【独自】空港グランドハンドリング協会・小山田会長インタビュー(後編)

【独自】空港グランドハンドリング協会・小山田会長インタビュー(後編)

「カスハラ対策は急務、共通ガイドラインの整備などでスタッフを守る」

2023年8月、空港で飛行機の誘導や貨物の積み降ろし、旅客の搭乗支援などを担うグランドハンドリング(地上支援業務)業界として初めてとなる団体「空港グランドハンドリング協会」が発足した。初代会長に就任した全日本空輸(ANA)出身の小山田亜希子会長(ANA上席執行役員、ANAエアポートサービス前社長)はこのほど、ロジビズ・オンラインのインタビューに応じた。

小山田会長は、至急取り組むべき課題として、旅客対応を手掛ける現場スタッフらへのカスタマーハラスメント(カスハラ)の防止を挙げ、具体的にどういった行為がカスハラに該当するかの定義策定や業界で共通したガイドラインの取りまとめなどを図る考えを表明した。

また、深刻な人手不足への対応について、女性や外国人がより活躍できる環境の整備が必要と指摘。新型コロナウイルス禍前より2割減ったとみられるグランドハンドリング業界のスタッフ数を元の水準まで戻していきたいと決意を語った。

インタビューは同協会の曽原倫太郎執行理事(ANAオペレーションサポートセンター グランドハンドリング企画部長)も同席した。主なやり取りを前後編の2回に分けて紹介する。


取材に応じる小山田会長

日々の仕事通じて成長できるのが最大の魅力

――そもそも、ご自身がグランドハンドリング業界を目指されたそもそものきっかけは何だったのでしょうか。
小山田会長「就職活動ではメーカーなども受けたのですが、やはりサービス業は面白そうだなと感じたのがきっかけですね。先ほどもお話した通り、この仕事は本当に毎日毎日変化があるんです。私は旅客サービスの仕事に長く就いていましたが、1日として業務の内容が同じ日はありません。日々の仕事を通して自分自身、成長できたと感じています。もちろん、どんな仕事であっても自分を成長させられる要素はあると思いますが、グランドハンドリング業務もその点が最大の魅力でしょう」

「業務を順調に進められている時はなかなか成長を実感できないのですが、本当に挫折を味わったり、困難なことを乗り超えたりした時が成長を感じられるように思います。この仕事は試練も多いですし、シフト制の職場はハードでもあります。限られた時間に限られた状況の中で最善を尽くしていくということなので、一瞬一瞬が真剣勝負です。困難を数多く乗り越えていくとそれだけ成長につながるということは申し上げられると思います」

曽原執行理事「今は航空専門学校以外の一般の学校に出向いてグランドハンドリングの業務内容を知ってもらう教室をやらせていただいています。学校の数は多いですから、そうした活動は業界団体がまとまって実施することが効果的だと思います。仕事の魅力を知ってもらうことで貴重な人材を確保していきたい。あとは女性や外国人の方々が活躍できる環境の整備が重要です。先ほども会長から話がありましたが、やはりグランドハンドリング業務は男性中心の部分が残っています。施設のトイレが和式だったり、お祈りをするための部屋がなかったり、日本語の表示ばかりだったりと外国人の方への対応が不十分なところもあります。多様な方々が働ける環境を整えていくことも、人材確保の裾野拡大につながっていくのではないでしょうか」

――協会設立の趣旨でも触れていましたが、旅客対応などのグランドハンドリングスタッフへのカスタマーハラスメントへの対応にも力を入れていかれるようですね。
小山田会長「感覚としては以前よりカスタマーハラスメントの数が増えてきているように思えます。この問題は定期航空協会など他の業界団体でも扱っていますので、同期を取りながら対応を進めていかないといけないでしょう。お客様がサービスに対して不満を述べられること自体は日常的にありますが、同じことであっても人によって受け止め方が異なる可能性がありますし、難しい作業ではありますが、他の業界団体などとも連携しながら、明確に通常の行為とカスタマーハラスメントの境界がどこにあるのか、定義を明確にしていく必要があるでしょう」

――カスタマーハラスメントが増えている背景をどう捉えていますか。
小山田会長「お客様も多様化しているということだと思いますし、SNSの普及などでお客様が非常に情報を発信しやすい環境になっていることもあるかもしれません。私の若いころとは比べものにならないくらい、これはおかしいと声を上げられるような世の中になってきたということの現れではないかと思っています」

――カスタマーハラスメントの具体的事例は?
小山田会長「例えば、グランドハンドリング業務のスタッフに対して明らかに常軌を逸したような大声を上げたり、長時間にわたってスタッフを拘束しクレームを主張し続けたり、あるいは同じ内容のことを何度も繰り返して話すなどの反復行為があったり、スタッフの人格を否定するような言葉を投げ掛けたりすることが挙げられます。そうした行為に心を痛めてるスタッフは多いと聞いています」

――カスタマーハラスメントに対しては、かなり問題意識を持って取り組まれるようですね。
小山田会長「スタッフを守るという観点から、精神的な安定を得るために対策を講じる必要があります。これもなかなか個々の会社だけではやりきれないことも恐らくあると思いますので、当協会が中心になって取り扱っていくことで解決につながるのではないかとみています。業界で共通したガイドラインの整備などを図っていきたいですね」

曽原執行理事「昨年9月に当協会会員を対象として実施したカスタマーハラスメントの実態調査では、回答した会員の各社が対策の取り組みを実施する必要性は理解しているものの、カスタマーハラスメントに関する事業主の基本⽅針・基本姿勢の明確化や、従業員への周知・啓発を⾏っていない会員が半数以上に達しました。会員各社がカスタマーハラスメントを問題として認識はしていますが、具体的に何をすればいいのかが分からない状況が浮き彫りになりました」

