第12回:日本企業は「もしトラ」にどう備えるべきか
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ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。
混乱再来は必至、海外製造拠点の見直しなど検討を
2024年は「世界の選挙イヤー」と言える。早速、1月には世界が見守る中、台湾の総統選挙が実施され、現政権の政策を継承する民進党の頼清徳氏が勝利した。
議会に相当する立法委員選挙では野党の国民党や民衆党が議席を伸ばし、民進党は少数与党に転落。政権運営では国民党などの意見も考慮せざるを得ない状況だが、基本的には蔡英文政権の路線を継承し、中台関係は少なくとも今後4年間は引き続き冷え込んだ関係となるだろう。中国による台湾への軍事的挑発が常態的に行われ、輸出入制限などの経済的威圧も断続的に仕掛けられよう。
他にもインドネシアの大統領選挙(2月)やロシアの大統領選挙(3月)、欧州議会選挙(6月)などが目白押しだ。そんな中でも間違いなく今年最大のポイントとなるのは11月の米大統領選挙の行方だ。その結果いかんによっては2025年以降の世界情勢は大きく変化することが確実なだけに、今年は米国だけでなく、日本を含め世界が極めて重要な岐路に立っている。
もちろん、現職のバイデン大統領が再選を果たせば、地域紛争など有事が起こらない限り、日本企業を取り巻くビジネス上の環境に劇的な変化が生じる可能性はなく、基本的にはこれまでの4年間の対中姿勢、対露姿勢が継続される可能性が大きい。
一方、トランプが勝利すれば全く見えてくる光景が違ってくる。トランプの勝利は日本企業のビジネス環境も大きな影響を与えるリスクがある。まず考えなければいけないのはウクライナ情勢だ。
トランプは大統領に返り咲いた場合、ロシアとの戦闘が続くウクライナへの軍事支援をすぐに停止すると言及している。そうなればロシアのプーチン大統領が好機と捉え、ウクライナで攻勢をエスカレートさせることは間違いない。ロシアのウクライナ侵攻が引き金の1つとなった世界規模での物価の乱高下など、世界市場に再び大きな混乱がもたらされる恐れがあることを念頭に置かなければならない。
ウクライナ情勢は先が見えない(写真は昨年3月、訪問先のウクライナでゼレンスキー大統領による出迎えを受ける岸田文雄首相。写真提供は内閣広報室、外務省ホームページより引用)
また、今日の中東情勢では、イスラム組織ハマスへの激しい攻撃を続けるイスラエルに対し、諸外国から非難、反発が拡大しているが、イスラエル重視のトランプ政権が再来するとなれば、イスラエルに対抗して中東の武装勢力を支援しているイランと米国の間で緊張関係が高まり、中東情勢がさらに混迷するリスクも十分に考えられる。2020年1月、米軍が当時のイラン革命防衛隊の先鋭部隊「コッズ部隊」で実力者だったソレイマニ司令官をイラクで殺害した際、イラン側が即時に報復を宣言するなど、米国とイランの間で緊張関係が一気にエスカレートしたことは記憶に新しい。
最近はイスラエル情勢の影響でイエメンを拠点とする親イランのシーア派武装勢力フーシ派が、紅海を航行する民間船舶を狙った攻撃を繰り返し、日本や欧米の大手海運会社は紅海・スエズ運河ルートの航行を回避、喜望峰ルートへの変更を余儀なくされ海上運賃が上昇するなど、日本企業のサプライチェーンにも影を落としている。トランプが再選となれば、紅海の安全航行を取り戻せるのかどうか不透明になってくる。イスラエルとイランの対立を助長することも避けられそうにない。
そして、トランプ政権の際に勃発した米中貿易戦争が再び起こるだろう。先端半導体の覇権競争など、バイデン政権下でも中国との間では貿易摩擦が拡大したが、中国に対してより強硬な姿勢が目立つトランプが返り咲けば、中国製品の輸入を制限するなど予期せぬ行動を再び連発させる可能性が考えられる。そのリスクと対応には日本企業も悩まされることになろう。
先端半導体を巡る覇権競争では、バイデン政権は昨年1月、先端半導体の製造装置で世界シェアを誇る日本に対して規制に同調するよう呼び掛け、日本が追随。中国側の貿易上の対日不満が強まった。第2次トランプ政権は対中国の輸出規制の対象範囲を拡大し、日本に同調をより強く迫ることは十分考えられる。
経済安全保障とサプライチェーンの強靭化という視点から、日本企業にとっては見過ごせない大きな課題になる。米中間の貿易摩擦がいっそう激しくなる恐れを考慮し、例えば中国の工場で商品を製造、米国に輸出している企業は製造拠点の見直しや分散などを検討することも重要になる。
トランプは共和党の候補者を選ぶ州の予備選挙で、既にアイオワ、ニューハンプシャーとスタートから2連勝し、勢いづいている。候補者指名争いはますますトランプが有利となっている。次期大統領の正式な就任は25年1月だが、企業は「もしトラ」を踏まえて速やかに対応を始める必要があろう。
(次回に続く)