日東物流・菅原代表取締役インタビュー(後編)
千葉県四街道市に本拠を置く日東物流は、定期健康診断の受診促進などの「健康経営推進」と、トラックドライバーらの長時間労働抑制などの「コンプライアンス順守」を経営の2本柱に据えている。同県の物流会社では初めて、経済産業省と日本健康会議が毎年選定している「健康経営優良法人」の中で、特に取り組みが優れている中小企業の上位500社に相当する“ブライト500”に選ばれた。
今年4月には働き方改革の一環として、トラックドライバー全員の最大拘束時間293時間の順守徹底を表明、さっそく5月に達成した。いずれも物流業界でも例を見ないほどの力の入れようだ。10月には保有する全車両の完全禁煙化に踏み切るなど、2本柱に沿った変革の歩みは止まらない。
菅原拓也代表取締役に、取り組みの背景と成果についてインタビューした。その内容の後半を紹介する。
菅原代表取締役(2021年撮影)
「情報発信強化で業界のイメージを変えたい」
――貴社はこれまでにも、健康診断の受診徹底やインフルエンザ予防接種の無料化など、従業員の健康促進に力を入れています。「健康経営優良法人」は2018年から4年連続で選定され、今年は特に取り組みが優れている上位500社に相当する“ブライト500”に選ばれました。どのように感じていますか。
「ブライト500は今回、新たにスタートした制度ですが、健康を重視している企業としては、最初の年にぜひとも取得したいとの思いがありました。もちろん、当社はブライト500を取るために健康経営を重視しているわけではなく、従業員が働きやすい環境を整備するため、継続的に様々なことに取り組んできた結果、健康経営優良法人に選んでいただいたのですが、お陰様でブライト500を取得できたのは千葉県の物流会社としては初めてでした。本当によかったと思っています」
――ブライト500を獲得できた決め手は何だと自己分析しますか。
「昨年8月に新たな広報担当を採用し、ツイッターを通じた情報発信を強化するなど、広報に力を入れた結果、当社の健康経営の取り組みを広く認知していただけるようになりました。そのことがすごく大きかったのではないかと思います」
――御社はツイッターで、運送会社としては非常にユニークなメッセージを盛んに投稿するなど、情報開示の前向きさが目立ちます。そもそも広報に力を入れるようになった背景は?
「当社はコンプライアンスと健康経営を大きな2つの軸に据え、大きくない企業規模でも多くの方に認知していただける企業を目指していました。自分たちの取り組みを発信できないことには、本当に内輪だけの話になってしまいます。発信し続けることで、例えばよその会社との違いを踏まえて取り組み内容の相対的な評価ができるようになりますし、非常に大切ではないでしょうか」
「健康経営に限った話ではないと思いますが、どうしても運送業界は、一般の方々からすれば長時間労働や低賃金といったブラック、ダーティーなイメージがつきまとってしまっています。実際には、デジタルタコグラフを導入して運行履歴を詳細に管理したり、トラックが法定の速度以上は出せないようにしたりと、安全・安心確保のために様々なことを推進しているのですが、一般の方々が思っているイメージとは大きくずれてしまっており、認知されていない。運送業界の情報発信力が足りないんじゃないかと問題意識を持っていました。運送業界は労働力不足が叫ばれ続けていますが、情報発信がわれわれの業界、物流業界に興味を持っていただけるきっかけになるんじゃないかと思っています。そのために広報はすごく大事ですし、自社も含めて運送業界の良い部分どんどんアピールしていきたい」
――昨年10月には就業規則を改定し、業務中に発生した事故に対する損害金の従業員負担を撤廃しました。運送業界では会社に所属しているドライバーが損害の一部、または全てを負担するケースがまだまだ多いとも聞きます。反響はいかがですか。
「やはりすごかったですね。従業員の皆さんにとってもより働きやすくなった、心配事が減ったと感じていただけていると思います。なかなか自分の会社の取り組みが他社と比べてどうか、というのは分からないことが多いですが、周囲から評価いただけると、われわれのモチベーションに跳ね返ってきますから、そうした副次的な意味でも撤廃したのはすごくよかったと感じています」
――運送業界ではドライバーとして女性の活躍を支援する動きが広がっています。貴社の対応は?
