デロイト トーマツ グループDTFAインスティテュート・江田覚主席研究員に聞く
米共和党のドナルド・トランプ氏が1月20日(現地時間)、第47代の大統領に就任した。2017年からの第1期政権時と同様、「米国第一主義」を鮮明に打ち出し、米製造業保護のための関税引き上げや地球温暖化対策重視からの転換、不法移民対策強化などを推進しようとしており、世界は再び混乱の時代に突入した。
米国の同盟国ながら、その激震の影響からは逃れられない日本は今後どのように激動を乗り越えていくべきなのか。トランプ第1期政権の際、時事通信社記者としてワシントンに駐在するなど米国の政治・経済情勢に詳しく、現在は産業政策や技術政策を研究するデロイト トーマツ グループDTFAインスティテュートの江田覚主席研究員に話を聞いた。
取材に応じる江田主席研究員
政策の予測不可能性は第1期よりも高まりそう
——時事通信社記者として、第1期トランプ政権(2017~21年)の一端を現地でご覧になっていましたね。
「前職の通信社では2013年から18年にかけて、米国のワシントンに駐在し、経済政策などを担当していました。その中で2016年の大統領選挙を同僚たちとカバーしました。当初は民主党のヒラリー・クリントン候補が有力かと感じましたが、選挙戦の終盤ではかなり共和党のドナルド・トランプ氏が追い上げていました」
「当時の記憶をさかのぼると、ヒラリー氏が大統領選挙の投票日直前に、選挙活動でワシントン近郊を訪れたことがありました。その際、道路が非常にすいていたのですが、その後にトランプ氏が同じ場所を訪問した際は対照的に、非常に混雑していました。それくらいトランプ氏への関心度が高まっていたことがとても印象に残っています。実際には、トランプ陣営の関係者自体、投開票の直前まで、トランプ氏が当選するという確信は持っていなかったようですが」
——今回の大統領選挙では、米メディアはジョー・バイデン大統領から民主党候補として選挙戦のバトンを受け取ったカマラ・ハリス副大統領とトランプ氏がかなり接戦を繰り広げていると連日報道し、ハリス氏優勢との見方もありました。しかし、ふたを開けてみるとトランプ氏が選挙人獲得でハリス氏に大差を付けました。選挙で両党の候補が毎回激戦となる「スイングステート」と呼ばれる7州も全てトランプ氏が制しました。なぜこんな事態になったのでしょうか。
「米国のメディアも研究機関もシンクタンクも非常に悩んでいて、事前予想と乖離があった理由を検証するプログラムも始まっています。明確なことはなかなか分かりませんが、調査対象の間でも政治的姿勢などの断絶が根付いているため、調査をするメディアなどが本当にトランプ氏をサポートしている人にアクセスできているのかどうかということが課題として挙げられます。トランプ氏を支持している人はそのことを口に出さないという俗説もあります」
「定量的に実証されているわけではありませんが、私はインターネットでの情報の伝え方も影響していると感じます。検索やSNSなどのネットサービスがユーザーの検索履歴や嗜好などを踏まえ、ユーザーが望んでいると判断した情報ばかりを表示する『フィルターバブル』現象が起きています。米国は民族や言語、年代、収入などに加え、情報源でも断絶が起きていると考えています」
——今回の選挙では連邦議会の上下両院でも共和党が勝利し、大統領職と合わせて全て共和党が押さえる「トリプルレッド」を果たしました。ただ、大統領選挙の結果は確かに獲得した選挙人の数では大差が付きましたが、得票数自体は拮抗しており、圧勝と言えるほどでもないように思えます。トランプ政権の1期目を現地でウオッチされた経験も踏まえて、トランプ氏は2期目で自分の思い通りに政策を進められるとお考えでしょうか。
「第1期政権の時、政策のスペシャリストがそろっていなかったことなどから、周囲からトランプ氏は実際には何もできないのではないかとの見方が出ていました。しかし、公約の目玉だった減税は実行しましたし、選挙期間中の主張通り気候変動問題へ対応する国際的な枠組みのパリ協定から脱退し、TPP(環太平洋経済連携協定)からも離脱しました。不法移民流入を防ぐためメキシコ国境に長大な壁を築くことは予算の問題で実現しませんでしたが、大統領権限を駆使して、やれることは相当やっているとの印象です」
「第2期政権を担う閣僚などの布陣を見ていると、第1期政権の後、トランプ氏と周囲が自らの政策をどう変えていくのか、誰が適任かということをものすごく研究していると感じます。そしてトランプ氏の意向にしっかり従う人たちを集めている。第1期政権の時は必ずしもそうではありませんでした。また、予算の策定や執行などは大統領権限で話を進めることはできず、議会の承認を得る必要がありますが、技術的に抜け穴を利用し、いろいろな案件を合法的にパスしていく可能性がある。トランプ氏が今やろうとしていることの全てを実現できるとはもちろん思いませんが、公約はあまり実現できないだろうと思わない方がいいかもしれません。政策の予測不可能性は第1期政権の時よりも高まりそうです」
——トランプ氏の力を借りて自らのやりたいことを実現させようとする動きも活発になるのでは?
