【必読連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

【必読連載!】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

第14回:台湾のTSMCが日本で半導体生産拠点を相次ぎ建てる理由

国際政治学に詳しく地政学リスクの動向を細かくウォッチしているジャーナリストのビニシウス氏に、「今そこにある危機」を読み解いていただくロジビズ・オンラインの独自連載。14回目は注目を集めている半導体業界の動向が持つ意味について取り上げます。

これまでの連載はコチラから!

プロフィール
ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している。

「政治は政治、経済は経済」と別物で捉える世界は終焉へ

半導体受託製造の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県菊陽町で建設を進めていた「熊本第1工場」が完成し、今年2月に開所式が行われた。今年中に本格稼働して出荷を始める予定で、TSMCはさらに2027年末の出荷スタートを目指して「第2工場」を建設することを発表。日本政府も総額1兆2000億円余りを投じて支援する予定だ。

そして、TSMCの半導体製造を支える半導体製造装置などを手掛けるサプライヤーも次々に熊本工場の周辺へ進出、対応を強化している。半導体の製造開始から完成までのプロセスでは多様な企業の協力が不可欠のため、台湾の半導体業界はまさに国家総動員的な立場で日本進出を強化していると言えよう。

なぜ台湾の半導体企業は日本進出を強化し、日本も政府や企業が一体となって支援しているのか。まず、経済合理性の視点から言えば、当然ながら双方にメリットがあるからだ。

日本の半導体産業が長く低迷しているのとは対照的に、台湾は半導体製造で世界の先端を走っている。熊本第1工場は自動車やデジタル機器に不可欠な高性能の「ロジック半導体」を生産する。日本企業としては、台湾企業と関係を強化することは最先端の半導体を国内で手に入れやすくなり、製造基盤の強化などにつながる。半導体企業も窮状を打開して再興に向かうチャンスになり得る。既に産業界などからは“日の丸半導体”の復活を期待する声が聞かれる。

さらに、TSMCが熊本に進出することで雇用創出などにつながり、地元経済への波及効果は極めて大きいのも日本の関係者にとっては大きな魅力だ。

一方、台湾側にも経済合理性の観点から大きなメリットがある。ロジック半導体を必要とする大手メーカーが多く存在するだけに、日本で直接製造すれば顧客の要望により迅速に応えられるようになる。加えて、経済安全保障の懸念も見え隠れする。最大の懸念事項は、台湾有事だろう。

既に触れた通り、台湾は半導体分野で世界の先端を走るが、中国はこの分野では台湾や米国、日本などに遅れを取っている。米国のバイデン政権は中国が先端半導体を軍事転用する恐れがあるとして、同分野での対中輸出規制を強化し、半導体製造装置で高い世界シェアを誇る日本やオランダも同調。中国側は先端半導体の獲得が難しい状況にある。

しかし、有事で中国が台湾をコントロールすることになれば、中国は長年欲しかった先端半導体に触手を伸ばすことが可能になるだけでなく、TSMCなどはこれまでのようなビジネス環境で半導体の製造ができなくなる恐れがある。

一方、日本側にも同じような考えがある。台湾が先端半導体のグローバルサプライヤーである今日、台湾有事によって半導体サプライチェーンの安定が損なわれれば、依存する日本企業のビジネス環境は一変する。リスクに備える意味でも、日本国内で先端半導体を製造できるようにし、米国や韓国、オーストラリアなどの友好国とともに半導体製造のサプライチェーンを強化しておくことは、経済安全保障上極めて重要になる。

冷戦以降、世界では経済のグローバル化、自由経済、資本主義が急速に拡大し、企業は政治的な縛りが少ない環境で自由に海外ビジネスを展開してきた。しかし、中国が覇権主義を強め、ロシアがウクライナに侵攻して世界経済を大きく揺さぶったことからも分かる通り、政治は政治、経済は経済と別物で捉える世界は終焉へと向かっている。

今後もグローバルな経済取引、経済の相互依存は続くものの、われわれが生きる世界は分断、国家間対立の事態へと回帰しているのだ。そういう世界においては、企業のサプライチェーンが脅かされる可能性は必然的に高まる。TSMCの熊本進出はグローバル企業が置かれている経営環境の厳しい変化が背景にあると捉えるべきだ。そして、分断と国家間対立の時代を前提としたサプライチェーンの在り方を追求することがますます重要になっている。

(次回に続く)

テクノロジー/製品カテゴリの最新記事