【独自取材】『物流危機は終わらない』著者の立教大・首藤教授に聞く(前編)

【独自取材】『物流危機は終わらない』著者の立教大・首藤教授に聞く(前編)

「トラックドライバーのルーズな労働時間管理に終止符を」

2018年12月に出版された『物流危機は終わらない―暮らしを支える労働のゆくえ』(岩波新書)が、物流業界などで話題を集めている。

“宅配クライシス”をはじめ、昨今物流業界が抱える長時間労働などの課題を労使関係の観点からフィールドワークも行いながら精緻に分析。いったい何が要因でどれほど深刻なのかを丁寧に解説した秀逸な入門書だ。さらに課題解決に向けた考察も試みており、物流業界の関係者にとどまらず、日々物流の恩恵にあずかっている消費者にも意識の変革と行動を訴えているのが印象的だ。

労使関係や女性労働を専門としている著者の立教大・首藤若菜教授は本書で「私たちが得ている『安さ』や『早さ』が、働く者の長時間労働や過労死と引き換えに存在するならば、それは果たして社会的公正に適うのか」との問題意識を表明しており、令和の時代が新たに始まった今、まさに全ての関係者があらためて真剣に考えるべきことと言えるだろう。

ロジビズ・オンラインではこのほど、首藤教授に本書をまとめた経緯などについてインタビューした。その内容を2回に分けて紹介する。


インタビューに答える首藤教授

下請け企業を「底上げ」する仕組みが必要

――そもそも物流業界に関心を持ったきっかけは何でしょうか。
「本書をまとめることになった直接の契機の1つはヤマト運輸の問題ですね。同社はわれわれ労使関係の分野の研究者からすればトヨタ自動車と並ぶようなモデル的存在であり、良好な労使関係で知られていました。そんなヤマトでなぜサービス残業などの問題が相次ぎ起こったのか、その背景を知りたいと思い、研究を進めました」
「当初はヤマトの問題で1冊の本にまとめようと考えていましたが、調べていくうちにヤマトだけではなく、長距離輸送なども深刻な問題を抱えていることが分かりました。新書は入門書との位置付けなので、編集者の方からもアドバイスいただき、物流業界の課題を体系的に捉えた構成にすべきだと考えました」

――先生は自動車業界などさまざまな産業分野の労使関係を研究されていますが、物流業界は他の産業分野と比較してどのように感じましたか。
「中小零細の事業者がすごく多いのがこの業界ならではの特性なのかなと思いました。そうした小規模の事業者が集まって熾烈な荷物の取り合いをしながら物を運んでいる実態は最初、かなり衝撃を受けました」

――そうした過当競争はいわゆる1990年の“物流2法”施行による規制緩和が発端との見方が根強いですが、どう思われますか。
「本書もその点を結構中軸に置いて書いています。労働時間などのデータを見ていくと、規制緩和より前に問題がなかったわけではありませんが、現場のいろいろな関係者にお話を伺うと、皆さん口をそろえて、以前はここまで状況が悪くはなかったとおっしゃいます。その点も強く印象に残っています」

――本書でも触れていますが、やはり多重の下請け構造が根源にある大きな問題だと感じます。
「自動車や建設といった業界でも多層的な下請け構造は見られます。下請けに行けば行くほど価格がどんどん下がり、利益が十分確保できないというのは幅広く日本に共通した問題です。物流の場合、どうしても荷物の量の波動がありますから、そこに対応していく上で下請けの存在との兼ね合いもあり、非常に難しい問題ではあります」
「ただ、最近は下請けの事業者に仕事を回しても結局引き受けてもらえず、自分のところに戻ってきてしまうという声をずいぶん聞きました。もう誰が運んでも赤字になってしまうという状態にまで買いたたかれているのが現実なのかなと感じました」

――下請け構造を変えるのは至難の業ですね。
「簡単ではないと思いますが、下請け構造の下の部分を底上げしていく仕組みは何か考えていかなければいけないでしょう。最低限順守すべき取引条件をまとめるなどしなければ、健全な市場形成、健全な競争はとても望めません」