「特別何か珍しいことをやっているわけではありませんが、高齢や女性の方々でも無理なくこなせる仕事を数多くそろえ、若くて力のある人じゃないと務まらない仕事は極力なくしていこうとしています。女性でも男性でも、誠実に仕事をしてくださる方であれば積極的に採用します。乗務員以外の職種でも、女性で能力があれば上にも引き上げるし、働きやすい環境を整備します」
――ドライバー不足で頭を抱える運送事業者は多いですが、御社も対応に苦慮されているのでは?
「運送業界のドライバーの平均年齢がどんどん高くなってきていることから、若い人を何とか雇用したいと業界の皆さんはたぶんお考えだと思いますが、実はわれわれはそういうことに固執していません。定年は65歳ですが、適正診断の結果では再雇用で70歳くらいまで働いている方もいます。先ほどお話ししたように、力仕事をなくすとか、時間を短くするとか、休みを取りやすくするとか、労働環境をきっちり整えれば、まだまだ働く意欲があるシルバー人材を活用することができるんじゃないでしょうか。労働人口が減少していますが、65歳を超えても働く意欲がある方たちのことを考えると、働き手は依然たくさんいると思います。女性ももちろんそうですが、まだまだ見えていない働き手の市場があり、そこにリーチできれば人材確保はそんなに難しいことではないと感じています」
健康診断の様子(日東物流提供)
従業員が判断基準を守って行動すれば、ミスがあっても問題視しない
――健康経営の流れで新しく取り組むことはありますか。
「これまでにもお話ししてきたように、当社では将来の非喫煙率100%を目指し、社内で毎年、禁煙キャンペーンを展開しています。今年の10月1日からはさらに取り組みを強化し、トラックを含む全車両内を完全禁煙化することを決めました。運転中と停車・駐車中のいずれも対象です。物流・運送業界のイメージ改善や、従業員と家族の方々の受動喫煙防止、喫煙者の衣服に着いたニコチンなどの有害物質による“3次喫煙”の発生回避のため、より対応を強化します。来年の健康経営企業の審査時には喫煙への対策も必須になってくると思いますので、なるべくできることは前倒しでやっていきたいですね」
――定期健康診断の受診率もかなり高いようですね。
「昔は違いましたが、最近は定期健康診断を受けることが当たり前になってきました。雰囲気を醸成できればそんなに難しい話ではなく、いろんなことに会社が積極的に取り組んでも、従業員の皆さんは基本的には前向きにやってくれます。最大拘束時間293時間順守の取り組みもそうですが、あらゆる取り組みに従業員が前向きに取り組んでくれる雰囲気を作ることができたのが今、非常に大きな意味を持っています」
――トップ自らが積極的に健康経営を推し進めてきたのが、そうした雰囲気を醸成できた要因でしょうか。
「たぶん、企業のトップの方々からすると、どこまで行ってもコストがかかるとか、健康経営をやった効果は何があるのか?とか、評価しづらい部分がたくさんあり、無駄な投資はしたくないというのが本音だと思います。そこは理解できる面もありますが、私の中ではコンプライアンスも健康経営も、従業員の皆さんが満足するような労働環境を整えるという意味では絶対に必要なことだと思っていましたし、運送業だとやりきるのが難しいと十分理解はしていましたが、少なくとも私は夢を追い求めなければいけない立場だと確信していました」
「実際に健康経営を実現するのは従業員の皆さんですから、経営トップが健康経営への理解が深いのは当然求められることですが、同じように従業員の皆さんも私と同じ方向を向いていてくれないと、絶対にできません。当社では幸いなことに、健康経営はお金にならないこと、といったネガティブな受け止めではなく、自分たちの会社がいい方向に向かうのに必要なことと理解してもらっています。まずトップが率先して取り組む姿を見せることが重要でしょう」
