【独自取材】「“ロボットが日常に溶け込んだまち”目指す」

【独自取材】「“ロボットが日常に溶け込んだまち”目指す」

日本革新技術の発信地・福島県南相馬市リポート(前編)

福島県太平洋沿岸部の通称「浜通り」に位置する南相馬市。人口5万4000人ほどの地方都市がロボット、ドローンなどの最先端技術を開発する企業・研究者から注目を集めている。物流分野でも日本郵便や楽天といった著名企業がたびたび実証実験を行い、ロボット開発適地としての地位を確立しつつある。現地リポートの前編として、南相馬市役所に行政サイドの施策と今後の展望を聞いた。


南相馬市役所本庁舎

来春に大規模な「テストフィールド」完成へ

福島県南相馬市にはもともと大手電機メーカー向けに試作品開発を手掛ける中小の金属加工会社が集積しており、精密・高度な技術力を持つ企業が歴史的に多かったことが背景にある。国は南相馬市の復旧・復興を進めるに当たりこの点に注目。国家戦略「福島イノベーション・コースト構想」においてロボット分野を将来的な発展の可能性に向けた産業の一つと明記した。

これを基に南相馬市では「南相馬ロボット振興ビジョン」を策定し、新たにロボット関連産業を通じた地域経済の発展と雇用創出を図るべく取り組みを推進している。2015年度に国や福島県とともに「福島浜通りロボット実証区域」を設置。これまでドローン(小型無人機)を中心にロボットの研究開発者や企業が数多く同地を訪れている。初年度は300人だったが16年度に1000人、17年度には4000人、18年度は8000人と急ピッチで増加している。

神沢吉洋経済部総括参事兼商工労政課ロボット産業推進担当課長兼企業誘致担当課長(当時、現経済産業省)は「ロボット研究者の中では知名度が上がってきているエリアだと思う。特にドローンに関しては相当認知されている」と評価する。さらに来年春には世界初となるロボット開発・実証の大規模拠点「福島ロボットテストフィールド」(RTF)が完成するなどインフラ面もより整備・充実される。


神沢吉洋経済部総括参事(当時、現経済産業省)

RTFは海沿いに位置しているため人や障害物が少なく、企業などからは安全面などで実証実験が非常に行いやすい環境との評価を受けている。加えて地域住民のロボット実験・実証に対する理解が極めて高いこともプラスに働いているという。

同エリアは震災時に津波で罹災している。その経験から“津波が発生・到達する前にドローンで早く察知できていれば”“海上を飛行するドローンと陸上の情報連携で避難誘導が正確・迅速に行えたら被害を小さくできたのではないか”――といった声がある。ドローンやロボットがあれば被害状況の確認や支援物資の供給もスムーズに行われた可能性が高い。

ただ震災当時はドローンなどがなく人海戦術に頼るしかなかった。特に海沿いの住民は震災で災害対応や物流を促すようなロボットの必要性を非常に強く感じており、ドローンや無人搬送車などの実証実験も柔軟に受け入れてくれるという。住民のロボットに対する社会受容性の高さが広範囲で多目的な実験を行える要素になっているといえよう。

イノベーション目指す人・企業に“伴走支援”

「南相馬ロボット振興ビジョン」は
▽人材輩出
▽技術革新
▽産業集積
▽ベンチャー輩出
▽教育先進
▽世界一ロボットの実証がしやすく、ロボットが日常に溶け込んだまち
▽ツーリズム・スポーツのフロンティア
――を骨子とする。

この中で最も重要とされているのが“世界一ロボットの実証がしやすく、ロボットが日常に溶け込んだまち”である。市内の各施設にロボットや先進技術を導入・活用するとともに、イノベーションを起こそうと取り組む人・企業を南相馬市が支えながら地域社会との調和を図る橋渡し役として機能する“伴走支援”を第一義としている点だ。