ヤマトのサービス残業問題は残業代未払いが総額242億円にまで膨れ上がった(写真はイメージ)

――本書で1章を割いているヤマトのサービス残業問題は発覚当時、社会から激しく非難されました。今回調査されてみて、どのように感じましたか。
「もちろん、あれだけのサービス残業が横行していたことについては労使それぞれに責任があり、問題がなかったなどとは到底言えません。しかし、私は少なくとも、これまでに同社が労使で協力して人手不足などさまざまな問題の解決に取り組んだことは評価されてしかるべきだと思います。サービス残業の件も一応、労使で過去にさかのぼって大規模な調査を実施し、相当な額の未払い残業代を支払う決定をしました。調査範囲が妥当だったかといった問題はあるでしょうし、当然すべきことをしただけとも言えますが、ヤマトがそこまで対応したことで他の物流業界にも波及していく動きが見られました」
「できるだけ現場の業務を改善しながら付加価値の高いサービスを生み出し、生産性と賃金の両方を獲得していく。労組もそれなりに発言し、一定の労働条件を確保する。物流業界の深刻な課題を解決していく上では、同社の労使協調モデルは1つの手法として考慮されるべき存在ではないでしょうか」

――サービス残業問題の背景にあった過重労働は商習慣から変えていかないと宅配業界トップのヤマトでも対応が困難のように思えます。
「例えば再配達の問題を考えた時に、欧米では品物を玄関先に置いていったり、後でユーザーに営業所まで取りに来てもらったりすることが一般的です。日本はサービスが過剰になっていると個人的には思います。再配達の際にコストをいくらか負担してもらうといったことはあり得るでしょう。ただ、再配達してもらうのが当然になっている社会の中で1社が単独でサービスを縮小させていくのは、リーディングカンパニーであってもなかなか厳しい選択ではあるでしょう」

業界団体や産別労組がより踏み込んだ対応を

――ヤマトのような労使協力の形が広がれば物流業界が変わっていくかもしれません。
「今回調査してみて、トラックドライバーの労働時間管理が業界全体で非常にずさんだと感じました。ドライバーという仕事の特殊性もありますが、特に小規模な事業者になるほど何も管理されていないに等しいケースが多く見られました。これはどの業界でも共通して見られる傾向ではありますが、トラック運送業界は非常に顕著でした」
「最近は運行管理者がGPSなどでトラックの位置をしっかり把握できたりするわけですから、ドライバーの労働時間もきちんと管理しようと思えばできないことはないと思います。長年にわたるルーズな労務管理の土壌を若い人が嫌っている側面もかなりありますから、そこはぜひずさんな実態に終止符を打っていただきたいですね」

――ドライバー自身ももっと声を挙げるべきでしょうか。
「かねて物流センターで荷物の積み下ろしまでにドライバーが長時間待機を強いられている問題がありますが、私は最初にその話を現場で聞いた時、ドライバーの貴重な時間を奪いながら対価を支払わないのはとんでもないことだと強い憤りを感じました。ずっと待たせておいたあげく、次の日にまた来てくれと言われた、といったような本当に悪質な待機をさせている荷主の話もあちこちで聞きました」
「しかし、現場では結構当たり前、仕方がないと受け止められていて、感覚が相当まひしている。他の業界からすればあり得ない話でしょう。個々のドライバーや事業者が取引先に対して声を挙げるのはなかなか難しいところがあります。業界団体の全日本トラック協会や産別労組の運輸労連(全日本運輸産業労働組合連合会)はドライバーの厳しい労働状況を調査し、結果を集計して発表するなどの取り組みをされています。そこからさらに踏み込んで、業界全体の問題として改善を一層強く訴えていっていただきたいと期待しています」


『物流危機は終わらない―暮らしを支える労働のゆくえ』(岩波新書、税別820円)

(藤原秀行)

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