【注目連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

【注目連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

第2回:日本が次世代半導体の国産化を強化するワケ

第1回:サプライチェーンを脅かす地政学リスク(ウクライナ、台湾)

ロシアのウクライナ侵攻から1年が過ぎましたが、休戦の兆しは見えず、依然としてエネルギー価格の高騰や輸送ルートの大幅な変更などで物流業界を揺さぶり続けています。ある特定の地域で政治的・軍事的・社会的に緊張が高まることが関連する地域や世界全体の経済に打撃を与える「地政学リスク」の意味を、われわれは嫌というほど思い知らされました。

ウクライナ情勢は、中国と台湾の緊張関係に影響を及ぼす可能性があり、引き続き目が離せず、2023年の世界は激動が見込まれます。そうした未曽有の事態を前に、サプライチェーンを抱える日本の物流企業や荷主企業はどう対処していくべきなのか。真剣に検討すべきと言えるでしょう。

ロジビズ・オンラインは国際政治学に詳しく地政学リスクの動向を細かくウォッチしているジャーナリストのビニシウス氏に、「今そこにある危機」を読み解いていただいています。2回目は、次世代半導体の動向から見えてくる各国の思惑がテーマです。ぜひご一読ください。

ビニシウス氏の記事一覧

プロフィール
ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。

投資額5兆円に込めた狙い

次世代半導体の生産を目指す「Rapidus(ラピダス)」は2月末、今後2025年までに研究開発を進め、2027年から次世代半導体の量産を開始するため、北海道千歳市に新たな工場を建設すると発表した。次世代半導体はAIや量子といった先端テクノロジーの中核を担うが、近年それを巡って米中の間で覇権争いが激化し、日本政府は巨額の補助金を与えることで国内の半導体産業の復興を積極的に後押ししている。研究開発から量産にいたる投資額は5兆円に上るという。

では、なぜ日本は官民合同のもと、先端半導体の国産化を強化しているのだろうか。今回の論考では、その理由を地政学リスクの視点から説明したい。

これについては様々な背景があるかもしれない。だが、最大の理由は台湾情勢にあろう。周知のように、今日の先端半導体市場で台湾積体電路製造(TSMC)など台湾メーカーが世界を牽引しているが、近年その台湾の安全保障を巡って軍事的な緊張が高まっている。

昨年8月、ペロシ米下院議長(当時)が台湾を訪問したことがきっかけで、中国は台湾を包囲するような形で大規模な軍事演習を実施し、中国大陸からは多数の巡航ミサイルが台湾周辺海域に打ち込まれるなど軍事的緊張が一気に高まった。中国の習国家主席は台湾統一を成し遂げる姿勢を堅持し、そのためには武力行使も辞さない構えを崩しておらず、米軍幹部や議員の間では2027年までに侵攻に踏み切るのではないかとの発言が相次いでいる。

仮に中国が台湾侵攻を開始すれば、現地の半導体の生産プロセスに多大な影響が出ることは避けられず、従業員の国防動員や工場の操業停止などが発生することが考えられる。そして、中国が台湾をコントロールすることになれば、軍の近代化を目指す習政権は宝庫とする先端半導体を総なめにすることが可能となろう。

このようなリスクが現実味を帯び始めるにつれ、半導体分野で台湾依存にある日本企業の間では、先端半導体をリスクがない日本国内で研究開発、量産しようという動きが加速化していった。それが今回のラピダスの動きであろう。2024年1月には台湾で総統選挙が行われるが、独立志向が強い今日の蔡英文氏の後継者が勝利するのか、もしくはそれとは距離と置く親中的な候補者が勝利するのか、これから選挙戦が白熱化する。

習国家主席はまず今年の台湾総統選挙の行方を注視する可能性が高く、今年侵攻に踏み切る可能性はかなり低い。だが、1月に新たに米下院議長に就任したマッカーシー氏が今年春ごろに台湾を訪問する計画があると米メディアが報じた。中国は既にマッカーシー下院議長に訪問しないよう自制を呼び掛けたが、訪問が実現すれば中国は昨年8月のように大規模な軍事的威嚇に出ることは避けられないだろう。


Rapidusの小池淳義社長は今年1月、米ワシントンで行われた西村康稔経済産業相とジーナ・レモンド米商務長官の会談に、米IBMのダリオ・ギル・シニア・バイス・プレジデント兼IBM Researchディレクターとともに参加。2020年代後半にRapidusで生産開始予定の「2nmノード半導体」の高性能コンピューターを含む新市場創出に両社共同で取り組むことなどが話題となったという。日米両政府も次世代半導体の開発に強い期待を寄せる(Rapidusプレスリリースより引用)

米中のハイテク覇権に着目

もう1つは、米中によるハイテク覇権だ。上述のように、習国家主席は軍の近代化を押し進め、中華人民共和国建国100年となる2047年までに中国式現代化、社会主義現代化強国の実現を目指している。特に、軍の近代化においてはAI兵器や自律型誘導兵器などいわゆるハイテク兵器がカギとなるが、その心臓部分を担うのが次世代半導体だ。

今日、中国は次世代半導体で世界をリードする立場にはなく、その開発・製造に不可欠な技術や製造装置などの獲得に尽力を注いでいる。しかし、バイデン政権は昨年10月、先端半導体関連の技術や製品が軍事転用される恐れを警戒し、中国に対する半導体輸出規制を強化した。そして、今年1月、米国は半導体製造装置で高い世界シェアを持つ日本に対して、同規制で足並みを揃えるよう要請した。

米中双方とも次世代半導体が今後の軍事力のカギを握ることを認識し、その開発・生産に本腰を入れ始めている。このような米中ハイテク覇権のなか、仮に中国がハイテク覇権を制し、人民解放軍のハイテク化が進めば、日本の安全保障環境はいっそう厳しくなる。よって、日本としても国防力の近代化の観点から、次世代半導体の開発・生産を自力で強化する必要性に迫られている。今後、米中貿易摩擦はいっそう激しくなる可能性が高く、そのリスクを回避する必要があるのだ。

次回に続く)

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