中小企業庁・川森課長補佐、機運醸成への決意表明
中小企業庁は2021年から、毎年9月と3月を「価格交渉促進月間」に設定し、受注側の中小企業が発注側企業と交渉、コストアップ分を取引価格へ適切に転嫁できるよう広報活動などを展開している。中小企業の経営状況を改善し、賃上げの原資を確保できるようにするのが大きな狙いだ。
月間の終了後は中小企業を対象にしたフォローアップ調査で交渉と価格転嫁の状況を把握、発注側企業への指導などに踏み切っている。人手不足などの影響で労務費や燃料費、原材料費の上昇が続く中、こうした取り組みの注目度が一層高まっている。
特に今年は「2024年問題」の本格的な開始を控え、解決に不可欠なトラックドライバーらの待遇改善を実現していくためにも、価格転嫁をより浸透させることが産業界全体に強く求められている。しかし、中小企業庁の調査によると、価格の変動要因が起きた際にどの程度最終価格に反映されたかを示す中小企業の「転嫁率」は昨年9月時点で45.7%。その中でもトラック運送業界は2割台にとどまり、対応の遅れが際立っている。
中小企業庁事業環境部取引課の川森敬太課長補佐(総括担当)はこのほど、ロジビズ・オンラインの取材に応じ、トラック運送事業者など物流業界に対して価格交渉促進月間を積極的に活用するよう呼び掛けるとともに、中小企業庁としても公正取引委員会や国土交通省と連携し、コストアップ分の価格転嫁の機運をより広く醸成していくことへの決意を示した。主な発言を紹介する。
川森氏(中小企業庁提供)
価格交渉促進月間とフォローアップ調査などの概要(中小企業庁ウェブサイトより引用)
発注側から交渉に応じる動き
――原材料価格の高騰などで経営環境がより厳しくなる中、価格交渉促進月間が持つ意味はさらに重要になってきていると思います。実際に政策を担当されていて、その辺りはかなり意識されていますか。
「そうですね、こういう活動は続けていくことが大事だと思っています。価格転嫁は結局、1社対1社の関係にとどまらず、サプライチェーン全体、そして消費者までつながっていく話でもあります。サプライチェーン全体の価格が上がってこないと経営改善のための原資が出てきません。物やサービスに対して支払われるお金が上がってくるためには消費者の可処分所得が増える必要があり、それには賃上げが社会全体で進むことがどうしても必要です。価格転嫁と社会全体の賃上げは両輪のような存在です」
「賃上げの動きは広がっていますが、物価上昇の影響で実質賃金は伸びていません。そこが反転すればより消費が増え、物やサービスの価格が上がる。価格転嫁も前向きに進むところがあると思っています。これからさらに賃上げの動きが広がってほしいですし、この先も引き続き価格転嫁をしっかりやっていきましょうと掛け声をかけて、その状況を明らかにしていくことは非常に大事になってきていると思います」
――価格転嫁は特定の業界だけ進むのではなく、全ての業界で進捗することが重要ですが、現状はまだ業界によって交渉の進捗や実際の転嫁の度合いに差が出ているように思えます。どのように感じていますか。
「取り組みの度合いそのものにすごくばらつきがあるとはあまり思いませんが、製造業よりも、トラック運送や放送コンテンツなどの業界のようにどちらかというとコストの中で人件費が占める割合が高い業種は、価格転嫁の交渉をする意思がないわけではないですが、苦労されている印象はありますね」
――政府内ではこれまでにも、内閣官房と公正取引委員会が昨年11月、労務費の上昇を価格交渉で適切に反映させていくための指針を公表するなど、価格転嫁を促すための施策をいろいろと展開されています。価格転嫁交渉の重要性については発注側、受注側の双方で認識が広がっていると思われますか。
「もちろん広がってきていると思います。私もいろいろな中小企業の方とお話をさせていただく機会がありますが、昔に比べれば圧倒的に声を上げやすい、発注側にお願いしやすい雰囲気になってきたとの声をいただきます。環境の変化は確実に起きていると思いますし、発注側から声をかける動きが広がっているのは調査結果でも出ています」
「ただ、良い方向には動いていますが、特に中小企業では、長年付き合ってきたお客さんに対して、コストが上がっても値上げをお願いするなんて、みたいな考え方の事業者さんもまだいらっしゃいます。皆さんが名前を知っている大企業は頑張って交渉をやっているけれども、大企業の中で本当に調達の現場を担う方々まで、経営として価格転嫁をしっかりやっていこうという考え方が浸透しているのかとか、よりサプライチェーンをさかのぼった時に上流の領域ほど意識が十分ではないという面が出てきていると思います。まだまだ課題は多いでしょう」
