【新連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

【新連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

第1回:サプライチェーンを脅かす地政学リスク(ウクライナ、台湾)

ロシアのウクライナ侵攻から2月24日で1年。エネルギー価格の高騰や輸送ルートの大幅な変更など、物流業界としても無視できない事態が続いています。ある特定の地域で政治的・軍事的・社会的に緊張が高まることが関連する地域や世界全体の経済に打撃を与える「地政学リスク」に人々が揺さぶられ続けた1年でした。

ロシアのプーチン大統領は世界から激しく非難されても、一方的に現状を変更しようとする姿勢をあらためようとせず、侵攻が終わる兆しは見えません。ウクライナ情勢は、中国と台湾の緊張関係に影響を及ぼす可能性があり、引き続き目が離せません。

2023年の世界はどのように動いていく可能性があるのか。そして、サプライチェーンを抱える日本の物流企業や荷主企業はどう対処していくべきなのか。以前にも緊急寄稿していただいた、国際政治学に詳しく地政学リスクの動向を細かくウォッチしているジャーナリストのビニシウス氏に、「今そこにある危機」を読み解いていただきます。

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プロフィール
ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。

24年台湾総統選挙戦の行方がポイントに

2023年が始まって1カ月余りが過ぎた。その間にも日本が中国向けの新型コロナウイルス感染症の水際対策を強化したことへの対抗措置として、中国が日本向けのビザ発給を突如一時停止したように、地政学リスクは企業の経済活動を脅かしている。そして、今後もサプライチェーンを中心に、企業は地政学リスクに巻き込まれ不測の損害を被る恐れがある。今回の論考では、そのリスクについて最新の情勢をもとに2つ観ていきたい。

まず、今後ウクライナ情勢は再び戦闘が激しくなる可能性が高い。ウクライナ国防省は1月、今年3月あたりに大規模な攻勢をロシアに仕掛ける計画を明らかにし、米国を中心に欧米諸国は主力戦車を大量にウクライナへ供与し始めた。米国の主力戦車MIエイブラムス、ドイツのレオパルト2、英国のチャレンジャー2など欧米からウクライナへ供与される最新鋭戦車は300を超えるという。

これに対し、プーチン大統領も徹底抗戦の構えを崩しておらず、ウクライナ東部での攻勢を強化する方針だ。昨年、ロシアがウクライナへ侵攻して以降、欧米とロシアとの対立は決定的となり、スターバックスやマクドナルド、アップルやエイチアンドエム(H&M)など世界的な企業が相次いでロシアから撤退。昨年9月以降にはトヨタ自動車やマツダ、日産自動車といった日本の大手自動車メーカーも撤退を表明した。

また、ウクライナ侵攻は世界的な物価高騰に拍車を掛け、ペルーやスリランカ、イラクなど各国では小麦や石油など生活必需品の価格高騰に怒りを爆発させた市民と治安当局の衝突が相次ぎ、多くの死傷者・逮捕者が出た。昨年以降、日本国内でも品々の値上げが相次いでいるが、ウクライナ戦争の影響は既に我々の日常生活に及んでいる。

現在のところ、昨年ほど世界経済に大きな混乱を与えないと思われるが、戦闘が再び激化すれば、昨年のように世界経済が混乱し、輸出入品が安定的に入ってこない、輸出入品の値段が上がるなどサプライチェーンへの影響は避けられないだろう。

また、台湾有事を巡る動きにも引き続き注意が必要だ。昨年8月、米国ナンバー3ともいわれるペロシ米下院議長が台湾を訪問したことがきっかけで、中国は台湾を取り囲むように軍事演習を実施し、大陸側から多くのミサイルを発射させ、一部は日本の排他的経済水域に着弾するなど、台湾を取り巻く政治的緊張が高まった。

現在のところ、今年、習近平国家主席が台湾侵攻という決断を下す可能性はかなり低い。今日、専門家の間でも、中国軍に台湾侵攻をスムーズに実行できる規模、組織力はないという意見が多い。また、習国家主席は昨年秋の共産党大会の席で、台湾統一のためにも武力行使も辞さない構えを改めて強調したが、国内では“反習近平、反共産党”の声もゼロコロナによって高まっており、台湾侵攻で失敗できない立場にある。

2024年1月には台湾で総統選挙が行われる。ここでポイントになるのは、独立志向が強い今日の蔡英文氏の後継者が勝利するのか、もしくはそれとは距離と置く親中的な候補者が勝利するのかだ。選挙戦は事実上今年が大きなポイントになるので、習氏はまずは今年の台湾総統選挙の行方を注視する可能性が高い。

しかし、偶発的な衝突により一気に軍事的緊張が高まる恐れは排除できない。台湾周辺で軍事的緊張が依然として続いているのも事実で、仮に偶発的衝突が発生すれば緊張は一気にエスカレートし、全面戦争に発展する可能性は低いとしても、経済や貿易の領域を主戦場に米中、中台間の戦い(輸出入規制、数量制限、高関税など)が激しくなるだろう。

日本企業は米国・フィリピンの安全保障協力の動きに着目を

今年に入っても、情勢は刻々と変化している。台湾国防部は2月1日、中国軍機30機余りが中台中間線を超え、台湾の防空識別圏に進入したと明らかにした。昨年8月の米ペロシ前下院議長の台湾訪問によって中国軍機の中間線越えが常態化している。1月上旬にも中国軍機60機余りが中間線を越えており、台湾は防衛力を増強するなど備えを強化している。

また、最近、新たに米下院議長に就任したマッカーシー氏が今年春頃に台湾を訪問する計画があると米メディアで報じられた。同氏も中国に対して強い警戒心を以前から示しており、今年台湾訪問に踏み切る可能性は十分にある。既に、中国はマッカーシー氏に台湾を訪れないよう呼び掛けているが、仮にそれが実現すれば中国は昨年8月のように大規模な軍事的威嚇に出ることは避けられず、マッカーシー氏の訪問前後に政治的緊張は高まることになろう。

一方、台湾有事を想定してか、米国のオースティン国防長官は2月2日、訪問先のフィリピンでマルコス大統領と会談し、米軍がフィリピンで使える基地を4カ所増やし9カ所にすることで合意した。基地はフィリピン北部ルソン島にあり、専門家の間では台湾有事も想定した軍事的トランスフォーメーションの可能性が高いとされ、今後日本企業は米国とフィリピンの安全保障協力から台湾有事の動きを捉えることも重要となろう。

次回に続く)

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