京セラグループや凸版印刷が物流容器管理効率化のソリューション開発加速
IoT用の無線通信技術として有望視される「LPWA(Low Power Wide Area、省電力広域無線通信)」を活用し、物流を効率化しようとする動きが広がっている。少ない電力で広域をカバーすることが可能な特性を生かし、物流現場で紛失しやすいパレットやかご台車といった物流容器に専用デバイスを取り付けて現在地や数量を把握できるようにし、管理を簡素化することを想定。IT大手などが新たなソリューションの開発・普及に乗り出した。
京セラグループで情報システム開発などを手掛ける京セラコミュニケーションシステム(KCCS)は日本の広域をカバーする基地局ネットワークを敷設している強みを生かして需要を開拓、新たな用途に適したデバイスの開発も進めている。凸版印刷はLPWAの規格を用いたIDタグを開発、ユーザーの協力を得て実用化に着手した。
既に対象の物流容器の探索時間を劇的に短縮できたという効果も出ており、物流現場の長年の悩みを解消できるかどうか、両社の動向への注目度が一段と高まりそうだ。
デバイス自身が電波発信、「読み取り」作業不要
IoTは少量のデータを大量のデバイスから、遠隔で取得することを主目的とする。そのため近距離でデータをやり取りすることに主眼を置くWi-FiやBluetooth、運営コストの高い4Gや5Gといった通信技術は必ずしもIoTと相性が良くなかった。それに対し、LPWAは少ない電力で長距離の通信をカバーできることなどから、ここ数年でIoTへの利用が飛躍的に広まっている。
物流向けの用途として期待が高まっているのが、パレットやカゴ台車などの位置管理だ。パレットやカゴ台車などの物流容器は輸送先で荷を降ろしたあと、次の荷の輸送に用いられ、輸送現場を循環することで物流を効率化する“循環資材”。だが、実際には所在不明になりがちで、捜索や追加購入のコストが発生したり、紛失を防ぐため空のまま持ち帰ったりと、本来の役割を果たせていないケースも多い。IoTで位置情報を追跡できれば、こうした課題の改善につながるというわけだ。
位置情報の追跡手段としてはバーコードやRFIDが広く使われているが、LPWAはIoTデバイス自身が電波を発するため、基地局を物流現場に設置すれば読み取り機器を導入したり読み取り作業を行ったりしなくても、管理者が自動でデータを取得できるのが利点だ。
航空貨物台車の探索、「最長半日」から「10分」に
KCCSは2017年、フランス発のSigfox規格を用いた通信サービスを開始した。今では居住人口ベースで日本の95%をカバーする基地局ネットワークを敷設している。このネットワークを介して、デバイスが吸い上げたデータをアプリで分析・活用するIoTソリューションを提供している。水道の自動検針、河川の水位監視、自転車の盗難防止、CO2濃度に基づく店舗の「三密」回避など既に多彩な用途で利用されている。
KCCSの川合直樹ICT事業本部ワイヤレスソリューション事業部副事業部長によると、物流面での需要はガス利用量の日次情報取得による配送ルートの効率化が中心だったが、2年ほど前から循環資材のトラッキング需要が高まってきた。
例えば、羽田空港で空港内の貨物運搬業務を手掛ける東京国際エアカーゴターミナルが採用したケースでは、航空機に搭載するパレットやコンテナを運搬する台車(ドーリー)の位置情報管理に導入し、捜索時間の大幅な削減に成功した。
ドーリーは最後に使用されたターミナルにそのまま置いておかれるのが一般的。滞留しているドーリーの数が、そのターミナルで発着する航空機の貨物運搬に足りない場合、他の滞留場所からけん引してきてカバーする必要がある。従来は目視したり、ターミナル間で電話を掛け合ったりして空いているドーリーを探していたので、捜索に2時間〜半日を費やし、現場の負担となっていた。
KCCSのIoTソリューション導入後は、個々のドーリーの位置が個体識別情報も含めてマップ上で可視化されるようになり、捜索時間は10分に短縮された。飛行機の到着に合わせ、想定必要台数を事前に配備することも可能になった。
KCCSは物流分野だけの需要規模は公表していないが、全国の基地局の1日当たり受信件数は、19年が25万件、20年が129万件、21年が340万件と急増しており、Sigfoxを用いたIoTが確実に浸透していることがうかがえる。
需要の拡大に伴いデバイスの品揃えも増やしている。物流向けに開発を進めているステッカー型IoTデバイスは、市中にある在庫品の開封検知を目的としたもの。開封口に貼っておくことで、開封時に内部が断線されることがトリガーとなって信号を自動送信。リアルタイムで消費数が分かるようになるため、生産数のコントロールや需要予測への応用を想定している。2022年中のリリースを見込んでいる。
KCCSが開発中の、開封検知用IoTデバイス「SeeGALE」(蓋に乗っているステッカー)。箱詰め時に添付しておくことで、販売店やエンドユーザーが開封した瞬間に、メーカーにシグナルを発信。リアルタイムで消費数が把握できるようになる
100万個のタグの同時アクセスも処理可能
凸版印刷はLPWAのZETA規格を用いた物流・循環資材向けアクティブタグ「ZETag」の実用化に取り組んでいる。ZETAは日本では現状、ユーザーが利用場所に基地局を設置し、自ら通信ネットワークを構築する。障害物が多い場所や地下、トンネル、山間部など、基地局との通信が遮られやすい環境でも、安価な中継器で電波の迂回路を形成し、通信エリアを拡張できるというアドバンテージを持つ。
ZETagは500メートル〜2キロメートル程度の距離で通信が可能。クラウド上の管理システムにID情報を発信する。電波強度減衰対策用に協力企業と専用アンテナを共同開発し、金属製資材に取り付けても長距離通信できるようにした。
管理システムは100万個以上のタグの同時アクセスにも対応できるという。実用化できれば大量の物流容器などを一元管理することに道を開けそうだ。21年10月にタグと管理システムを組み合わせた実証実験キットの提供を開始し、現在はユーザー企業3〜4社と実証実験を行っている段階だ。
また、GPS搭載版やRFID搭載版の開発も進めている。実証実験中のZETag標準版はIDしか発信できないので、特定の基地局の通信圏内に存在することしか分からない。それに対しGPS搭載版は、より詳細な位置情報を送信できるようになると見込む。RFID搭載版はRFID読み取り機でも検知できるので、出入庫やピッキングなどに伴う位置の変化や動きも把握可能になる見通しだ。
ZETAは英国で誕生し中国で広まった規格で、通信モジュールの開発製造も中国で行われてきたが、凸版印刷は18年9月にZETA規格の開発元ZiFiSense Info Techなどとライセンス契約を締結、日本国内でモジュールを設計製造する道を開いた。現在では日本で使うタグ、基地局、サーバーなどは、全て日本で生産されている。
このほか、ZETA関連事業で凸版印刷と協業している半導体チップメーカーのソシオネクストが21年、ZiFiSenseなどと次世代ZETA規格を共同開発した。同規格に対応したチップの量産を22年末までに開始する計画。次世代ZETA規格は時速60キロメートルの移動体から3〜5キロメートル先まで通信可能。同規格対応チップをZETagに搭載することで、高速移動中でも位置を検知できるようになるため、利用シーンが大幅に広がることも期待できそうだ。
凸版印刷が開発中の「ZETag」。ユーザーの協力を得て実証実験を進めながら、RFIDやGPSの搭載版など機能拡充にも取り組んでいる。手前のサインペンは大きさ対比用
(石原達也)