「最初にも申し上げた通り、健康経営取得が目的だったわけではなく、日ごろからやり続けてきたことが結果として健康経営として評価していただくことにつながりました。運送業は生活が不規則なため、自分の健康に無頓着な人が多いのも事実ですが、お陰様で当社は従業員の皆さんが自分の健康に関心を持ち、体重や食べる物、睡眠時間などに気を使える集団になっています」
――健康経営やコンプライアンス重視は、ぜひ業界全体に広がってほしい動きです。
「健康経営やコンプライアンス順守の取り組みを進めることで、いろんな方たちにその意義や成果が伝わり、運送業界自体の魅力が高まって、何だか面白そうだとか、こんなに意義ある仕事をやっているのかとか、思ったより全然働きやすそうだなとか、社会の皆さんに感じていただけるようになってほしい。私自身、父親が運送業を経営していて、非常に身近にあった仕事です。その身近な運送業界がどこまで行っても底辺みたいに見られるとか、なかなか日が当たらないとか、みんな努力して頑張っていることがなかなか報われないとか、そうした問題が少しでも改善されるお手伝いになればいいなとの思いを持ち続けています」
「当社だけでなく、同じような志を持った他の企業の方々ともどんどんつながりを作っていきたいですね。挙げる声が大きければ大きいほど、運送業界への正しい認知が広がります。先日も労働環境改善へ積極的に取り組みをされている志の高い企業に伺って意見交換をさせていただきましたが、もっとこういうことをやっていったらどうか、というような輪が広がると、より大きな声になっていくでしょう。こういう取り組みをしている会社があって経営もうまくいっていて、自分たちもそういう会社を目指したいなと思ってもらえるのであれば運送業界はどんどん良い方向へ変わっていくでしょう」
「運送業は拘束時間293時間なんて到底守れないとか、管理者の対面点呼は夜間なんて無理だとか思いがちです。しかし、困難を伴っても経営者がやろうと思えばやれるんです。当社も10年くらい無我夢中で続けてきた結果、今のような成果を挙げられるようになりました。われわれくらいの事業規模の会社でもできるということを知っていただき、自分たちも変革できるんだと思ってもらえるきっかけになれば非常にうれしいですね」
――今年4月には、経営理念とミッションステートメント、行動指針を改定しました。「わたしたち、日東物流は誠実で健全な企業活動を通して人びとの暮らしと地域をささえ、確かな未来をひらきます」と表明しており、物流事業を通じて地域社会へ貢献していく姿勢を前面に打ち出しています。この狙いは?
「これまでコンプライアンスと健康経営推進を重視し、一定の成果を挙げられた段階で、会社が今後どの方向を目指していくのかを明確に示したい、従業員の皆さんにはこういう判断基準を持ってもらいたい、という狙いがあり、私が考える理想の会社の姿を文字にしました。ぜひ従業員の皆さんにやってもらいたいことを“ニットーイズム”としてまとめたんです」
「従業員の皆さんが行動指針などに書いてあるようなことを判断基準としてやったことについては、たとえ会社に損害を与える結果になっても問題はないと伝えたかった。私から社内の皆さんに対する約束事です。こういう思いで仕事してくれた分には、ミスしても全然怒ったりすることはないと明確に伝え、それぞれの従業員の判断の軸にしてもらうのが狙いです。この10年、われわれが大事にしてきたことをあらためて深く考えるきっかけになったのではないでしょうか。改定ができてすごく有意義でした。今後の10年も当社を、そして運送業界を変革していくための素地にしていきたいですね」
日東物流のトラック(同社提供)
(藤原秀行)