価格交渉促進月間のポスター(中小企業庁提供)
――23年の価格交渉促進月間の成果と課題はどのようにとらえていますか。
「先ほども触れた通り、発注側から価格交渉の動きが出ているのはものすごく大きな成果だと思います。基本的に価格転嫁の交渉は利他的な行動ですが、そうした行動を発注側がわざわざ取っているのは、過去数年間やってきて、理解が広がっていることを示しているのではないでしょうか。ただ、発注側から価格転嫁の交渉に応じたいけど原資がないといった声を至る所で聞きますので、まだ道半ばであり、今後も粘り強く継続的に取り組むことでより成果が上がってくるのではないかと思います」
――昨年9月時点の調査結果では、発注側からの申し入れで価格転嫁交渉が行われた割合が14.3%でした。数字だけ見れば非常に低い割合なのは間違いないですが、昨年3月の時点からは2倍程度になっています。良い方向に進んでいることを感じさせる動きでした。
「本当にそう思います。大企業は受注している取引企業が膨大で、特に物流の大手は何千社のレベルですが、そうした方々に1社1社認知してもらおうと取り組んでいる動きがあって、これはものすごく大変です。それくらいしっかりと、会社として社会的責任を果たさなければいけないと思っていただいているところがあるのは、環境が変わってきていると言えるのではないでしょうか」
昨年9月の価格交渉促進月間のフォローアップ調査結果(中小企業庁資料より引用)
評価の実名公表「かなり思い切った決断」
――中小企業庁は価格交渉促進月間のフォローアップ調査として、物流を含む主要企業の受注企業に価格転嫁の交渉状況を評価してもらい、4段階でランク付けした結果を実名で公表しています。率直に言って、かなり大胆なことに踏み切ったと驚きました。これくらいやらないと価格転嫁の交渉の重要性は伝わらないということなのでしょうか。
「このフォローアップ調査は反響が大きかったですね。中小企業庁としてもかなり思い切った決断ではありました。ただ、各社にとっては把握していなかった内容もあるので、しっかり受け止めていかないといけないと前向きに捉え、この調査結果をきっかけにして調達方針の改善などに取り組んでいただいていますので、状況の変化に貢献しているとは思います」
――物流業界の価格転嫁交渉の実施状況について率直にどう評価されますか。
「昨年9月のフォローアップ調査でも、残念ながらトラック運送業の価格転嫁率は下位でしたが、前回の昨年3月から数字自体は上がってきていますから、そこはわれわれとしては非常にポジティブに捉えています。何とか転嫁していこうという姿勢が数字に表れているのではないでしょうか。もちろん、多重下請け構造が続いていることや中小規模の事業者が多いことなど、業界特有の課題が価格転嫁率の低さに影響していることはあると思います」
「調査に協力された事業者さんからの自由回答でも、コスト上昇分を価格に反映してもらえるようにはなったけどまだ不十分、という記述が結構多かったですね。このあたりは国土交通省さんが積極的に取り組まれていますので、さらに改善が続くことを期待しています」
――今年3月の価格交渉促進月間で新たに取り組まれていることはありますか。
「労務費は公正取引委員会から価格反映の指針が出ました。転嫁する上でボトルネックだったところの根拠が示しづらい状況をなんとか突破していこうという狙いで、世の中の一般的な数値に基づいて交渉してください、発注側企業もそのことを尊重してください、という方針になっています。労務費の転嫁はまさに賃上げに直結してくる要素ですし、この指針については中小企業庁としてもぜひ使ってくださいと働き掛けてきたので、この指針を使ってどこまで前向きな動きが出てくるか注目しています」
トラック運送業の価格交渉の状況(中小企業庁資料より引用)
――活動の手ごたえはいかかですか。
「4月以降、アンケート調査でフォローアップしていきますので、今はなかなかどうなっているか分かりませんが、積極的に、ぜひ恐れずに交渉してくださいと呼び掛けている段階です」
――取引価格交渉月間を活用して転嫁を実現した事例はありますか。
「全てを詳細につかんでいるわけではないのですが、どちらかと言えば、発注側がこうした月間を取っ掛かりにして、サプライヤーさん、協力事業者さんと定期的に交渉するようにしたという事例があるとの印象です。もちろん交渉は9月、3月でなくてもできますので、それぞれの業界の慣行などに沿ってぜひ交渉はしていただきたいところですが、機会を設けることをしっかり意識して動いているとは聞きますね」
――発注側もきっかけをつかみあぐねていたという側面もあるのでは?
