ強い関係を持つ日本は難しいかじ取りを迫られている。では、日本企業の進出が目覚ましい東南アジア諸国は超大国の争いをどう捉えているのだろうか。

インドネシアの次期大統領に今年10月就任する予定のプラボウォ国防相は6月1日、シンガポールで開催された東アジア安全保障会議で講演し、「米中対立について地政学的な緊張の高まりにグローバルサウス(新興国)は幻滅しており、大国は人類の共通の利益のために責任を持って行動するべきだ」と語り、米中両国に冷静な対応を求めた。プラボウォ国防相は昨年の同会議でも、米中対立を皮肉交じりに“新冷戦”と呼び、大国間対立の激化に強い警戒感を示している。

フィリピンのガルベス国防相も昨年、米中の経済デカップリング(分断)やウクライナに侵攻しているロシアの国際的な孤立など、大国間をめぐる諸問題に強い懸念を示した。2022年9月の国連総会の際にも、インドネシアのルトノ外相は、「東南アジアを新冷戦の駒にするべきではない」と釘を刺し、争う大国たちに警戒感と不満を示した。

欧米や日本と違い、多くの東南アジア諸国は高い経済成長率を維持しており、これからもさらなる発展が期待される。そのような中、米中対立や台湾有事、ウクライナ戦争など、大国や先進国が争いの当事者となっている現状に、東南アジア諸国は不満や苛立ちを募らせている。

地球温暖化や難民、食糧不足など今日の世界には解決しなければならない問題が多々ある中、本来であれば米国や中国など大国がリーダーシップを発揮することが望ましい。しかし、大国は自らの大きな責任に背を向けている。東南アジア諸国はそういった大国の行動が自らの発展の阻害要因になることを警戒しており、各国の閣僚たちからストレートに怒りや当惑の声が出てくる背景には、そうした思惑がある。

その一方で、米中対立を利用しようという狙いも見え隠れする。米中は如何にグローバルサウスを自らの陣営に引き込むかで競争を展開しているが、東南アジア諸国からすると、米中を天秤に掛け、米国に接近する姿勢を示すことで中国からの支援を呼び込み、同時に中国へ接近する仕草を見せることで米国から支援をもらうという形は都合が良い。前述のプラボウォ国防相も今年3~4月に訪中し、習近平国家主席と会談しており、中国との関係維持に余念がない。

東南アジア諸国も一枚岩ではなく、中国と南シナ海で領有権争いを繰り広げているフィリピンやベトナムは米国との関係強化を望む。半面、インフラ整備が遅れているカンボジアやラオス、ミャンマーは中国からの投資を積極的に受け入れている。東南アジア諸国は今後も自らの利益を考え、絶妙な間合いを取りながら米中両国に対峙していくのが確実だ。

(了)

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