【独自】空港グランドハンドリング協会・小山田会長インタビュー(前編)

【独自】空港グランドハンドリング協会・小山田会長インタビュー(前編)

「業務標準化で負荷軽減、持続可能性高める」

2023年8月、空港で飛行機の誘導や貨物の積み降ろし、旅客の搭乗支援などを担うグランドハンドリング(地上支援業務)業界として初めてとなる団体「空港グランドハンドリング協会」が発足した。初代会長に就任した小山田亜希子会長(全日本空輸=ANA=上席執行役員、ANAエアポートサービス前社長)はこのほど、ロジビズ・オンラインのインタビューに応じた。

小山田会長は空港運営に不可欠なグランドハンドリングの領域で新型コロナウイルス感染拡大が響き、一層拍車が掛かった人手不足の対策に業界を挙げて取り組んでいく必要性を強調。まずグランドハンドリングが抱える諸課題の正確な現状把握に努め、情報発信することで業界の果たしている重要な役割への認知度を高め、グランドハンドリングの持続可能性向上の機運を醸成していきたいとの考えを示した。

また、航空会社の系列によってグランドハンドリング専用車両の仕様や必要な資格の内容にばらつきがあり、業務の非効率につながっている点を解消するため、同協会が航空会社などと連携して業務の標準化を進めていく必要性を訴えた。

主なやり取りを前後編の2回に分けて紹介する。


取材に応じる小山田会長

コロナ禍で人材は1~2割減少

――まず業界団体を立ち上げた経緯からお伺いします。
「空港の機能を維持していく上でグランドハンドリングは不可欠な存在ですが、新型コロナウイルス感染拡大前から人手不足の問題が顕在化していました。さまざまな問題に対応できる体制を整備するため、まず有志の事業者12社で2022年11月、前身の組織となる『グランドハンドリング連絡会』を立ち上げました。そこから政府が主催する『持続的な発展に向けた空港業務のあり方検討会』で意見を申し上げるなど活動を続け、グランドハンドリング業界全体の意見として協会の設立に至りました。当初は会員としてグランドハンドリングを手掛ける50社、従業員数3万1886人でスタートしました(編集部注・今年4月1日時点で85社・3万8533人まで拡大)」

――現状、人手不足は相当深刻なのでしょうか。
「非常に厳しい状況だと思います。元々コロナ禍前から少子高齢化の影響を受けて課題ではあったのですが、コロナ禍に入り旅客の輸送需要が激減したことなどから、人材は以前より1~2割減少しています。コロナ禍後に旅客需要が回復して航空便数が戻る『復便』の局面になっても業界に人が戻ってきていないという課題もあります。残念ながらグランドハンドリング産業の先行きへの悲観論から離職される方も多いと聞いています」

――抜本的に待遇を改善しなければ人材をつなぎとめるのは難しいのではないでしょうか。
「そうですね。賃金だけではなく、労働時間の問題も大きいですし、職場環境の改善も求めていかないといけないでしょう」


協会のロゴマーク(空港グランドハンドリング協会提供)

――グランドハンドリングの領域で就労環境を改善しなければいけないという機運が高まってきたのはいつごろでしょうか。
「最近というわけではないと思いますね。例えば休憩スペースや更衣室の問題もありますし、個社ごとに、あるいは空港単位で取り組まれているところももちろんあるのですが、今後は業界団体の中で取り組んでいきたいと考えています」

――最初にご説明があった通り、グランドハンドリングが非常に重要な業務というのは疑念を挟む余地はありません。しかし、残念ながら空港の利用者の間ではグランドハンドリングの認知度自体がまだ高くなく、業務の重要性への理解もなかなか十分得られていないのが実情だと思います。その理由をどう考えますか。
「ここ数年でグランドハンドリング業務に対する認知度が上がってきたのではないかと思うんですが、一般的に航空という枠組みで考えると、どうしても目につきやすいパイロットや客室乗務員、整備士といった存在がクローズアップされがちですし、そうした職種の認知度に比べるとやはり、まだまだ不十分と感じます。コロナ禍になってから、例えば欧州などで顕著だったんですが、手荷物搬送や保安検査などを担うスタッフが足りず欠航を強いられたことがありました。そうした状況から、グランドハンドリングのスタッフがいないと運行に影響が出るということがマスコミでも取り扱われるようになってきました。これまでなかなかそういうことはありませんでした。コロナ禍というネガティブな状況ではありますが、認知が少し高まったという側面もあると感じています」

