【独自・動画】しなやかに、確実に物をつかめる「ソフトロボティクス」が物流を救う

【独自・動画】しなやかに、確実に物をつかめる「ソフトロボティクス」が物流を救う

ブリヂストンが実用化目指す革新技術、ピースピッキングへの活用に期待

ブリヂストンが、タイヤやホースなどのゴム製品で培ってきた技術と経験を生かし、これまでの産業用ロボットのイメージを大きく変える新製品の実用化に挑んでいる。人の手のように柔らかく動く「ソフトロボティクス」だ。

ロボットハンドとして動作させればシャンプーボトルや牛乳パック、レトルト食品の袋といった重さや形状が様々な物を、いずれも最適な力で持ち上げ、壊したり落としたりせずに運ぶことができるのが最大の特徴だ。同社の開発担当者らは物流施設のピースピッキング作業を担えると見込む。

今年1月には、ソフトロボティクスの事業を推進するための社内ベンチャーを立ち上げた。先進的な技術を持つスタートアップとの本格的な連携も開始した。しなやかに、しかし確実に物をつかむ技術は、人手不足に悩む物流業界の「救世主」になるとの期待が高まっている。同社は2024~26年に小規模な事業化を果たすことを目標に掲げている。


ソフトロボティクスの技術を用いたロボット。ハンドがシャンプーボトルのような複雑な形状の物でもスムーズにつかみあげることが可能

40年前に開発始まった技術へ光を当てる

ソフトロボティクスの根幹を占める技術が「ゴム人工筋肉(ラバーアクチュエーター)」だ。ゴム製チューブに高い圧力をかけて空気を注入したり、抜いたりすれば筋肉のように伸縮させることができる。さらに、高強度の繊維によるスリーブでチューブを覆っていることで、動きにやわらかさを生み出している。

産業用ロボットと言えば、一般的には重い物を持ち上げる直線的な動きが思い浮かぶ。しかし、ソフトロボティクスは崩れやすい果物や割れやすい卵でも、やさしくつかめるという驚異の性能を見せてくれる。注入する空気圧を高くすれば重量物にも対応可能だ。

ゴム人工筋肉は同社内では約40年前に開発が始まっていた画期的な技術だが、なかなか事業化に至っていなかった。そこに光が当たるきっかけとなったのが、同社が2021年に始めた現行の中期事業計画に盛り込んだ「探索事業」だった。コアコンピタンス(競争力の中核)の既存技術を生かし、新たな事業を生み出そうとする取り組みだ。


ゴム人工筋肉

ソフトロボティクスの推進役の1人、同社の音山哲一探索事業開発第1部門長は以前から、既存事業を守るだけでなく新たな領域にも挑戦していく必要性を繰り返し社内で訴えていた。そこに2020年秋、石橋秀一CEO(最高経営責任者)から直接、発破をかけられた。「3カ月一本勝負で、若手を集めて好きにやってみろ」。

その言葉に発奮し、新規事業の開発に率先して着手、社内で議論を重ね、CEOから言われた通り、3カ月間でソフトロボティクスに照準を合わせることを決めた。21年の1月、CEOからもゴーサインが出てメンバーが集まり、革新的なロボット技術の開発が本格的にスタートした。同年の7月には事業化を目指した準備室が立ち上がった。

音山氏は「メンバーが300社以上を回り、要望をしっかりと聞いて、ソフトロボティクスの在り方を固めていった」と振り返る。当初はゴム人工筋肉の収縮の動きに着目しており、ピッキングに使うという発想はなかったそうだが、顧客のニーズを丁寧に聞く中で、物流現場の人手不足解消に役立てられるのではないか、ということに気づいた。


音山氏

プロジェクトが大きな関心を集める契機となったのが、22年3月に東京都江東区有明の東京ビッグサイトで開かれた世界最大規模のロボットに関する展示会「2022国際ロボット展(iREX2022)」だ。ブリヂストンとしては33年ぶりの参加となった。果物でもやさしく包み込むロボットハンドの動きは来場者に衝撃を与えた。

