その2:サービス特化モデル
タナベ経営 土井 大輔 ストラテジー&ドメインコンサルティング事業部 本部長代理 兼 物流経営研究会 リーダー
多くの方がご関心をお持ちの「選ばれる物流企業」になるためのポイントと4つのビジネスモデル。今回は高収益体制を実現する上で大変参考になる、新たなモデルをご紹介します。ぜひご一読を!
土井大輔氏(タナベ経営提供)
「他の物流会社が対応できなかったので依頼が来た仕事は無いか?」
前回はノウハウを活かした高収益ビジネスモデルの1つである「物流+αモデル」を取り上げました。第3回はさらに別の高収益ビジネスモデル「サービス特化モデル」について、事例を交えて紹介します。
サービス特化モデル
物流は「波動との戦い」です。「サービス特化モデル」は、特定のサービスに絞り込んで効率を高めることで高収益を実現しているモデルです。なお、特定のエリアに特化して物流6大機能を提供することで効率を高める「エリア特化モデル」もここに含みます。
今回の事例から学んでいただきたいことは、皆さんの成長過程や過去の顧客・案件実績から“無理難題を言われたことは無いか?” “他の物流会社が対応できなかったので貴社に依頼が来た仕事は無いか?”という点です。「サービス特化モデル」は、このニーズに特化してサービスを提供するモデルです。
事例:H社――“企業の総務系”をターゲットに
H社は創業約80年を迎える運送事業が祖業の会社です。同社から学ぶポイントは、事業におけるマーケットのセグメンテーションです。具体的に説明すると、H社は“企業の総務系”という職種をマーケットとして、ノウハウを活かして事業化しています。
本連載の第1回にも記載しましたが、事業とは「ノウハウ×マーケット」であり、“誰に対して” “どのようなノウハウを活かして”選ばれるかが明確でないといけません。
同社は全国に複数の拠点を展開している物流会社です。各拠点で1年間に数回、企業のオフィス引っ越し依頼があり、全国で集計すると年間で数億円の実績がありました。企業の総務系をターゲットとして、「事務所移転のレイアウト・内装工事・書類の保管・機密文書処理・不要什器の買取サービス」などをサービスメニュー化して総合的にサポートしているのです。内装工事・電気工事・プロパティマネジメント会社などとの連携により対応の幅を広げることも見据えています。企業のコーポレート機能は全社員数に対する人員比率が低い(少ない)ことが多く、移転なども頻繁にあるわけではないため、準備や気を付けるポイントに対するノウハウも持っていないことが多いです。
同社から学んで欲しいポイントは「マーケットの切り方」です。企業の引っ越しマーケットというセグメンテーションではなく、数年に1回しかしない「企業のコーポレート機能にノウハウが無い業務」をセグメントしているのです。
もう1つの事業は“ビルオーナー・管理会社の潜在的課題”をマーケットとしたオフィスビル内のデリバリー事業です。オフィスビルには多くの会社がテナントとして入居しているため、出入りする荷物の数量は膨大で、出入り業者が増えるとセキュリティの問題も発生します。そのため、同社が窓口となってビル内の搬出入品を共同配送化することにより、一括集中管理してモノの流れを統制するデリバリーシステムを構築。さらにはメール室業務の対応も含めて対応しています。
ビル内のデリバリー事業では、毎日出入りすることで情報収集も行っています。また、バックオフィス効率支援の案件も確保することで事業シナジーも構築。まさに物流は情報で繋がっていると言えます。
事業を推進するためにはマーケットの切り方だけではなく、“ノウハウの蓄積”と事業を推進するための人財確保と育成が必須です。第1回でお伝えした“物流会社のノウハウ発揮の領域”を再確認していただきたいのですが、物流6大機能で対価をいただき、「選ばれる理由」を確立するために荷主のサプライチェーン領域、もしくは物流戦略領域を目指すべきです。