――日本でも海外と同じような状況にあったのでしょうか。
「実際にグランドハンドリングのスタッフ不足で便が欠航したことはなかったと思います。日本では何とかオペレーションを死守しようとしてスタッフの方々が相当頑張ってくださったというところも大きいでしょう。そうした負荷の増大が人手不足にかなり影響した可能性はあります」

「海外の航空会社が地方の空港に乗り入れたいと思っても、受け皿となるグランドハンドリングの人材がいないため、実現できないという事象が起こりかねません。特に首都圏に比べて地方の小さい空港はグランドハンドリングの人手不足が顕著になっていると聞いています。われわれも実態の把握に努めています。まずは厳しい業界の実態を明らかにしていかないと、本当に芯を捉えた打ち手にはつながっていかないでしょう」

――政府は海外からの観光需要を取り込んで経済成長につなげようと、2030年に訪日外国人6000万人受け入れを目標に掲げています。グランドハンドリングの人手不足が解消できなければ、そうした目標の達成が非常に危うくなりかねません。
「おっしゃる通り、地方空港は現状、国内線の運航が中心ですが、今後インバウンド6000万人を目指す中では、国際線を受け入れる上で地方のグランドハンドリングの人材確保は一つの大きなテーマだと思っています」

業務の標準化進展に期待

――先ほどお話があった政府の空港業務のあり方検討会の中間取りまとめの中で、都市部の空港でグランドハンドリングの忙しい状況が常態化してしまっており、それが離職者につながっているとの指摘がありました。都市部の空港と地方の空港では対応すべき課題はかなり違うのでは?
「そうですね、共通項もたくさんありますけれども、課題が違う部分も大きいと思います。両輪でやっていかないといけないでしょう。都市部はどうしても業務が集中しますし、あとは一定の時間帯に忙しくなるということも課題だと認識しています。一方、地方空港は人手自体が不足しています」

――グランドハンドリングは旅客のイメージが強いですが、貨物の部分でも当然ながら不可欠の存在ですし、そこにも注目がもっと集まってほしいと思います。
「ご指摘の通り、航空貨物を支えている多くのグランドハンドリングスタッフがいらっしゃいます。そこは重視すべき部分です」

――協会設立の際に主な事業の一環として、基礎的データの収集・整理を掲げています。今後、どのようなデータを収集、世間に広くアピールしていこうとお考えでしょうか。
「そもそもグランドハンドリング業界にはどれくらいの企業があるのかということも、これまでなかなか把握できていませんでした。政府の説明では400社以上となっています。そうした基礎的なデータがそろっていないこともあり、空港を利用される方々の認知度が低かった。まずは業界の実態を把握することですね。協会では労働条件の改善などを議論する委員会を設置しています。それぞれの領域で問題を正確に把握し、どういった改善が必要なのかを発信するための準備を進めています」

――空港業務のあり方検討会の中間取りまとめでも、取り組むべき施策として系列ごとに異なる資格や車両仕様などの見直し・業界ルールの整備、GSE (空港用地上支援)車両の共用化・共有化の推進が盛り込まれています。業務負荷を減らすにはこうした標準化が急務のようですね。
「ご指摘の通り、資格や教育訓練などが標準化されてこなかったのも課題です。日本航空(JAL)と全日本空輸(ANA)の両グループの業務を担っているグランドハンドリング会社は、ANAの業務に関する教育を行うのと同時に、JALの業務に関する教育も実施しています。例えば同一の車両を運転するにしても2回教育を行っているんです。しかし、両社グループの教育内容はほとんど同じですから、グランドハンドリング業界からはどうにかならないかといった声も出ています。主にそうした規定を決めてるのはANAとJALの両社ですから、協調可能な領域で対応できることについて議論を進めています。こうした取り組みをさらに広げていくに当たっては、当然われわれ協会も絡んでいく必要があります」

