EC商品の早朝・深夜配達に特化
※この記事は月刊ロジスティクス・ビジネス(LOGI-BIZ)2017年12月号「宅配便問題」特集で紹介したものを一部修正の上、再掲載しています。役職名や組織名、数値などの内容は掲載当時から変わっている場合があります。あらかじめご了承ください。
ソフトバンクグループ傘下でEC 事業者の商品配送を請け負っている。エンドユーザーが在宅している確率が高い早朝と深夜に特化することで再配達の問題解決に貢献。AI(人工知能)を生かして配送ルート効率化を支援するなど、配送事業者にも目配りする。
「新規事業提案制度」が契機
ソフトバンクグループで2017年創立のベンチャー企業MagicalMove(マジカルムーブ、東京)は、EC事業者向けに早朝と深夜に購入商品を配送するサービス「Scatch!(スキャッチ!)」を展開している。マジカルムーブがEC事業者からエンドユーザーへの配送を請け負い、実際の業務はパートナーの地域配送事業者が手掛けている。
スキャッチ!は早朝の午前6~9時、夜間の午後9時~午前0時の計6時間に特化。実際の配送時間帯は1時間ごとに区切り、エンドユーザーが指定できる仕組みだ。EC利用者が在宅している割合の高い時間に絞り込むことで再配達発生を抑え、EC事業者の負担軽減と配送ニーズ獲得を目指す。2017年11月初旬時点で東京23区と大阪市の一部をサービスエリアとしている。
オフィス用品などのインターネット通販を手掛けているアスクルの日用品通販サイト「LOHACO(ロハコ)」にサービスを提供。このほか、17 年秋からアパレルや靴のネット通販を展開しているロコンド(東京)、バイク用品などのネット通販サイト「Webike(ウェビック)ショッピング」を運営するリバークレイン(東京)の2社が相次ぎスキャッチ!の利用を開始した。
ソフトバンクグループといえば、携帯電話やブロードバンド通信、インターネット関連サービスなどの印象が強く、物流とは縁が遠そうだが、実際には携帯電話端末などに日々物流が発生している。またネットオークション国内最大手でECにも注力するグループ企業のヤフーが将来の国内流通総額ナンバーワン達成へ出店者向け配送サービスを拡充するなど積極的に取り組んでいる。そうした事業環境も、スキャッチ!が生まれる土壌の一因となったようだ。
スキャッチ!のロゴ(マジカルムーブウェブサイトより引用)
スキャッチ!の提供開始は、もともとソフトバンクグループが従業員から新規事業のアイデアを募り、ビジネスとして展開できるよう促進する新規事業提案制度「ソフトバンクイノベンチャー」がきっかけだった。アイデアを提唱し、現在はマジカルムーブ社長を務める武藤雄太氏は「日本のECをもっと伸ばしていくにはどうすればいいかというところから、商品を受け取る側の問題に着目し、孫正義社長ら経営陣にEC利用者がより購入した商品を受け取りやすい配送事業を提案、認めてもらった。このサービスが社会的にも必要とされるということは理解してもらえたと思う」と振り返る。
新規事業として提案した数年前はまだ、今ほど物流現場の人手不足が叫ばれておらず、「物流危機」といった衝撃的なメッセージが物流業界から発信されることも少なかった。武藤社長自身はソフトバンクグループで携帯電話関係の業務を担当していたが、ECや物流には携わってこなかった。
しかし、ネット通販で購入した商品をなかなか受け取れなかった自身の経験から、「ECが伸びるのに伴い配送網の負担が増えると予想できた。技術を生かせば宅配事業者をサポートすることができるかもしれないと思った」と解説する。一ユーザーの視点が新サービス誕生につながった。
孫社長らのゴーサインを得て、試行錯誤の末、15年にソフトバンクグループで新規事業を手掛けるSBイノベンチャー(東京)が中心となり、EC商品配送の新サービス開始にこぎ着けた。
当初は現在のサービス形態と異なり、個々のEC事業者と契約するのではなくEC利用者に会員登録してもらい、ニーズに応じて対象商品をEC事業者からいったんソフトバンクグループの倉庫に運び込んだ上で、そこから利用者に届けていた。
武藤社長は「どこのeコマースのサイトでも利用できるようにしようという意図だった。ニーズが根強く存在することは分かったが、どうしても物流が二重になり、配送の日数が余計にかかる。荷物受取時間帯の問題は解決できても、別の不便を生み出してしまうので、このサービスの形がゴールではないなと感じた」と語る。
そこで、1年ほど前に従来のスキームを現在の流れに再構築した。特定のEC事業者と契約し、事業者の物流センターからマジカルムーブのパートナー配送事業者が直接エンドユーザーに商品を送り届けている。現行の仕組みを採用したことで、配送リードタイムを短縮し、サービスの利便性も改善できた。17年には新設したマジカルムーブが事業を担う形に移行した。
ECのエンドユーザーはスキャッチ!の提供時間帯を利用したい場合、マジカルムーブではなく、必要に応じてEC事業者に費用を払っている。EC事業者で配送時間帯を選ぶ際にも、マジカルムーブやスキャッチ!の文字が大きく掲載されているわけではない。武藤社長は「特別なサービスというよりもごく自然なものとしてエンドユーザーの方々にお使いいただきたい」と説明しており、裏方に徹したいとの考えがにじみ出ている。
スキャッチ!のウェブサイト
ドライバーの現在地をウェブで表示
スキャッチ!の大きな特徴の一つが、サービスレベル向上へITを積極的に活用している点だ。EC事業者のサービスサイトでスキャッチ!利用を申し込むと、エンドユーザー向けの専用サイトを通じて地図上で荷物を届けるドライバーの現在地をリアルタイムで確認することが可能だ。商品を届けるドライバー早朝や深夜に自宅を訪れることから、不安を解消するため、エンドユーザーが事前にドライバーの来訪を把握しておけるよう配慮した。利用者自身が早朝や深夜を指定していることもあり、「配送に絡むクレームやトラブルはこれまで特段報告されていない」(武藤社長)そうだ。
さらに、配送を担う事業者にも目配りしている。事業管理用のサイト経由で、各ドライバーが当日担当する配送先などのデータを踏まえ、AI(人工知能)を活用して最適な宅配の順序と必要な車両数を割り出し、業務に反映してもらっている。武藤社長は「配送先が毎日変わる点はAIの技術と相性が良い。効率的に配送できるようサポートしていきたい」と強調する。
具体的な利用件数などは今のところ開示していないが、EC事業者としても利便性拡充は誘客の大きな武器となるだけに、サービス導入に関する問い合わせが相次ぎ寄せられるなどEC業界で注目度が徐々に高まっているようだ。現状では東京やその周辺に倉庫を持つことなどがサービス利用の条件となるが、武藤社長は「現状とは異なるジャンルのEC事業者とも連携し、取り扱う商材のバラエティーを広げていきたい」と説明する。
武藤社長が心に刻む言葉の一つに「時代は、追ってはならない。読んで仕掛けて待たねばならない」がある。孫氏がツイッターなどで発信した“経営名言”だ。スキャッチ!もまさにそうした精神が生かされた格好だ。武藤社長は「物流は非常にやりがいがある領域。『物流は経済の血液』であり、止まることは許されないので、さらに便利なサービスをつくっていきたい」と力説している。
(藤原秀行)