また、同社は戦略的に組織を組成し、物流コンサルティングと業務設計、具体的運用の立ち上げまでを行い、その後の運用は各事業部に引き継いでいくといった特徴的な取組を行っています。さらに、並行して専門人財の確保も手掛けており、財務・ファイナンス・M&A対応のために公認会計士を、プレゼン・ワークサンプリング・顧客の成果分析などのために同業の経験者を、IT・システムを強化するためにシステムエンジニアや開発経験者をそれぞれ採用しています。人財育成では社内認定資格制度も確立しています。
自社のノウハウを伝える“事前価値”を高める5つの施策
受注型事業である物流業は、取引を始めると荷主に自社の良さや品質などの価値を分かってもらえますが、取引前にはその価値が伝わりにくいという特徴があります。特に、無形の価値を提供する物流サービスにおいては、目に見えるサンプル商品がないため難しいのです。
(タナベ経営提供)
施策①現場力を魅せる(視察・動画)
自社のサービス品質を説明するためには、現場を見せるのが最も説得力があります。5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)の状況、従業員の姿勢、働く環境など、企業風土も伝わります。最近はウェブサイトやSNSなどのデジタルツールが人的営業以上の貢献をすることがあるため、動画の活用も効果的です。
定期的に既存荷主や従業員の家族を招いている物流会社もあります。自分の仕事が見られるのは良い刺激になるのでしょう。現場視察の受け入れや動画の活用を推進していただければと思います。
施策②サプライチェーン・ミーティングを実施する
物流会社が業務上でやり取りする相手は荷主側や元請けの担当者が多くなります。この施策のポイントは、荷主側の経営陣や調達・生産・販売などの各機能の責任者などと合同で調達~生産~販売~在庫・返品のサプライチェーン全体について、どこにダブつき・遅れがあるのか、どこで情報が途切れるのか、どこを改善すれば最適化・効率化されるのかを定期的にミーティングすることです。荷主の商流や物流の全体像が把握できる上に、経営陣や幹部など意思決定者との関係も構築することが可能です。物流会社のノウハウ発揮の見せ所です。
施策③荷主向けセミナーの開催
荷主向けセミナー開催の目的は3つあります。1つは新規荷主との接点の確保、2つ目は既存顧客(荷主・元請け含む)に対しての自社の力を魅せること、3つ目は自社の企画力・プレゼン力の向上です。多くのクライアントから「お客様によってそれぞれ違う」「扱う荷物の種類で特性が異なる」と言われますが、それは顧客と荷種の特性です。逆に言い換えると、委託する側(荷主側)にとっても特性を理解して対応してくれる物流会社を選びたいはずです。オンラインセミナーやリモート営業を“通常業務”に取り入れないと手遅れになるでしょう。
施策④荷主業界研究チームの発足と事例紹介
荷主の業界で今後求められることや、事業に関係する法令の動き、海外先進企業の動向、IR情報などを調査し、荷主の成長戦略の実現に向け、物流会社としてどのようにサポートできるかを提案することが、真のパートナーとしてのポジション確保につながります。自社の営業活動や提案活動に活かすことで、組織自体も提案型・自発型に変わっていきます。
施策⑤全社・グループショールーム(実績・歴史・総合力を魅せる)
ショールーム施策は、自社の実績・歴史やトップメッセージ、自社グループや協力会社のネットワーク、現場の環境改善、環境負荷低減、デジタル化、デザイン経営などを伝える場となります。企業価値向上のための取り組みは、今後ますます求められるでしょう。
このような活動の発信は、採用活動にも効果的です。ショールームだけでなくコーポレートサイトも活用して、実績・歴史やトップメッセージ、総合力を発信していただければと思います。
(次回に続く)
大手システム機器商社を経て、2006年タナベ経営に入社。2016年より物流経営研究会リーダー就任。「物流が世の中を支えている」という想いで物流経営研究会を立ち上げ、物流業のサステナブルモデルを開発。「荷主側の経営課題」を把握した上での物流会社の事業戦略構築を得意とする。また、製造・卸売・小売・サービス・建設業の経営支援も数多く手掛け、熱意あふれるコンサルティングで多くのファンを持つ。
※タナベ経営のホールディングス化・社名変更により、著者は10月1日より「タナベコンサルティング」に所属予定