「先ほどお話したように中小企業庁のフォローアップ調査で各社の評価を社名入りで公表し始めたことについては、調達の分野がどの社がどのようなことをしているのか、なかなか外に言うこともないですが、他社の方がやっていることだから非常に関心が高いと感じていますし、以前にも発注側の好事例として、経営層がきちんと価格交渉をやるとの方針を社内の調達担当にも、社外の取引先にもそれぞれ伝えていたり、フォーマットを独自に作って価格交渉に必要な数字を入れてほしいと受注側に依頼して話し合いがしやすい環境を整備したりといったことを聞いています。あとは発注側も社内で、誰とどういう交渉をして、どういう進捗なのかをきちんと見える化、システム化しようとされている企業も多いです。この辺はわれわれも公表し、参考にしていただいています。やはり交渉状況はシステマティックに管理しないと担当者の意思を統一するのは難しいですから」
――価格交渉の重要性は理解していても、これまでやったことがないからどこから着手していいのか分からないというケースが発注側、受注側の双方で多いのではないかと思います。物流業界を含めて、そうした企業に対してどのようにアドバイスしますか。
「相談窓口として、47都道府県の全てに『よろず支援拠点』を設置しています。これは価格転嫁に限らず、中小企業の経営相談を受け付けていますが、ここでもアドバイスできます。国の窓口ではなくても各地の商工会議所ですとか、いろんな場所がありますので、そういうところを使っていただくのが一番早いと思います。とにかく当たって砕けろ、ではなく、個別の状況を考えながらどこの取引先と優先して交渉すべきかとか、どの程度の規模転嫁を求めるのかとか、そうした戦略はぜひ専門家を頼っていただきたい。国の方でもいろいろなサポートツールをそうしたポイントをしっかり用意していますので、ぜひ情報収集して使えるものは使うということを意識していただきたいです」
「フォローアップ調査にぜひ協力を」
――フォローアップ調査でも、交渉すれば何らかの結果は得られるということが示されていると思いますので、そこは企業の方々に理解してもらう必要がありますね。
「その通りですね。先ほどもお話した労務費の指針にも書かれていますが、交渉や転嫁ができていない業種が、なぜできていないかと言えば、そもそも交渉していないからという調査結果が出ています。動くことがやはり大事です。もちろん、価格交渉を申し出たら取引を切られるのではないか、と怖く思うのは理解できますが、だからこそ、どういう順番で取引先と交渉するのかといった考え方、戦略が大事になってくる部分もあるのではないでしょうか」
――発注側にとっても、これだけあらゆるコストが上昇している中、これまで通りの価格で取引ができると考えること自体、適切ではないと思います。そうした認識が広がっていくことが重要でしょう。
「おっしゃる通りです。公正取引委員会が労務費の指針で説明していたのは、何十年も発注価格が変わっていないのはものすごく特殊なケースであって、物の値段が上がっているのだから合理的に価格交渉し、合理的に値付けをしてくださいということでした。発注側も合理的に行動していただくことを理解してもらわないといけません。公正取引委員会も厳正に対処すると明言しています」
――トラック運送業を含む物流業界でも、発注側から数十年前の労務費のまま料金を据え置かれていたとのケースも耳にします。
「発注側はそれで交渉した気になっているというケースが結構ありますが、受注側にしてみれば、交渉ではなく一方的に言われているだけですから、本当に適切にできているかどうかあらためて見直してくださいとのメッセージを政府としても出しています」
――交渉に関しては1回やれば終わり、ではなく定期的に実施すべきものとの認識を根付かせることも重要だと感じますが、その辺の認識は産業界で浸透していると感じますか。
「年に1回や2回、何月に実施すると決めておくやり方もあるでしょうし、本来はエネルギー価格の動向など、その時々の状況に応じて柔軟かつ適切に転嫁していくためには、時期を決める方がいいのかどうか、いろいろな考え方があると思います。少なくとも定期的な交渉の機会があることは重要でしょう」
――フォローアップ調査については、企業の回答率が直近でも12%と低水準にとどまっていることも課題ではないでしょうか。
「それもおっしゃる通りで、やはり発注側を名指しして回答するので、特に良くない評価をする時は何かあったら怖いとの声が結構多い。ある程度は発注側に結果をフィードバックしないと改善につながりませんが、それはもちろん匿名性は担保しています。ここはご安心いただいて回答してほしいですし、回答が増えれば発注側にもより詳細な、いろいろな実態が見えるようになりますし、今後の改善につながります。今回、12%まで回答率が上がってきて、評価対象となった主要企業数は220と過去最大になりました。できるだけたくさんの発注側企業の評価を明らかにしていくことが世の中全体を良くしていくことにつながりますので、お忙しいとは承知しておりますが、ぜひ積極的にご協力をお願いしたいと思います」
――物流を含む主要企業の価格交渉状況のランク付けは今後も続けられますか。
「そうですね、少なくとも足元は継続していきたいと思っています。報道ではどうしても評価が低い方に注目が集まりますが、評価が良い企業も公表していますので、その点にも注目いただきたいですね」
――公正取引委員会などと今後どのように連携していきますか。
「公取委さんは中小企業庁と同じような立場で業種を問わず取引の適正化、価格転嫁に取り組んできているので、常に関係を密にしながらやっていきます。商習慣は業界・業種ごとにさまざまですし、転嫁の状況もそうです。そのあたりはそれぞれ所管の省庁と一緒に、どのような課題があって、どのようにアプローチしていくかを考えていかないと、中小企業庁や公取委だけでは何ともならないところがどうしてもありますから、ここは国交省さんがかなり力を入れているので一緒になって取り組んでいきたいですね」
――「2024年問題」を抱えるトラック運送業などの物流業界にとって、価格転嫁はまさにドライバーの待遇改善のためにも重要です。あらためてメッセージをお願いします。
「物流事業者さんは荷主さんとの関係もあると思います。業界全体として適正なサービスに適正な価格を付けてもらうということが非常に大事ですので、業界の中も外も、しっかり求めていくことが重要ですし、継続して取り組むことが結果につながってきます。価格交渉促進月間もいい契機にしていただいて、積極的に各社が取り組んでいただきたいですね」
(藤原秀行)