「会長からも説明した通り、まだカスタマーハラスメントの定義ですとか、業界としてこの問題の対応に関して深堀りが十分できてないところがあります。通常の労務管理上の対応として、例えばお客様にスタッフが長時間拘束されてしまった場合には管理職がきちんとケアするとか、あるいは何分以上経過した場合は助けに行くといったことを実施している企業もあります。やはり、グランドハンドリング業務の魅力発信とカスタマーハラスメント対策の2点は積極的に取り組んでいく必要があるでしょう」


今年1月、空港グランドハンドリング協会と、航空会社の労働組合が加盟している航空連合が羽田空港内で、双方の幹部らによる初の「産業労使懇談会」を開催。深刻な人手不足や相次ぐカスタマーハラスメントなど航空業界が抱える諸課題について、労使間でそれぞれの取り組み状況を確認し、具体的な解決策を推進していく方向で話し合った※関連記事はコチラ

業務のデジタル化で生産性向上

――協会の活動の目的として、業務の生産性向上もうたっていますが、これは人が担う業務そのものを効率化することと、自動化機器などに置き換えることの両建てだと思います。どのように対応していきますか。
小山田会長「生産性向上に関しては、メーンはやはりデジタル化でしょう。自動化を進めていくために何ができるかという点が検討すべき課題として大きいと思います。ただ、ちょっと難しいのが、例えば旅客サービス部門は、お客様にセルフでやっていただくチェックイン機や手荷物預け機のように航空会社や空港の主導で自動化が進んでいます。今後も進捗していくことが見込めるのですが、その一方で、駐機場などで飛行機の誘導や手荷物・貨物の取り降ろし・積み込みといった作業を進めるランプ業務はなかなか自動化のめどが立ちにくく、少し時間もかかると見込まれます。ただ、やはり自動化はぜひとも進めていかないといけませんし、政府や航空会社、空港運営会社などに働き掛けていくことになるでしょう。業界のデジタル化と生産性向上を後押しするという意味でも、グランドハンドリング業界から当協会への期待は大きいと思います」

曽原執行理事「2024年問題を受けて岸田文雄首相がトラック運送業界を視察されて、自動化を推進する考えを表明されていました。われわれグランドハンドリング業界も航空貨物でトラック運送業界と接点があります。それだけに、作業時間短縮に向けてわれわれグランドハンドリング業界がきちんと対応しないと、しわ寄せがトラック運送業界に行ってしまう可能性があります。グランドハンドリング業界はこれまで業界団体がなく、問題提起があまりできてこなかったのが実情です。今は2024年問題を受け、政府や物流業界がいろんな負担を荷主や物流事業者など関係者それぞれで分担していこうという流れになっています。しかし、そこにこれまで航空のグランドハンドリング業界は情報発信が十分できていなかった。われわれとしても、荷主さんに業務や商習慣の見直しをお願いしなければいけないこともあるでしょう。どこかに負担をそのまま付け替えるのではなく、イノベーションやDXを活用して、関係者それぞれがWin-Winになるような形で変革を進めていく必要があるでしょう」

――お話をうかがっていると、取り組まなければならない課題が本当に多いですね。
曽原執行理事「蓋を開けてみたら、やるべきことがたくさんあって、協会を立ち上げたのは正解だったのかなと感じています。業界内で横に広がって議論することはほとんどありませんでした。それだけに協会での議論を通じて見えてこなかった課題も徐々に出てきています。大手企業だけではなく、中堅・中小企業の方々にも入っていただく仕組みでやらないいといけない。もちろん、業界内で協議するとは言っても独占禁止法に抵触するような、談合のようなことは一切できませんので、そこはきちんと理解した上で対応していきます」

小山田会長「私も協会を作ってよかったと思います。それまで全く接点がなかった競争相手の会社と、業界をいかに良くしていくかということについて一緒に話をしていけるのは本当に貴重ですね」

――会長はご自身のキャリアでどのような点が課題解決に取り組む上で強みになるとお考えでしょうか。
小山田会長「やはり現場で働いている方々の気持ちには敏感でいたいと思いますし、人手不足の問題解決が当協会にとっての一丁目一番地ですので、私自身、グランドハンドリングの業務に当たり、後方支援をずっと続けてきた点はプラスになると思います。働いている方々がどのようなことを望まれているのかという点は、肌感覚を失わずに考えていきたいですね」

――協会の活動で数値目標はありますか。
小山田会長「今、明確な数字は持ち合わせていませんが、少なくとも人材不足の課題については、スタッフの数を新型コロナウイルス禍前の水準に戻していかないといけません。先ほどもお伝えしたように、グランドハンドリングのスタッフ全体で2割程度減少していると言われていますから、早急にその分を戻さないといけないでしょう。労働条件や職場環境の改善はスピード感を持って進めていく必要があるでしょう」

――最後に、協会の初代トップになった感想と決意をあらためてお聞かせください。
小山田会長「グランドハンドリング業界の方々から変革への期待を非常に多くいただいていて、プレッシャーもものすごくあります。グランドハンドリング業界がなければ航空産業自体が立ち行かなくなりますし、最終的には社会に貢献していくためにも、取り戻さなければいけないものがたくさんあります。微力ですが頑張っていきたいと思います」

小山田亜希子氏(おやまだ・あきこ)
1987年目白学園女子短期大学卒業、全日本空輸(ANA)入社。2018年東京オリンピック・パラリンピック推進本部担当部長、21年執行役員東京空港支店長兼ANAエアポートサービス社長、23年上席執行役員。同年8月に空港グランドハンドリング協会の代表理事・会長に就任。千葉県出身。57歳。

(藤原秀行)

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