「第1期政権の際は共和党やエスタブリッシュメント(支配層)がトランプ氏を利用し、自分たちの利益を実現しようと動いたと言われています。その結果、共和党がどうなったのかと言えば、トランプ氏の意向を無視しては動けない政党になっています。下院は完全にトランプ党ですし、上院もトランプ氏の言うことを比較的聞く人が集まっています。最高裁判所の判事も共和党に有利な保守派が大勢を占めています。司法と行政、立法に相当な影響力を持つ人物が大統領になっていますから、そうした人と一緒に何かしたいという人は、相当いるでしょうね」
イーロン・マスク氏が政権に接近する狙い
——トランプ氏は中国などを対象に、関税の引き上げを繰り返し主張しており、ディール(交渉)の材料にする意図も見えます。第1期政権でも実施しましたが、第2期政権でも追加関税などの実現の可能性は高いでしょうか。
「合衆国憲法は貿易に関する権限を議会に与えているため、全ての輸入品に対して一律の関税を掛けることは議会の承認が必要となり、さすがに実現は難しいと思います。不公正な貿易をしていると判断した相手国と協議し、解決できなければ制裁措置を講じることができると定めている1974年通商法301条や、経済安全保障の問題を絡めれば、特定の国を対象に実施することは可能です。実際、第1期政権では中国製品やEU(欧州連合)の航空機補助金に対して301条の発動を決定しました。関税の引き上げは米国にとって輸入品の価格引き上げにつながることなどから、産業界の間では経済的にダメージを受けるとの懸念が強いですが、トランプ氏はやる時はやるのではないかと思います」
——トランプ氏は就任前から中国に加え、カナダやメキシコにも追加関税を課す方針を表明しています。これらの国のように、日本が狙い撃ちされる可能性はあるでしょうか。
「米国からは、一時期ほど日本が注視されているわけではありません。カナダやメキシコについては、麻薬の問題と結び付けてストーリーを展開しています。日本とは状況が異なります。ただ、日本に関して言えば、センシティブな話になりますが、関税の話とリンクされないよう、為替の問題を気に懸けないといけないとは思います」
——一方的な関税引き上げは、WTO(世界貿易機関)に提訴されるのでは?
「WTOの紛争解決制度を利用して提訴することはできますが、審理を担当する上級委員会は2019年以降、委員の定足数が足りず、事実上の機能停止が続いています。米国は上級委員会について、審理の公平性が不足していることやコストがかさむこと、日数を要することなどに不満を持ち、制度改革を求めています。その解決には米国の協力が必要ですが、現状では協力するとは思えません。WTOが紛争解決で決定力を持っているとは言えないでしょう」
——関税引き上げに対抗するのは、直接交渉する以外、難しそうですね。
「もちろん対抗措置として米国に関税を課す選択肢はありますが、摩擦が広がるだけです。いかに日本が、あるいは日本のマーケットが米国の繁栄に役立っているかをトランプ氏らに理解してもらうことの方が大事かもしれません」
——EV(電気自動車)のテスラなどを興した著名な起業家のイーロン・マスク氏が2024年7月、トランプ氏を支持する方針を打ち出しました。トランプ氏はマスク氏が提唱している「政府効率化」を進めるため、第2期政権で「政府効率化省」を立ち上げる意向です。マスク氏がトランプ氏に接近する背景は?
「マスク氏自身、イノベーションの人であり、ベンチャーキャピタリストかつアントレプレナーでもあります。新たなビジネスや技術革新はしばしば規制や、規制の不在に直面します。そうした課題を何とか打開したいという思いがあるのではないでしょうか。政府効率化省は一義的には連邦予算の支出を減らすのが目的であり、人事もそれに合わせて変えていき、大統領のオーソリティー(権威)を固めていくのが目的です。マスク氏は年間で5000億ドル(約77兆5000億円)の支出削減を目指すと説明しています。その中で特に注目されるのが、連邦取引委員会(FTC)、連邦通信委員会(FCC)、運輸安全委員会(NTSB)、証券取引委員会(SEC)などの政府独立機関です。こうした機関はAIなどのイノベーションの加速に伴い、規制の整備に乗り出しています。マスク氏は宇宙輸送や人工衛星などの事業で政府独立機関と激しく対立してきました。そこで今後、政府効率化省でマスク氏が政府独立機関の権限縮小や規制緩和に動き出す可能性はあるでしょう」
——サプライチェーン関連産業はそうした動きの恩恵を受けられるでしょうか。
「金融や投資の活動が促進され、イノベーションが促されそうです。マスク氏自身、新たなサプライチェーンやロジスティクスについて言及していますし、サプライチェーンの運営効率化などにつながるイノベーションの実装が早くなるかもしれません」
——サプライチェーンに関してはトランプ政権2期目の開始で大きな影響を受けそうですね。
「注目すべき点として、米国が構築してきた『フレンドショアリング(友好国連携)』が弱体化していくことが挙げられるでしょう。バイデン前大統領は2021年以降、中国への対抗の狙いもあり、半導体や重要鉱物などのサプライチェーンを同盟国・同志国と再構築し、強靭化していくことに努めてきました。しかし、トランプ氏は多国間連携やルールに基づく国際秩序に否定的で、アメリカファーストを追求する公算が大きい。そうなれば、日本の企業は究極的には、米国内に製造拠点を集約するか、米国以外に価値観を共有する国へ投資するかのいずれかの選択を迫られかねない。もちろん、その中間的な内容として倉庫の配置などを考える必要があります」
——一気に解決できる答えは見つかりそうにありません。
「おっしゃる通りです。日本企業としては、米連邦政府内で政策に影響を及ぼすキーパーソンがだれかを見極めるなどの情報収集を進め、接点を増やして関係性を強化し、第1期政権の公約の達成度合いなどを分析、その結果を活用するということが、求められる基本動作になるでしょう。トランプ政権2期目の激動に備え、フレンドショアリングの弱体化を念頭に置いてビジネスをすることが強く求められます」
(藤原秀行)