第3回 中国の「一帯一路」構想の変化を見逃すな
ロジビズ・オンライン独自の新連載、リニューアルスタートの第3弾は、中国が猛烈に推し進めているプロジェクト「一帯一路」の現状について解説いただきます。広域にわたる巨大経済圏創設構想は、環境の変化に伴って姿を変えています。日本企業、そして物流企業も無視できないプロジェクトにどう向き合っていくべきかを提案しています。ぜひご一読を!
プロフィール
和田 大樹氏(わだ・だいじゅ)
国際政治学者。1982年生まれ。米国ダウ・ジョーンズ社傘下の地政学リスク分析組織オックスフォード・アナリティカ、英国Gatehouse Advisory Partnersなどで外部有識者として参画。海外のコンサルティング会社に地政学インテリジェンスを提供する企業Strategic Intelligenceの代表取締役CEOを務め、シンガポールの研究機関で特任教授、スリランカの外交シンクタンクで上席研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障政策など。

「利用か対抗か」の二者択一ではない
中国が推進してきた巨大経済圏構想「一帯一路」は、発足から10年以上が経過し、その姿を変えつつある。当初は港湾、鉄道、道路、発電所など大規模インフラを中国の資金と企業によって整備する事業が目立ったが、近年はデジタル、再生可能エネルギー、物流、貿易、人的交流などへと協力分野が広がっている。一方、過去に中国から巨額の融資を受けた新興国では、返済負担が顕在化しており、一帯一路は新たな段階に入ったといえる。
一帯一路は2013年に習近平国家主席が提唱した。中国から中央アジア、欧州方面へつながる陸上ルートと、東南アジア、インド洋、中東、アフリカなどを結ぶ海上ルートを軸に、インフラ整備と貿易・投資の拡大を進める構想である。中国政府は、参加国との「共商・共建・共享」、すなわち協議しながら共同で建設し、利益を共有することを基本理念として掲げている。現在では従来型のインフラだけでなく、グリーン分野やデジタル分野などへの展開も強調されている。
ただし、一帯一路を評価する上で避けて通れないのが債務問題である。2010年代、中国の国有銀行などは途上国のインフラ整備に積極的に融資した。しかし、事業収益が想定を下回ったり、経済環境が悪化したりした国では、返済が難しくなるケースが生じた。近年の研究では、中国による途上国向け融資は以前のような拡大局面を終え、既存債務の返済や再編への対応が重要になっていると指摘されている。
実際、2025年にオーストラリアの独立系シンクタンクLowy Institute(ローウィ国際政策研究所)が公表した分析は、多くの途上国で中国向け債務の返済負担が大きくなっていると指摘した。ただし、ここから「中国が意図的に相手国を債務危機に追い込んでいる」と一律に結論付けることには注意が必要である。債務問題には、借り手側の財政運営、事業採算性、世界的な金利上昇、通貨安、コロナ禍など複数の要因が関係している。また、中国側も返済猶予や債務再編などを行っている。
むしろ重要なのは、一帯一路が「巨額融資によるインフラ建設」という初期のモデルから、より採算性や持続可能性を重視する方向へ変化している点である。中国政府自身も現在は「高品質な一帯一路」を掲げ、グリーン、デジタル、電子商取引など新たな分野を強調している。
この変化は、日本の物流業界にとって無関係ではない。一帯一路によって整備された港湾、鉄道、道路などは、中国と新興国を結ぶだけでなく、世界の物流ネットワークそのものに影響を与える。中国・欧州間の鉄道輸送や東南アジアの鉄道・港湾整備などが進めば、海運だけに依存しない輸送ルートの選択肢が増える。日本企業にとっても、調達先や販売先を検討する際、中国を中心とした物流網がどのように形成されているかを把握することが重要になる。世界銀行も、一帯一路の交通インフラが輸送時間や貿易コストに影響を及ぼす可能性を分析している。
一方で、日本の経済界は一帯一路を「利用するか、対抗するか」という二者択一で考える必要はない。重要なのは、個別案件ごとに経済性、透明性、債務の持続可能性、政治・安全保障上のリスクを見極めることである。特に港湾、通信、電力、デジタルインフラなどは、一度依存関係が形成されると変更が容易ではないため、単純な価格比較だけでは判断できない。
日本はこれまでも、インフラのライフサイクルコスト、安全性、現地雇用、技術移転、環境面、相手国の財務健全性などを重視する「質の高いインフラ」の考え方を推進してきた。 今後はこれを物流やデジタル分野にも広げ、東南アジア、中東、南アジア、アフリカなどで現地政府や企業と協力しながら、複数の選択肢を持つことが重要になる。
一帯一路は、単純に「成功した」「失敗した」と評価できる政策ではない。インフラ整備を通じて経済発展を後押しした地域がある一方、前述した通り、債務負担や事業採算性をめぐる問題も明らかになった。そして現在、中国は従来の大型インフラ中心のモデルから、より幅広い経済・デジタル・環境分野へと協力の軸を移そうとしている。
日本企業に求められるのは、一帯一路を政治的な対立軸としてだけ見ることではなく、そこから生まれる物流網や市場の変化を冷静に分析することである。中国との競争が必要な分野では競争しつつ、経済合理性が成立する分野では協力も選択肢とする。その上で特定国や特定ルートへの過度な依存を避け、複数の物流・調達・販売ルートを確保することが、今後の不確実性に対応する現実的な戦略となる。
(了)







