【独自連載】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

【独自連載】「今そこにある危機」を読み解く 国際ジャーナリスト・ビニシウス氏

第20回:中国軍機の領空侵犯に込められた意図を探る

国際政治学に詳しく地政学リスクの動向を細かくウォッチしているジャーナリストのビニシウス氏に、「今そこにある危機」を読み解いていただくロジビズ・オンラインの独自連載。20回目は8月に起きた大事件が示しているものについて、解説していただきます。

これまでの記事はコチラから!

プロフィール
ビニシウス氏(ペンネーム):
世界経済や金融などを専門とするジャーナリスト。最近は、経済安全保障について研究している

日本への揺さぶりは今後も続くのか

8月26日、日本に強い衝撃を与える事件が起きた。長崎県五島市の男女群島沖上空で、中国軍のY9情報収集機1機が日本の領空内を2分余りにわたって侵犯した。中国軍機による領空侵犯が確認されたのは今回が初めてだ。

防衛省によると、航空自衛隊の戦闘機がスクランブル発進し、無線で領空に接近しないよう再三にわたって警告したものの、情報収集機はその後も1時間半程度、周辺の上空を旋回し続けたという。日本政府は中国に強く抗議したが、中国政府はいかなる国の領空を侵犯する意図はないと主張、謝罪したり再発防止に努める旨を表明したりすることはなかった。

領空侵犯直後の8月31日にも中国海軍の測量艦1隻が鹿児島県沖の領海に侵入するなど、中国側の挑発的な姿勢は続いている。中国側はかたくなに、その狙いや真意を語ろうとはしない。しかし、ここに至るまでの状況と照らし合わせれば、一連の行為の背景には日本をけん制しようとする狙いがあったことは疑う余地がない。

以前にも本稿で触れたが、台湾では5月に頼清徳氏が新しい総統に就任した。その際、頼氏は就任演説で「台湾と中国は互いに隷属しない」と発言、中国の猛反発を招いた。就任式の直後、台湾を管轄する中国人民解放軍の東部戦区は、台湾本島を包囲するかのような大規模な海上軍事演習を実施し、頼政権をさっそく強烈にけん制した。

中国と台湾の対立が続く中、日本と台湾は7月、海上保安庁とカウンターパートの台湾海巡署が千葉県の房総半島沖で互いの巡視船を出動させて合同訓練を実施した。両機関が合同訓練を行うのは1972年に日本と台湾が外交関係を断絶して以来、初めてだ。双方が安全保障分野で接近を図っていることが浮かび上がっている。

さらに、頼氏の就任式には日本の国会議員30人余りが出席した。台湾の統一のためには武力行使も辞さないというスタンスをちらつかせる中国にとって、こうした台湾寄りの政治的姿勢を見せる日本は看過できない。それだけに、領空侵犯などで揺さぶりを掛けている可能性がある。

また、経済分野でも中国側の不満が募っていることもあらためて確認しておく必要がある。本稿で何度か触れてきたが、米バイデン政権が2022年10月、中国による先端半導体の軍事転用を押さえるため、先端半導体分野で中国への輸出規制を大幅に強化したのに伴い、日本にも追随するよう要請。日本側は受け入れ、事実上、中国への輸出規制に踏み切った。それに対抗するように、中国側は希少金属ガリウム・ゲルマニウム関連製品の輸出規制強化、福島第一原発の処理水放出開始を受けた日本産水産物の輸入全面停止と強硬策を相次ぎ打ち出した。

日中対立の激化から1年が経過する間、中国は一貫して日本産水産物の輸入を再開する姿勢を一切示さなかった。ただ、9月に深圳で日本人学校に通う日本人の少年が中国人に刺されて死亡するという痛ましい事件が起きた後、突如、輸入を再開させることで日中両国が合意した。この事件では、誠実さに欠ける中国政府の反応に対し、日本国内で不満と反発が高まっており、中国側が事態の鎮静化を図るためのカードとして輸入再開の話を出してきた可能性がある。

政治や経済における一連の中国側の対日不満を考慮すれば、中国側が領空侵犯という目立つ形でけん制したのも決して驚くことではない。9月25日には海上自衛隊の艦艇が南シナ海で行われる多国間訓練に参加するため初めて台湾海峡を通過、中国がさっそく警戒感を表明した。専門家は背景として、日本側が台湾海峡で航行の自由を主張する狙いがあるとみており、日本側も決して中国の主張を座して受け入れているわけではない。

日本の企業関係者は、今後も国際情勢や米中の半導体覇権競争などの影響を受ける形で、日中関係には断続的に緊張や摩擦が生じることを前提に物事を考えていくべきだろう。そのことはサプライチェーンの在り方にも大きく影響していくことになる。

(了)

経営/業界動向カテゴリの最新記事