南相馬市で日本郵便が実証実験を行ったDrone Future Aviationの自律走行型配送ロボット「YAPE」

ロボットなどの先端技術は研究開発に加えて、これを受け入れて使いこなすというユーザー側の姿勢も重要になってくる。神沢総括参事は「例えば南相馬市で実証実験を繰り返して安全性が立証されれば、都市部など現状では物理的な制約から実証実験が行えないエリアでも付加価値サービスとしての前提条件を整備・クリアすることにもつながるだろう」と展望する。

またロボット活用に取り組んでいる他の自治体とも積極的に連携して、積み上げた実績や知見を共有することで広くロボットが社会に認知・普及するための土台づくりにも役立てたい考え。実際に他の自治体が視察に訪れるケースもあるという。

震災から8年が経過して現地では災害公営住宅の整備など復旧・復興は着実に進んでいる中、南相馬市ではロボット振興をエンジンとした産業発展に結び付けたい意向だ。ロボット研究者や企業が新しい技術を開発していく中で地元企業と連携することができれば南相馬市そのものが技術革新の発信地にもなる。

その代表的な例が造船重機大手のIHIと地元中小企業の協栄精機による共同実用化開発である。IHIは災害救援物資を輸送するドローンを開発していく過程で飛行中に物が落下しないよう保持する技術・ノウハウを必要としていた。これに対して協栄精機は工場の自動化設備や産業ロボットの開発実績を通じて物をつかむ技術を持っていたことから、IHIが協栄精機に開発プロジェクトへの参画を依頼。今件は安倍晋三首相が視察・激励するなど大手企業と地元企業のコラボレーション事例として期待が寄せられている。

これ以外にも市外の大手企業、スタートアップ企業と地元企業がタッグを組んで研究開発に取り組んでいるケースは相当数あるという。南相馬市では引き続きイノベーションに挑む企業・人をサポートすべく限りなく良い環境を整えていくスタンスだ。また実証実験や共同技術開発による人的交流の活性化は人材育成にもつながると捉え、技術・人の両面からこうした取り組みを推進することで産業集積にもつなげていく。


RTF上空を飛ぶNTTドコモのドローン

小学校1クラスの半分がトイドローン操縦を体験済み

ロボット振興は市民サービスの観点からも期待は大きい。南相馬市では震災後の人口流出や住民の高齢化に伴う生産年齢人口の減少により人手不足の問題が顕著になっている。直近の生産年齢人口は約3万人と震災前の約4万3000人から3割落ち込み、特に市南部の小高地区では新聞配達も厳しい状況だという。

加えて震災後に他の地域や県などから帰郷した多くは高齢者で買い物弱者、交通弱者の増加も懸念される。住民の生活レベル、企業の生産性を向上させるためにロボットやAI(人工知能)を活用した「ソサエティー5.0」の実現も視野に入れている。

将来を担う子どもたちへの教育・啓蒙活動も積極的に行っている。16年10月から市内の小中学校でロボット・ドローン教室を開催し参加者は延べ8000人を超えた。清信一芳経済部商工労政課ロボット産業推進室長は「お祭りなど地域の催し物でロボットやドローンの体験コーナーを開いており、今では小学校の1クラス当たり半分の生徒がトイドローンを操縦したことがある。東京大の協力によりドローンのプログラミングにも挑戦した」と言う。


清信一芳ロボット産業推進室長

ロボット開発で必須となるソフトウエアについては地元に当該企業がないため、県内の公立大学で情報関連分野に強い会津大とソフトウエア教育に関する協定を昨年10月に締結。地元企業への知識提供、地元高校での出前講座などを展開している。清信ロボット産業推進室長は「将来テストフィールドなどで活躍できるような人材育成も含めてロボットに対する社会受容性を向上。南相馬市から世界に羽ばたく人材を輩出することも願いの一つ」と期待を寄せる。

高齢化や人口減少は南相馬市だけに限ったことではなく、いずれ東京などの大都市部でも避けては通れない問題として存在する。神沢総括参事は「ロボットを通してソサエティー5.0のモデル地域、革新的な技術・サービスの発信地として未来の日本に資する町づくりを目指す」との青写真を描いている。

(鳥羽俊一)

この記事の続き:【独自取材】「テストフィールドがロボットの未来を切り開く」(2019/06/20 AM07:00 公開)

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