「大反響だった。いろんな方から評価をいただけた」と音山氏は振り返る。同じ年の9月には、アジア最大級の物流に関する展示会「国際物流総合展2022」にも出展。こちらは物流施設内のピースピッキングをイメージしやすいよう、ロボットハンドの指の部分の間隔を調整するなど、物流現場を担う人々にアピールすることに腐心。その狙い通り、こちらも多くの来場者の関心を集めた。

いずれの展示会でも、知能ロボットシステムの開発を手掛けているスタートアップのアセントロボティクスと連携。同社が展開しているAIを使って対象物の大きさや形状を正確に把握するソフトウェアなどと組み合わせ、スピーディーにピッキングできるロボットを実現してみせた。

柔らかいロボットで“新しい景色が見たい”

「この柔らかいロボットを使って“新しい景色が見たい”、“新しい価値を生み出したい”と感じておられる方々から、お声掛けをいただいている。柔らかいロボットが人に寄り添い、人の生活を支えることで、人々が自分らしく豊かな毎日を歩める社会。多くの方々と共創し、その思いを実現していきたい」。事業準備室で音山氏とともに実用化を推進してきた山口真広氏は意気込みを見せる。

音山氏も「ロボットハンド自体が柔らかいので、人とぶつかってもけがをしない。産業用ロボットの近くに人がいても大丈夫ということ自体、これまでにない“新しい景色”と言えると思う。いずれはピッキングロボットと言えばブリヂストン、と認識してもらえるくらいにまで事業を育てていきたい」と、ソフトロボティクスの持つ革新性を強調する。


ソフトロボティクス開発などに携わっているブリヂストンのメンバー

準備室を構成してきた若手メンバーも、社会をより良く変えたいというモチベーションは強い。自ら志願してプロジェクトに参加した中山大暉氏は「ブリヂストンとしては社会の役に立ちたいという思いが源泉としてある。ソフトロボティクスという新しい価値を分かりやすく情報発信するとともに、需要と的確にマッチングさせていくことが重要。価値の受け取り手の感度は今後さらに高まっていくと思うので、さらにソフトロボティクスは受け入れていただけるのではないか」と期待を見せる。

他のメーカーから昨年ブリヂストンに転職してきたばかりの手塚晶子氏も新しい技術に魅せられ、志願した。「この先、新しい世界を物流以外の分野でもお見せできるかもしれないというのが非常に面白いと感じている。当社はロボットに関しては新参者だからこそ、ロボットの新たな姿をお見せできる可能性がある。新しいことにどんどんチャレンジさせてもらえる環境なので私も新しい世界を作っていきたい」と語る。

プロジェクト開始当時からソフトロボティクス事業開発推進部で携わってきた坂本勝也氏は「かなり面白いなと感じた。チームにいろいろなメンバーが集まり、非常にいい議論ができたと思う。ソフトロボティクスを使いたいというお客様が広がるのに従って、日用品以外のものにも対応できるようにしていかないといけない。課題を解決していきたい」と強調する。バラエティに富んだメンバーがロボットの革新を支えている。


(左から)中山、山口、音山、手塚、坂本の各氏

ソフトロボティクスの革新を引っ張ってきた事業準備室は、今年1月に社内ベンチャー「ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズ」へ格上げとなり、音山氏がCEOを兼務している。アセントロボティクスとは業務・資本提携を結び、より緊密にタッグを組んでいくことが決まった。「やるべきことはまだまだたくさんある。物流以外の領域でも活用の可能性を探っていきたい」。音山氏ら社内ベンチャーのメンバーは、事業の目標達成にまい進している。


東京都小平市の技術センター拠点「Bridgestone Innovation Park(ブリヂストン・イノベーション・パーク)」内にある「Bridgestone Open Innovation Hub(ブリヂストン・オープン・イノベーション・ハブ)」。ソフトロボティクスをはじめ、様々な技術が展示されている

(藤原秀行)

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