倉庫から輸配送でDX、全体最適を実現
日本を代表する総合商社の一角を占める三菱商事が今、物流業界に熱い視線を送っている。eコマースの成長を下支えするなど社会のインフラとして機能しながら数々の非効率が残り、トラックドライバーをはじめとした人手不足も改善の糸口を見いだせない。そんな深刻な苦境を、経済の川上から川下までカバーする豊富な経験やノウハウ、多様な経営リソースを駆使して打破しようと動き出したのだ。
倉庫から輸配送に至るまでの過程でデジタル化・機械化を包括的に進め、全体最適につながるDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現する未来図を描いている。そこで目指す究極の目標は、総合商社が多角的に物流基盤を再構築していくことで物を運ぶ側も受け取る消費者も笑顔になれる次世代の姿「商社物流4・0」だ。
ロジビズ・オンラインではそんな同社の意欲に満ちた取り組みを全4回にわたって紹介する。第1回はイントロダクションとして、そもそも三菱商事が物流に照準を合わせた背景を取り上げる。
物流を「成長産業」と定義付け
三菱商事は2018年11月に発表した「中期経営戦略2021」で、一段の成長を目指すための施策の柱の1つとして「事業ポートフォリオ戦略」を打ち出した。手掛けていく事業領域として、縦軸に「川上」「川中」「川下」、横軸に「生活」「モビリティ・インフラ」「エネルギー・電力」「サービス(IT、物流、金融など)」を配置した計12セクターに整理。それぞれのセクターで外部環境の変化を踏まえながら、どの分野に注力していくかを逐次見直していく方向性を描いている。
「事業ポートフォリオ戦略」(三菱商事中期経営戦略資料より引用)※クリックで拡大
物流は12セクターのうち、「川中×サービス」の中に配置されている。三菱商事は川下とサービスの部分を占める“逆L字の部分”に着目、「この領域で新たな『収益の柱』を育て、さらなる成長を目指していく」と明言している。逆L字にはeコマースも含まれる。三菱商事の中で物流を「成長産業」と定義付け、取り組んでいくことが確定した瞬間だった。
19年4月には12セクターの事業ポートフォリオ戦略に合致した形に組織も改編。物流への対応は「コンシューマー産業グループ」の物流事業本部を中核として展開している。同本部で物流変革の具体策の知恵を日々絞り続けている引網康暁戦略企画室長は「今目指しているのはまさに“商社物流4・0”」と力を込める。
同社はこれまでにも物流分野に取り組んできており、物流事業本部は現在、12カ国に拠点を構える相当な事業規模を誇ってきた。ミッションの軸足を「原料や食品、消費財などを社会に安定供給する」ことに置き、取り扱うのは石炭や穀物といった原料、自動車、家電、素材といった工業製品・製造業が長らくメーンで、BtoBが本流だった。同社の商社物流は「1・0」から「3・0」まではまさにこうした旧来型の物流を展開してきた。
しかし、eコマースの台頭や少子高齢化といった社会の大きな変化を前に、BtoCやCtoCtoCの物流が次第に重要な意味を持つようになる中、三菱商事としても消費者・リテールにも注力すべきだとの判断に至った。現在は旧来の原料や食品などの安定供給に加え、「消費者1人1人に最適なサービスを提供する」というミッションを重視している。
引網室長は「事業への投融資残高という観点から見れば、12セクターの中でエネルギーや資源、自動車、鉄鋼製品といった“重厚長大系”の比重が大きく、物流やeコマースはまだ全然少ない。中期経営戦略の3年間をかけて可能性を見極めていくというのが基本的なスタンスだ」と解説する。総合商社の雄の同社に路線の転換を迫るほど、物流の持つ社会的存在感が増しているということの裏返しともいえそうだ。
三菱商事・引網室長(同社提供)
「BtoB向け配車システム」提供も視野に
当面の施策として、引網室長は倉庫や輸配送のデジタルトランスフォーメーション(DX)を挙げる。物流子会社で3PL事業などを手掛ける三菱商事ロジスティクス(MCLOGI)と現場業務で連携、積極的な物流ロボット導入による作業効率化などを進めていく方針だ。さらに積載率悪化など数々の課題を抱えている輸配送の部分についても、ラストワンマイルに加えてBtoBに関しても対応していこうと先進技術の活用をにらんでいる。
グループ会社では先進的な機能を持つ物流施設の開発を手掛けていることから、倉庫のスペースを物流事業者らが共有し、必要なタイミングで必要な広さだけ使えるようにする「倉庫シェアリング」の展開も視野に入れている。引網室長は「物流のリアルな現場に携わっているという総合商社の強みはぜひ生かしていきたい。現場との連携を通じてさまざまな経験やデータを抽出し、有効活用する」と強調する。
「はじめまして、三菱商事です」。引網室長は昨年11月に都内で開かれた物流関連のイベントで講演した際、初対面の人とのあいさつのようなタイトルを掲げて見せた。表現こそ柔らかかったものの、自分たちの取り組みを多くの人に知ってもらおうとの強い意気込みを感じさせる内容だった。物流ロボットのシェアリングなど、物流業界に新風を吹き込もうとする物流事業本部。次回以降はより具体的な取り組みに踏み込んでいきたい。
(藤原秀行)