「GSE車両のメーカーは同じなのに、各航空会社がばらばらに発注し、不具合が生じるとそれぞれ独自に安全対策を講じてきました。非常に非効率ですし、メーカーもコストなどの問題で、小ロットでGSE車両などを生産するのは厳しくなっており、安定した調達を果たすためにも標準化が必要です。当協会が発足し、業界横断で課題への対応を協議できる体制が発足しました。徐々に標準化されていくのではないかと期待しています」

――物流領域では競争領域と協業領域を明確に分けて、連携できるところは連携しようという潮流が強まっています。それと同じですね。
「おっしゃる通りですね。そうした動きは個社だけでは難しいですから、協会を立ち上げた意義があると思います」


ANAとJALは今年4月、両社のグランドハンドリング業務の委託先事業者が重なっている国内10空港を対象に、グラハン業務の作業資格を相互に承認する仕組みの運用を4月1日に開始したと発表した。両社が個別に設定していた作業資格を実質的に共通化し、委託先事業者の負荷を減らしたい考え(写真は業務のイメージ、ANAとJAL提供)

この仕事は毎日がドラマチック

――極端に偏っている男女比率の解消も協会設立の趣旨に盛り込まれていました。今後の活動方針は?
「男女比率は職種によって大きく変わります。地上のチェックインやゲート業務の仕事は全国の空港を見ても女性が圧倒的に多いんです。そういうところへの男性の参画はもっと進めていくべきだと思います。半面、グランドハンドリングの中でもランプと呼ばれる駐機エリアなどでの飛行機誘導や手荷物・貨物の積み降ろしといった業務はやはり力仕事のイメージが非常に強く、圧倒的に男性が多いですね。どうすればもっと女性が働きやすくなるのかをさらに検討していかないといけないと思っています」

「最近は女性の方がグランドハンドリング業務に関心を持たれる『グラハン女子』といった言葉があると聞きます。しかし、現実にはグランドハンドリングの募集をしても定員を割り込んでしまっています。男女比もさることながら、やはり仕事の魅力自体を高めていかないといけないですね」

――会長はANAに入社された後、エアポートサービスの経営トップを務められるなど、さまざまなキャリアを積まれており、グランドハンドリング業務の経験が豊富です。グランドハンドリング業務の魅力を若い人にどのように伝えたいですか。
「世間ではグランドハンドリングが単調な仕事と思われている側面があると思うのですが、実際には決して単調な仕事でも、ルーティンワークでもありません。航空機に関わる仕事は毎日毎日、状況が違うんですね。天候によっても大きく左右されますし、あるいは機体や整備の状況によっても業務の内容が変わります。目まぐるしい変化の中でもベストな判断をして安定運行を実現させていく。私は今、業務で羽田空港におりますが、国内線で大体、1日当たり200便ぐらい出発しています。国際線でも40便近くに上ります。それだけの規模の運行を支えるというのは非常に意味があることだと思います。毎日がドラマチックなんですね。そうした仕事をやり遂げるのは非常に魅力的だと思いますし、元々そういう仕事をやりたいと思ってこの業界に入ってきている人が多いですから、そうした姿をより多くの方に知っていただきたいですね」

――現在グランドハンドリング業務に就かれている方々もそうした意識をお持ちなのでしょうか。
「現場で頑張ってくださっている方々はそうした点に魅力を感じて残ってくれているはずですし、多くの方に仕事の厳しさだけではなく楽しさも味わっていただきたい。今は本当に小さなパイの中で事業者が人材を取り合っているようなところがありますが、やはりこのパイは広げていかないといけないでしょう」

――パイはどのように広げていきますか。
「メディアを通じてわれわれの主張を広めていただくことも重要ですし、航空の専門学校だけでなく、一般の学校に対してもアピールして、若い学生さんにグランドハンドリング業務の内容と意義を知ってもらうこともやらないといけないかもしれません。自治体などとも連携していきたいですね」

(後編に続く)

(藤原秀行)

雇用/人材カテゴリの最新記事